第22話『イタズラカラスとワイン祭り(後編)』

 ワインフェスは気楽なイベントではあるものの、婚約予定の相手の母親へご挨拶とあっては綺麗な格好をしたほうがいい。

サシャはカラスの騎士たちからお小遣いをもらい、そこそこ手が伸ばせる値段のドレスを買おうとしたのだが。

「あら駄目よ、そんな品質では」

ティアラ姉妹からダメ出しをくらい、サシャは結局月の姫たちのツテで上等なドレスを借りた。


 お屋敷の中でも上流と付き合うとなると大変だな、と太陽の娘は当日ボルドーへ向かう馬車に揺られながら思った。レイン家の紋章入りの、貴族からすれば質素な大きな馬車の中。サシャはマシューの横で溜め息をついた。

「胃が痛い……」

「楽しそうな顔してくれると、挨拶あいさつもすんなりいくんだけどな」

 少年は白銀の月のごとく微笑む。今日のマシューはサシャが白いドレスを着る関係上、装いを揃えるために夜空色のシックなスーツに袖を通していた。

「だってぇ……マシューは大きいお家の跡取りだしぃ……!」

「ベルフェス家ほどじゃないよ」

「一般人からすると上の上は差なんてほとんどわからないんです……。みんなすごいの、みんな……」

マシューはうーんと首をかしげる。

「これ、品のない言い方なんだけど」

「ん? うん」

「俺たちってつまり、王族の降嫁先だったり王族のを保つための家なんだよね」

マシューは遠回しに自分たちは種馬だ、と告げる。あんまりな話題なのでサシャも思わずギョッとした。

「生活の基本がそんな感じだから、もしかしたらサシャさんには荷が重いかもしれないね」

「やっ、そのっ! お、お作法は頑張るよ!」

「うーん、気持ちは嬉しいけど向き不向きはあるから……」

「で、でもマシューが家出たらおうちが絶えちゃう……」

「その時はその時じゃない?」

あっけらかんと言うマシューの笑顔を見て、サシャは違和感を感じた。

(え、数百年続いてきた家が終わるのにその気楽さは……)

サシャはそれ以上マシューに話を聞けず、会場に着くまで黙っていた。




 マシューとサシャが会場に着くと早々に黒服に出迎えられてしまい、少女は焦った。

(なっ、何事……!?)

皇太后こうたいごうさまがいらっしゃるようだから、真っ先にご挨拶あいさつへ向かおう」

「あっ、は、はい」

 なんか行く先々で会うなぁ、とサシャはマシューにエスコートされ黒服のあとをついて行く。

 周囲は出店が立ち並び、機嫌のいい大人たちがグラスを手に笑い合っている。

 会場にあつらえられた尊い方専用のスペース。周囲にいる普通の格好の魔法使いも、おそらく警備なのだろう。皇太后こうたいごうは笑顔で月と太陽を出迎えた。

 マシューは紳士の礼を、サシャは淑女しゅくじょの礼をする。

「お久しぶりねレイン家次期当主。また会ったわね、お嬢さん」

「ご機嫌麗しゅう皇太后こうたいごうさま。紹介いたします。こちらサシャ・バレットさんです」

「友人? あら、そうなの」

まだ婚約してないの? と皇太后こうたいごうは笑顔の下に言葉を忍ばせる。

「いずれご紹介できるかと」

「本当? 楽しみにしてるわ」

マシューはサシャにこそりと耳打ちをする。

「サシャさん既に皇太后こうたいごうさまとお話ししてるけど、本来は舞踏会でデヴューしないと口利いちゃ駄目だからね」

「う、うん」

 挨拶を終えるとマシューとサシャは黒服に案内される形でその場を離れる。

「本来は王族に背を向けるのはナシ。でも皇太后こうたいごう様は今あそこから離れるご用事はないから、俺たちはほかの方にもご挨拶をしますので失礼します、って感じ」

「な、なるほど……」

「サシャさん汗びっしょりだけど大丈夫?」

「緊張して……」

皇太后こうたいごうさまにお会いするの二回目なのに?」

「だって陛下のお母様だし……」

「そう。あ、今日は使い魔外に出しちゃ駄目だからね」

「へっ。あ、うん。分かった……」

 サシャが肩を落としたのを見てマシューは首をかしげる。

「サシャさんって本当に精霊と一緒にいるの当たり前なんだね」

「人間より友だち多かったから……」

「そっかぁ」


 マシューとサシャはオルフェオの元へ向かった。オルフェオはラフなシャツ姿ではあったが、二人の姿を見つけるとそばにいるよく似た赤毛の男性に声をかけてからこちらへ向かってくる。

「こんにちは二人とも」

「こんにちはオルくん」

「こんにちは……」

「どうした? 元気がないな」

「使い魔外に出しちゃダメって聞いたから……」

「ああ、使い魔でも特に騎士だと護衛のためと判断されるからな。今は言うなれば遊びの場だろう?」

「なるほど……遊んでる時に護衛はいらないのか。ほんと都会だと使い魔って最低限しか外に出さないんだね……」

「そもそも、普通の精霊どころか騎士って維持するための魔力が結構なコストじゃない? それを二体も、ってなると……ね?」

「うむ。自分は体力があります、と示しているようなものだしサシャは女性だからな。あまり印象は……」

「そ、そう言う見方されるんだ……」

(でもそれって精霊たちの息抜きの時間がないような……)

サシャは溜め息をつく。

「うちのご主人様超ホワイト」

サシャの影からフラターの声がして三人は地面を見下ろす。

「……この状態でお喋りはありかな?」

「うーん、独り言の多いお嬢さんになるよ?」

「ううん……」

サシャがなるべく二人を外へ出してあげたいな、と考えているとアミーカが提案をする。

「腕輪は?」

「あ、そっか!」

 サシャはさっとしゃがんで影へ両手を伸ばす。影から霧となって外へ出た騎士たちはそのまま主人の腕に取り付き、小さなダイヤモンドの飾りがいくつもついた金のつたのブレスレットに変化する。

「ど、どう? アクセサリーに見える?」

 マシューとオルフェオは立ち上がったサシャの腕を見てなるほどとうなずいた。

「上手いこと考えたね」

「それなら誰からも警戒されないだろう」

「よかった!」

サシャは腕輪となった騎士たちをそれぞれ撫でる。

「くすぐってぇ」

「ふふふ」


 主人の肌に触れているからかアミーカとフラターはご機嫌。サシャはその状態でオルフェオにエスコートされ赤毛の男性の元へ挨拶あいさつに向かう。

叔父上おじうえ

 フェリクス・ベルフェスは振り向き、オルフェオが連れている女性が見事なオレンジゴールドの髪だったので目を丸くした。

(これは確かに我が一族の女性だな)

「ご紹介します。友人のサシャ・バレットさんです」

「フェリクス・ベルフェスだ。オルフェオの父の弟にあたる」

「初めまして、サシャ・バレットでございます。オルフェオくんとオスカー先輩にはお世話になっております」

サシャは膝折礼カーテシーをする。

(うむ、たしかに礼の仕方が本家式だ)

 フェリクスはオルフェオの言うことも荒唐無稽こうとうむけいではなかったのだなと考えながら少女を見つめる。

「我が息子オスカーから聞いたのだが、神の花嫁で、カラスを二羽つけているとか? 加えて騎士だとか」

「あ、はい。そうです」

「カラスは我が一族では馴染み深い使い魔だ。ただ女性が主人なのは珍しい。使い魔に翻弄ほんろうされていないといいのだが」

アミーカはフェリクスの言葉を鼻で笑う。

「こいつ、俺たちのご主人様が馬鹿じゃねえか? って聞いてんぞ」

「あっ、こら! しっ!」

サシャは影に向けて叱りつける。

「バカの主人を選ぶほどバカじゃないんでね。お生憎あいにくさま」

「二人とも!」

フェリクスはほう、と眉毛を持ち上げる。

「主人を小馬鹿にされたら即言い返す。かなり忠誠心が強いな。いや、失礼した。従っている振りをして主人を見下すカラスもいるものだから、心配になってね」

「いらねえ心配だな」

我らが女主人マイ・レディは今日も美しく麗しいのでぇ〜」

フェリクスはオスカーに似た顔で微笑む。

「なるほど、カラスをも魅了する神の花嫁と言う訳か」

「ご、ごめんなさい私の使い魔が生意気を……」

「いや、こちらも試すようなことを言ってすまない」


 マシューはサシャを母親に会わせようと思いフェリクスやオルフェオと一旦分かれた。

 マシューに連れられ別の店舗の並びへ向かうと、遠目に見ても灰銀の髪が美しい婦人の後ろ姿があった。

「母さん」

 マシューが声をかけると少年と面影が似た美しい灰銀の月が振り向いた。青い瞳の貴婦人はサシャの顔を見るとハッとする。

「ご紹介します。こちら、ガールフレンドのサシャ・バレットさん」

サシャが膝折礼カーテシーをすると婦人も膝を落とす。

「イザベル・レインです」

「アッシュ伯爵だよ」

「は、初めまして、サシャ・バレットでございます……。マシューくんにはいつもお世話になっております……」

 ちゃんと挨拶あいさつできたかな、と少女が見上げるとアッシュ伯爵イザベルと目が合う。

「あ、その……ごめんなさい、オレンジゴールドが見事なものだから」

イザベルを見ていたアミーカとフラターも何かを感じ、主人の肌の上でそわそわする。金のつたがじわじわと伸び始め、サシャは焦る。

(こら、大人しく!)

(この人会ったことある気がする)

(見覚えがある。だがどこで会ったか)

マシューも騎士たちの反応に気付き、ああと声を出す。

「母も神の花嫁なんだ」

「あ、そ、そうなんですね」

「なんで敬語?」

マシューはクスッと微笑む。

「ごめん母さん、ちょっと緊張してるみたいで」

アミーカとフラターはオリハルコンの体積を増やしながら口を開いた。

主人あるじ、俺たちもご挨拶をしたい」

「お願い主人マスター

サシャがマシューに視線で聞くと少年は仕方ない、と肩をすくめる。

「出ておいで」

 カラスたちは金の腕輪から黒い霧になり、人型を取ると同時に主人の両脇で膝をついた。

「私の使い魔で、右がアミーカ、左がフラターです」

左右の瞳の色が対称のカラスたちは片膝をついた状態でイザベルをじっと見上げる。

「まあ、カラスが二羽も。それも騎士だなんて。素晴らしいわ」

精霊の騎士たちはイザベルの顔を見たまま話し合う。

「やっぱり会ったことある気がする」

「俺もそう思う。でもどこで?」

カラスたちはすぐイザベルに懐いてしまい、ソワソワと羽を揺らす。

「珍しい。二人とももう懐いたみたいです」

「まあ」

イザベルはふわりと笑う。

 その白月のごとき美しい笑顔を見たフラターは太古の記憶を引き当てた。

「ああ!」

 カラスたちはイザベルを怖がらせないようにしつつも興奮で羽を膨らませた。

「麦酒のゲヴン」

常若とこわかの実の主人あるじ

「最も美しき女神ディースの一人」

精霊たちが古いたとえでイザベルを褒め称えると、主人のサシャもマシューも目を丸くした。そしてマシューはそのたとえで母親のイザベルがどんな女神だったか思い出した。

「確かに、母さんは美人だから“黄金の林檎の女主人イズンのごとし”と謳われたことがあるよ」

太古の女神の中で一、二を争う美女の一人とマシューが口にし、サシャはさらに目をむいた。

(この人も神の生まれ変わりなの!?)

「まあまあ」

イザベルは手放しで褒められ頬を染める。

「カラスってこんなに人懐こいの? お友だちから聞く印象と違ったわ」

カラスたちは主人サシャの顔をじっと見上げる。

「あの、二人とも撫でて欲しいみたいで……」

「あらまあ。よろしいの?」

じゃあちょっとだけ、とイザベルはカラスたちの頭を撫でる。

 カラスの騎士たちが心から喜んでいるので少女は珍しいなと思った。


 次の瞬間、背後で不穏な気配がしてサシャは反射的に自己催眠をかける。振り向いて二本の槍フギンとムニンを構えようとした少女の手首をマシューは掴んだ。

 瞳を銀色に輝かせた少年は己の伴侶はんりょへささやく。

「君はもう少し守られることを覚えて」

 アミーカとフラターも即座に反応してイザベルたちを守る態勢になる。周囲に潜んでいた太陽騎士団の面々が一斉に杖を構える中心では、オリヴィエによく似た星のない夜色の何かがうずくまっていた。

「太陽は一つ、二つ目はなし」

 ゆらっと立ち上がった人工精霊の眼孔がんこうには目玉がなかった。それを見た一般客から悲鳴が上がる。

 魔法使いたちは亡霊のような人工精霊へ無詠唱の攻撃を仕掛ける。アミーカはサシャを、フラターはイザベルを抱き上げる。マシューはジェミニを呼び出しその手を握った。

「走って!」

 会場はパニック状態となり、それぞれの方向へ散っていく。

 太陽神ソルは守られるしかない状況に舌打ちをしつつ、太陽騎士団と月花騎士団にその場を任せ馬車に乗り込んだ。

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