幕間

第6話〜第9話 幕間『ジェミニ曰(いわ)く』

 ジェミニは名の通り、動物時代は双子の白フクロウだった。姉と弟の兄弟は精霊へ昇華した際たましいが混ざってしまい、珍品としてコレクターの手元に渡った。

 本来暮らしていた地域よりもずっと南の国ガリアへ飼い主と共に渡ったジェミニは、レイン家へ婿入むこいりする前のエドメ・アンリ・ルイ・シャレット少年に買われた。

 エドメ・シャレットも有名な一族ではないものの貴族であり、ジェミニは彼と共に貴族界で暮らした。


 貴族に飼われる精霊たちは大抵、金とコネで物事が解決すると理解している少年少女のワガママに振り回される。ゆえに横のつながりを重視し、あまりに手酷く扱われるようなら精霊同士で助け合うことを暗黙の了解としていた。


 だからジェミニにとって、王立魔導学院での生活に慣れ切った精霊たちにとって、アミーカのような参入者はよい刺激となるはずだった。




 ある日、木陰で本を読んでいたジェミニはズキンガラスたちが学園南の森から戻ってくるなりギャイギャイと騒ぐのを遠目に見つめた。

「いきなり蹴ってくるとか常識ないよな!」

「ほんとにさー、仲良くってのに」

 あの新参者のことだろう、と察したジェミニは本を読む手を止めてカラスたちに声をかけた。

「ああ、ジェミニ」

「聞いてくれ。新しく来た彼が……」

カラスたちはジェミニへ、アミーカからひどい態度を取られたと愚痴ぐちをこぼした。

「本当に突然蹴られたのか?」

「突然も突然だ」

「そうか」

「何だろうね。野生出身だから警戒心強いのかな?」


 愚痴ぐちを聞いてあげたジェミニはその足で噂のカラスのもとへ向かった。

 南の丘にある一番高い木の上。朝焼けが差し込む中ワタリガラスは黒い羽を閉じて風に当たっていた。

「アミーカ」

 初めましてと声を出すとつばのある三角帽の男はジェミニをジロリと見下ろした。警戒心を隠しもせず、敵意にも近い視線を向けられたジェミニはふるると震えた。その震えが恐れからくるものだったのか、彼の切れ長の目と横顔が美しかったからなのか。

 ジェミニが次に声を出す前に新参者は羽を広げて飛んでいってしまった。




 第一印象最悪なアミーカが、第三次世界大戦に参戦した精霊兵だと言う噂は、翌朝には学園中に広まっていた。

 ワタリガラスの爺さんとあだ名を付けられたアミーカは、誰からくすねたのかビールの小瓶を手にタバコをふかしていた。

 

 ジェミニから見てもアミーカの主人であるサシャ・バレットは華やかな神の花嫁だった。元精霊兵のカラスは主人たる太陽の娘へうやうやしく片膝をつき、周囲の者で主人の味方と明確な者以外には教員だとしてもきついにらみを利かせる。周囲との馴れ合いよりも忠誠と護衛を優先するアミーカを見たジェミニは、内心彼を評価し始めていた。




 問題児のナルシス・モンテがダンスで翻弄ほんろうされた金曜日の夜。ジェミニは思い切ってアミーカが寝床としている南の丘へ向かった。

 アミーカはもちろん寝ぐらに現れた白フクロウをよく思わず、普段以上にきつくにらんだ。

「何しに来た」

「その……君とちゃんと会話をしたくて」

「話すことなどない。失せろ」

 白フクロウは太い木の枝に腰を下ろしたワタリガラスを見上げる。自分でも何故こんなにこの男に構いたいのか分からないまま、ジェミニは木の上へ登った。

「聞こえなかったのか。失せろ」

「その、君はどうしてそんなにも精霊を警戒するのだろうと思って。我々は横のつながりがあった方が……」

 次の瞬間、ジェミニは胸ぐらを掴まれ地面に叩きつけられていた。ジンと響いた痛みのあと目を開けると、アミーカの顔が眼前にあった。

「ジジイの俺より耳が遠いようだな」

 ジェミニはアミーカが離れてしまうのが嫌で、とっさに彼の腕と肩を掴んだ。

「私は敵ではない!」

「そんな確証はない」

「ある! 私の主人は君の主人に好意を……」

「だから仲間だとでも言いたいのか?」

 襟首からアミーカの手が離れ、ジェミニは体を起こして慌てて抱きついた。

「待って!」

彼を逃したくなくて首元にしがみついていると、カラスはふっと鼻で笑った。

「そう言うことか」

 アミーカはジェミニのあごを掴むと噛み付くようなキスをした。

「珍しい部類が来て気になったんだろうが、賭けてもいい。お前は俺のツラが気に入っただけだ。一ヶ月もすれば飽きる」

 それまで遊んでやる。アミーカはそう言い残し、主人の影へと帰ってしまった。

「私はそんなつもりじゃ……」

ただ仲良くなりたいでは駄目だったのだろうか? 取り残された白フクロウはひっそりと涙を落とした。




 翌日、アミーカによく似た喉白のワタリガラスがやってきた。サシャによりフラターと名付けられた若い精霊はカラスらしい言動であっという間に周囲に溶け込み、やはりアミーカは特異なのだと精霊たちは噂した。


 ジェミニは今度こそまともにアミーカと交流をしようと、友人の輪がまとまりつつある主人たちに仕える者同士、お茶会をしようと自ら企画を立てた。

アミーカ当人に声をかけ、フラターも是非にと言ってもワタリガラスの男はチラリと自分を見ただけでうなずきもしなかった。

 案の定アミーカは来ず、フラターだけがやってきてジェミニは肩を落とした。


 のちにフラターから、アミーカは茶会を無視して主人サシャへの贈り物を選んでいたと告げられたジェミニはさらに落ち込んだ。

「あー……や、違うんすよ。あいつ別にあんたが嫌いとかじゃなくて……」

 フラターは自分の調教師の元にも孤独を貫く者がいたと白フクロウを慰めた。

「要はご主人様第一主義なんすよ。他人が嫌いとかそんなレベルじゃなくて。ご主人様ラブすぎて他のことマジでどうでもいいんだ。立ち回りの下手なやつには違いないんだけど」

だから気に病まないで、とフラターは懸命にジェミニをなぐさめてくれた。




 フラターというが出来、アミーカは精霊たちの交流の輪からさらに遠のいたが、初日から振りまいていた必要以上の警戒心はなりを潜めた。

 主人第一主義だというフラターの見解が真実だと分かったのは、月と太陽の合同授業中にアミーカがフラターと何気ない会話をして微笑んでいた時。

(ああ、本当に主人以外の関係は必要ないのか……)

主人を同じくするフラターとは連携が必要だと判断したのか、アミーカは若いカラスと行動を共にした。

(私も混ぜてくれないだろうか、なんて)

フラターを羨ましく思った。アミーカの隣に立つことを許されることが何よりも。




 ジェミニは意を決して再びアミーカの寝ぐらへ訪れた。ワタリガラスはチラリと白フクロウを見下ろしたが、興味をなくしたように森を眺める。

「君と話がしたい」

「しつこい奴だ」

「君の見目が気に入っていることは認める。だがを求めている訳ではない」

アミーカはふっと口の端を上げた。

「てめえみたいなガッついた奴は大抵体目当てだ」

「違う。……でも君にキスをされて嫌な気持ちにはならなかった」

「認めたな」

ニンマリと持ち上がった口の端と獲物を狙うかのような視線に、ジェミニの喉は震えた。

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