第195話 バウンティハンター骨姫 転

 王都ミストラルには東西南北の四つの城門がある。

 王都の玄関口といえるのは西の〝獅子のあぎと門〟。

 大街道に面していて、毎日多くの人や物資が出入りするのがこの門だ。

 王都の位置が王国領土の東の端にあり、大街道は〝獅子のあぎと門〟を出発点として西に伸びているため、王国で最も栄えている門だといわれる。

 北と南は生活のための門。

 王都に住む人々が城下から出るときには、混み合う〝獅子のあぎと門〟ではなく北か南の門を使用する。

 これらの門は、王都の住人以外は基本的に出入りできない。

 東は補助的な門。

 王都を出て東へ行っても、二日行けば絶壁の高地ハイランドに突き当たる。

 その間にあるのは小さな森と王家の墓、あとは荒れ地が広がるのみで村のひとつもない。

〝獅子のあぎと門〟があまりにも混み合っているときなどに解放されることもあるが、基本的に城門自体閉じられていて、許可証がなければ通行できない。


 ――夜半。

 王都ミストラル内、東門付近。

 一台の荷馬車がゆっくり、ゆっくりとと走っている。

 馬の蹄には麻布が巻かれ、蹄の音は静かだ。

 御者台には二人の男が乗っている。


「……本当に通れるのか?」


 二人のうち、頭頂部が薄くなった小太りな男が不安そうに尋ねる。

 手綱を持つもう一人の痩せた男が、舌打ちしてから答えた。


「何回目だ、しつこいぞ」

「でもよ……」

「レディの手引きだ。間違いがあったことなんてあるか?」

「いや、でも……俺はレディの顔すら見たことないぞ? お前はあるのか?」

「ないな」

「だったらわかんねえだろ、俺たちハメられてるかもしれねえ!」

「シッ!」


 痩せた男は睨みを利かせて言った。


「……声がデカい。一生黙らせてやろうか?」

「わかった、悪かった。脅すのはやめてくれ……」

「わかればいい。……それに、俺はレディの素性が知れないことを悪くとらえていない」

「なぜだ?」

「こんな稼業だ、簡単に尻尾を掴まれる奴なんて信用できるか?」

「! ……それはそうだな。うん、たしかにそうだ」

「わかったら黙ってろ。もうすぐ東門だ」

「ああ……!」


 小太りな男が、馬車の幌をわずかに開けて、中を覗く。

 大事な荷である五人の子供は、猿轡さるぐつわを噛ませて縛り上げてある。


「声を出したら殺す。わかったな?」


 子供たちの目は、どれも恐怖に歪んでいる。

 痩せた男が振り返らずに言う。


「それ以上は脅すな、泣かれたら困る」

「そうだな、わかった」


 小太りな男が幌を閉めて前を向くと、東門のもうすぐそこまで来ていた。

 痩せた男はフードを深く被り、俯いた。

 東の門は閉じている。

 門の脇の詰め所まで来ると、小太りな男が明るい調子で言った。


「よう! 遅くまでご苦労さん!」


 夜番の騎士がのっそりと出てきた。

 うたた寝していたようで、よだれのあとがついている。


「許可証を見せろ」


 騎士は横柄な態度でそう言って、手招きした。


「へいへい、これです」

「……本物のようだな。なぜこんな時間に? 荷はなんだ?」


 小太りな男は慌てた様子で言った。


「いや、ええと……聞いてませんかい?」

「……フ。冗談だ」


 騎士は冷笑し、詰め所に向かって手で合図した。

 城門の扉が音を立て、少しだけ開く。


「これ以上開けば音が市街に響く。ギリギリだからゆっくり通れ。門にぶつけるなよ?」

「へえ」


 痩せた男が手綱を振り、馬が動き出す。

 荷馬車は幅ギリギリのところを、さして減速もせずに通り抜けた。

 感心した騎士の男が口笛を吹く。


「たいした手綱捌きだ」

「へえ、こいつは馬を扱うのが滅法うま・・くて……あ、つまんねえ洒落を言っちまいまった、へへ」

「……いいから行け」

「へえ!」


 東の門から出た荷馬車は、ゴトゴトと揺れながら王都から遠ざかっていく。


「……無事に出られた。これからどうする?」


 そう小太りな男が尋ねると、痩せた男が前を向いたまま答える。


「このままだ。もうしばらく行って、馬の靴を脱がす」

「ふんふん。それで?」

「さあ?」

「さあ!? 出るだけであて・・はないのか!?」

「落ち着け。とりあえずは東だ」

「東? 東に行ってもハイランドにぶつかるだけだぞ?」

「わかってる。ある程度行ったら、北へ向かう」

「それで逃げられるのか!? わかんねぇ、いい加減、説明してくれよ!」


 痩せた男はため息をつき、仕方なく説明を始めた。


王都守護騎士団ミストラルオーダーは俺たちが昨晩のうちに王都を脱出したと思ってる。今頃、捜索網を敷いて俺たちを捜しているはずだ」

「わかってるよ。だからどうやって逃げるんだって聞いてるんだ」

「焦るな。俺たちは王都から出られたし、今も追っ手はかかってないだろう?」

「いや、まあそうだが……」

「じゃあ王都守護騎士団ミストラルオーダーは俺たちをほっといて何をしてる? 揃って手抜き捜索してるのか?」

「だったらいいけどよ。……何が言いたいんだ、いい加減教えてくれ!」

「奴らは必死に捜しているんだよ。俺たちのいるはずのない、ずっと先をな」

「……そうか! 俺たちが昨晩逃げたと思ってるから!」

「そう。だから俺たちは捜索網を逆に追いかけながら逃げる。どこかで網をすり抜ける必要があるが、何もない東は手薄だろう。その上、捜索網は広域になればなるほど網目はデカくなる。すり抜けるチャンスはいくらでもある」

「なるほどなあ。でも、どっちへ逃げるにしろ、西へ向かわなきゃいけないだろう?」

「買い手は西だが北の海岸線へ向かう。港は無いが船が来る手はずになってる」

「おぉ! 完璧じゃないか!」

「追手はないだろうが、前方には注意しろ。捜索をやめて引き返してくる王都守護騎士団ミストラルオーダーの一団と出くわすかもしれん」

「っ! そうだな、気をつける!」


 その後、荷馬車は何事もなく東へ進んだ。

 小さな森の陰で馬の蹄から麻布を外し、そこからは速度を上げて北へ。

 この辺りは荒れ地が広がり、一応の道はあるが酷いもの。

 痩せた男は道ではなく涸れた谷川に沿って荷馬車を走らせた。

 いつ王都守護騎士団ミストラルオーダーの一団を見かけても、谷川の窪地へ荷馬車ごと身を隠せるためだ。

 小太りな男が言った。


「……順調だ。順調だよな?」


 これには痩せた男も、わずかに笑みを浮かべて頷く。


「ああ、順調だ。もう捜索網とぶつかってもいいころだが、気配がまるでない。おそらくこの辺りは諦めて、大街道のほうに合流したんだろう」

「おお! すり抜けるまでもなくいなくなったってことか!? やったな!」

「海岸線は警戒されてるかもしれないから、まだ注意は必要だ。だが……この感じだとそれもなさそうだ」

「よしっ! 逃げ切れ――ん? あれは何だ?」

「どこだ?」

「真ん前! 人じゃないか?」

「……いるな、二人……一人は女か?」


 荷馬車の進行方向に立ち塞がる二人は、ロザリーとヒューゴだった。


「ほんとに来たねェ」

「ええ。ロロは正しかった」


 ロザリーは、昨日のロロの言葉を思い起こした。


『私は、この誘拐犯は少数……一人か二人だと考えています』

『理由は一度に攫う子供も一人か二人と少数だからです』

『でも今回は最後だから欲張った』

『一人または二人の誘拐犯が五人の子供を連れて逃げるには馬車が必要です』

『しかし馬車は道を選ぶし目立つ。逃げるには工夫が必要です。特に大街道は使えない、間違いなくどこかの検問に引っかかる』

『最終目的地は西の開拓地でしょう。ここの領主たちは農地を広げれば広げるほど自分のものにすることを認められているので、労働力となる無色奴隷を歓迎します』

『ここに売られたら王都守護騎士団ミストラルオーダーの捜査も及ばない。領地法を盾に領主が拒否するでしょう』

『大街道を使わず西に売る。そのためには――海路です。それもポートオルカなどの大きな港を使わず、秘密裏に』

『王都を東に出て、ハイランド沿いに北へ。海岸線を目指すはずです。船は自分たちで手配すればいい』

『ロザリーさんはまず王都北の海岸線に怪しい船がいないか確かめてください。もしいたら、そこから南下していけば誘拐犯の馬車とぶつかるはずです』


 ――ヒューゴが言う。


「ボクが無理矢理馬車を止めようか?」


 ロザリーがジロッとヒューゴを睨みつけた。


「子供が乗ってるのよ? 馬車が転んだらどうするの」

「フム。ではどうする?」

「そうね……私のところまで、まっすぐ来てもらおうかな?」


 ロザリーの足元に落ちた彼女の影が、音もなく伸びていき、荷馬車の側面へ迫った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る