追われる男②
女はゆっくりと刀を下ろすとこちらを振り返る。男は息を呑んだ。
「もうこれが追って来ることはありません。一目顔を見てはいかがでしょうか」
その顔は恐ろしいほど整っていた。鋭い眼光を称えた切れ長の目、なんの抑揚もない眉、通った鼻筋、引き締まった口元。きりりとした顔だが、華奢な身体や白く長い髪から儚さを感じた。
いや、見ろと言われたのは彼女が斬った方の顔だ。恐る恐る顔を覗く。男は驚いて目を見開いた。
「今よりお若いようですが、あなたですね」
女の言う通り、そこにあったのは自分の顔だった。これまで何度も見た顔、見間違いようがない。黒子の位置も同じ、頬の傷の位置も同じ。
「あなたのことは知りませんが、自分のことを認めてあげるといいかもしれません。それか、この正体と向き合うか。でなければいずれまた、何かに追われます」
男は唇を噛んで俯いた。今まで目を逸らしていたものが、こうして自分を追っていたのか、と。
「この夢を消してもよろしいですか」
「消す……?」
「夢の核を潰すのです。そうしなければ夢はまた現れます」
「核はどこに?」
「今回はこれの心臓がある場所です」
足元に転がる真っ二つになった自分。自分の罪を思い出す。この罪は、他人に無くしてもらっていいものだろうか。
「あの、ありがとうございます。でも、核は潰さなくて、大丈夫です。自分が、もうこの夢を見ないように向き合います」
女はしばらく男の目を見ると、刀を鞘に収めた。
「わかりました」
「えっと、ずっと目を逸らしていたものと向き合う機会になったんじゃないかなと思います。ありがとうございます」
女は一度ゆっくり瞬いた。すう、と頭を下げて踵を返す。
「あ、そういえば、あなたは誰ですか」
立ち止まって振り返る。白い髪の隙間から、黒い目。
「夢斬りです。私にそれ以上の名は与えられていません」
女はそう言って、夢の靄のなかへ消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます