叶えられなかった投手②
夢斬りは目の前の高いネットを飛び越えて、今も立ち上がれずにいる投手の元へ向かった。
「これはいつの出来事ですか」
「……二ヶ月前」
か細い声だった。二ヶ月も前の夢にしては鮮明だ。もっと最近のことなのだろうと思っていた。
「俺が閉ざした、先輩たちの夢を」
たかがスポーツ、そしてこの先の人生は長いだろうに。でなければこんな風にスポーツもできないのだから。一つのスポーツにおける負けを引きずる理由も、ここまで打ち込む理由も、夢斬りにはわからない。
「この夢を消してしまってもよろしいのですか」
「……はい。先輩たちが言うから。前見ろ、元気出せって。ベスト四に行けただけで十分だからって。お前は来年優勝して甲子園行って、甲子園で無双しろ、って。俺は学校ではもう普通なフリしてるけど、でも本当は全然立ち直れてない。前なんか見れてない。でもこれじゃ、だめだから」
試合が終わった時のままの電光掲示板を見つめて言う。その様子を見て、夢斬りはバッターボックスへ向かった。
「何するんですか」
ストライクゾーンに入らず、捕手までも届かなかったボールが夢斬りのブーツの先に転がっている。それを拾い上げて彼へ投げる。
「この夢の核はそのボールです。核を潰すことによってこの夢は消えます」
「それをどうして俺に? その刀で斬るんじゃないんですか」
「ええそうです。この刀でしか夢は斬れません」
「なら余計、なんで俺に」
夢斬りは野球をよく知らない。けれどただボールを自分で斬るのでは、何か違う気がしたのだ。それだけでは、彼を救えない。
「それを投げてください。苦しみも、悔しさも、全部乗せて」
「それをバッターが打つように斬る、と?」
「野球についてはほとんど何も知りませんが、刀を扱うのは得意です」
飛んでくるボールを斬るなどしたことがないが、恐らくできるだろう。そのように仕込まれている。
彼はボールをみつめてぽつりぽつりと話し始めた。
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