第9話「生命の衝突」
「おごっ、うごべっ、びびぇっ」
赤目にまるっと飲み込まれた私は、全身をギチギチと圧迫されながら飲み下されていた。蛇の唾液が全身をべっとりと濡らし、臭くて生温かくて全身が痛い。
「ふーっ! ふーっ! うぎぎぎぎぎっ!」
このまま何もしなければ食道をするっと通過して胃袋に真っ逆様だ。流石に胃液でじっくりゆっくり溶かされる生き地獄まで再現されるR-18G基準のゲームではないため、そこまでいったら普通に死ぬ。だから、その前に腕を突っ張って動きを止めなければならない。
のだけれども。
「うおおおおっ!? 滑る! 粘液滑る!」
蛇の内臓、ぬるぬるしててめっちゃ滑る! 腕を突いてもぬるんっと力を逃してしまうから、全然止まらない! このままだと本当に、ただ食われて終わる間抜けな奴になってしまう!
「か、かくなるうえは! どっせい!」
突っ張っても止まらないなら、直接貫けばいいじゃない。
指を揃え手刀を尖らせ、思い切り蛇の内壁を突く。柔らかい内臓は滑りやすいが防御力は皆無と言っていい。無防備なそこに腕を突き込めば、あっけなく肉を貫通して差し込めた。
「うおおお、うおおお、うおおおおおおっ!? へっへ、痛がっとるのう痛がっとるのう」
途端に全身がぐわんぐわんとシェイクされる。喉を内側から突かれた赤目が痛みに悶えているのだ。私は私で傷口から噴き出す赤黒い血をまともに浴びて酷いことになっているが、まだ消化液じゃないだけマシだ。
「うぎぎぎっ!? し、締め付けるなって! 痛いでしょうが!」
痛みに悶える赤目は、私という異物を早く胃の腑へ送り込もうと喉を力ませる。ギチギチと全周囲から肉が私を押し潰そうとしてきて、悲鳴をあげる。金属フレームのロボットじゃなかったら、肋骨の二、三本くらい折れてるかもしれない。
――ボキッ
「うぎゃあああっ!? ろ、肋骨折れた!?」
訂正。金属フレームの肋骨も折れるレベルだった。
そういえば状態異常の一つに“骨折”というものがあった。骨が折れたせいで防御力が大きく下がり、ただでさえ少ないLPがジワジワ減っていく。
「おおおお、やべやべやべやべ!」
このままじゃ蛇の胃にすら辿り着けず死んだ間抜けな奴になってしまう。それだけは勘弁だ。
私は激しく蠢く蛇の喉を降りながら、穴を探す。
“隠遁のラピス”は三つ首の大蛇。頭は三つ、首は三本、けれど体は一つだけ。ならば喉の奥にはあれが――。
「あった! よっしゃ!」
私は賭けに勝った。
見つけたのは、二つの大きな穴。それぞれ青眼と金眼の口に繋がる食道だ。最悪、胃に三本の管が直結しているということも危惧していたが、外から見た身体の形からして、どこかで一本に纏まっていると踏んでいたのが当たった。
私は広くなった食道の奥に落ちないように手刀と爪先を蛇の内壁に突き刺しながら、赤眼の管から出て金眼の管に入る。
「へっへっ。でっかいからって良い気になるなよ。名付けて一寸法師作戦!」
金眼の視線が厄介ならば、視線を受けないところから攻撃すればいい。それはどこか? 簡単だ、内側に入ればいい。
目が六つもあったところで、自分の体内までは覗けない。ここから大本である金眼の頭を直接殴れば、一方的に安全に倒せるというわけだ。
「ああ、自分の才能が恐ろしい。レナちゃんが賞賛する声が聞こえてくるようだよ!」
ブスブスと手刀を突き刺しながら、ヒダヒダの連なる赤い喉を登っていく。喉を直接傷だらけにされているラピスは悲鳴をあげている。その声が体内に反響してうるさいのが辛かった。
しかし、予想していなかった朗報もある。自分の体を固定するため、ラピスの喉に手刀を突き刺しているのだけれど、これも攻撃判定を受けるらしい。おかげで『雪辱の精神』が発動してボーナスダメージが入っている。
「ふふふっ、痛かろう、辛かろう。今楽にしてあげるからねぇ」
ぐわんぐわんと蛇の首が揺れる。でも、私はラピスによって全身を締め付けられているから振り落とされることはない。
彼も今、焦げ付くような生を感じているはずだ。痛みだけが生きる実感を教えてくれる。
「うふふふっ。私も一緒に生きてるんだよ。分かるよね。ほら、生きてるでしょ、私。動いてるでしょう? 私も心臓が動いてるんだよ!」
喉に爪を突き立てれば、巨大な筋肉がぐんと引き締まるのを感じる。前後左右から濡れた内壁が迫り、私を押し潰そうとする。
「ははあああっ♡ あっはっ♡」
ボキンッ! と軽い音がして片腕が折れる。伸ばした方向が悪かったのか、力をうまく逃すことができなくて内壁に潰されてしまった。私は咄嗟にアンプルを飲み、LPを回復させる。回復量の少ない低級アンプルが、むしろちょうどいい。
ガンガンと鳴り響く危機アラート。LPはレッドゾーンに留まり続けている。だからこそ、私は生きている。生きて、生死の淵のギリギリに爪先で留まっている。
「もうすぐ、着くからね♡」
片腕と両足と、そして口を使って蛇の喉を登る。上に行くほど揺れは大きく、激しくなってくるけれど、自分の歯を柔らかい肉に突き立てて体を保持する。
生きているラピスの喉肉の味は、ほとんど血と泥の腐ったような味だった。あんまり美味しいものじゃないけど、だからこそ、生きているのを実感する。
「はぐっ! もぎゅっ! んふひっ」
歯で喉のヒダを噛み、右腕で更に上へ体を持ち上げる。
片足が折れた。大腿が砕けて、膝から下が千切れた。もはや“奮迅の首飾り”の火事場力を念慮している余裕はない。アンプルを乱暴に砕いて、ギリギリのところで命の糸を繋ぎ続ける。
そっと息を吹きかけるだけで千切れてしまいそうな、頼りない命脈の糸を繋ぎ続ける。
私とラピス。どちらの灯火が先に消えるか。吹き荒れる嵐の海の、揺れ動く船の甲板で、互いの首を締め合いながら勝負をしていた。
「着いたぁ」
そして、私は登り切る。蛇の喉の頂点。ずらりと牙が並び、細長い舌が収まり、臭った水のような臭いの立ちこめる、金眼の口腔に。手をかける。
締め上げられる喉が、私の全身をボキボキと折っていく。もはや金属フレームは粉々だ。立つことはできないだろう。
けれど、私の勝ちだ。
「『ハードナックル』ッ!」
ステータスを睨みながら、LPがわずかに自然回復をした瞬間に、“型”と“発声”を決める。繰り出された拳が、蛇の喉奥、口蓋を叩き上げる。その衝撃は体組織を貫通し、頭蓋骨に守られた脳を貫く。
もっとも柔らかい部位を極至近距離から破壊され、大蛇は悲鳴を上げる。
「うごばっ!?」
断末魔が吹き上がり、その表紙に喉が強烈に締まる。私は思い切り全身を砕かれ、LPを吹き飛ばした。
「お姉さん!?」
薄れゆく意識の中で、レナちゃんの声が聞こえた気がした。
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Tips
◇『ハードナックル』
〈格闘〉スキルレベル30のテクニック。力強く拳を繰り出し、相手の体内に浸透する打撃を放つ。
一定の防御力を無視した貫通打撃を与える。
“硬い信念と共に放った拳は、何よりも硬く何よりも強い。”
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