第6話

 自分に不都合な点を突かれると、こちらから視線をはずす。というよりも、表情をこちらの死角に隠す。卑怯だし、姑息だ。小者である証拠あかし。ますます嫌いになる。


「自殺しようとしているのは、あなたの方でしょ。それを止めるために、私はこうして柵を越えて、ここに出てきた。そうでしたよね」


 すぐに返事をしない。ただ認めればいいだけなのに。


「べつに今すぐ飛び降りようってつもりじゃねえよ」


「でも、最終的には飛び降りる。そういうつもりだったのですよね」


「まあ、そうだが……。だから、計画変更だって言ったじゃねえか」


「その言葉を信じろと」


「自殺はしねえ。少なくとも、あんたの前ではな。自殺なんて、できねえ」


「どうして」


「……」


 これではまるで取り調べだ。どちらが現職の刑事か分かったものじゃない。つくづく自分の性格が嫌になる。


「どうして、私の前では自死できないと言えるのですか。何か理由でも。私たち、今が初対面ですよね」


「……」


「葛木さん、話してください」


「あんた、三十四になったと言ったな」


 質問をしているのは私だ。質問に質問で返して、主導権を取り返そうというつもりだろうか。それとも、何かの時間稼ぎ。この状況で、安全の他に余計な神経を使わせる。安全と手順に集中したいのに。本当に苛々いらいらする。


「歳が同じなのさ。だから、どうしても、あんたの前では無理だ」


「私とですか。どなたの話をしているのですか」


 疑問をぶつけているのだが、つい語尾が強くなり詰問調になってしまう。感情を晒し過ぎだ。情けない。


「娘さ。死んだ、俺の娘」


「……」


 言葉が出てこない。棒を握っている右手に力が入る。どういう事?


「生きていれば、ちょうどあんたと同い歳だ」


 亡くなった自分の娘と私を重ねているというの? いや、情を絡めて私を油断させるつもりなのかも。そうやって何かを要求してくる。あの男もそうだった。いつも、いつも、私の情に訴える話をした。イタリア物のブランドスーツを買ってあげた時も、自分は社会人になってスーツを買い替えたことはない、そんな金があれば実家に仕送りしているからとか、新車のローンの保証人になってあげた時も、自分は中古車を大事に乗り続ける男だ、壊れていて多少不便もあるし安全上の不安もあるが、愛車を大事に乗り続ける男でないと恋人を一生大事にはしていけないとか、そのローンのほとんどの残債を肩代わりしてあげた時も、君に負担させるくらいなら車を手放す、このマンションまでは電車やバスを乗り継いで来ればいい、そのくらいの事は何の苦でもないとか。全部、嘘だったのに。


「自殺したんだよ。去年の暮れに。まだ一年忌も済んでいないのに、俺が死ぬわけにはいかんだろ。まして、娘と同い歳のお嬢さんの前でそんな事をしたら、あの世で娘になんて言われることか」


 自殺? そうだとしたら、この男は、葛木は娘さんの後を追うつもりだったということなの? ここから身を投げて。もしそうなら、一応は言っておく必要がある。


「その話を信じていいのですね」


「ああ。嘘は言っていない。死んだ娘に誓って」


「サツカンとしても誓ってください。上司に嘘の報告はしていないと」


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