第60話 海賊襲撃―2
海賊が次々に乗り移ってくる。
「行けッ、行けッ!」
「イヤッハァァー!」
「お宝だ! 食い物もだ!」
「女がいるぞォ! 若けぇぇ!」
「奪えェ!! 殺せェ!」
甲板はたちまち海賊で溢れた戦場となった。
ラナがすらりと剣を抜く。
「やるよロブロイ!」
「仕切んじゃねえよ、ラナ!」「ちくしょう、なんで海賊狩りなんてやるハメに……」
ロブとロイも渋々ながら剣を抜き、三人はまとまって海賊の群れへ突っ込んだ。
カテリーナはナスターシャを睨みながら、向かってくる者だけを相手にしている。
(さて、私はどうする?)
ロザリーがそう考えているうちに、手斧を持った海賊が近寄ってきた。
「へへ、暴れんなよ? そうすりゃ優しくしてやるからよ」
黄色い歯を剥き、ロザリーの腰へ手を伸ばす。
瞬間、ロザリーは海賊の顔面を鷲掴みにした。
力を込めると、頭蓋骨が音を立てて軋む。
「あが、あがが!」
海賊は手斧を取り落とし、空いた手でロザリーの手を払わんとする。
が、ロザリーの指は食い込んで離れない。
ロザリーはそのまま、甲板を見渡した。
(――半数は船室や下層に雪崩れ込んだみたい。そっちは〝野郎共〟に任せればいいわね。……ってか、呼びに行ったヒューゴは何してるの?)
顔面を掴まれた海賊が喚く。
「離せちきしょう! 頭が、頭が割れちまう!」
「ああ、そうだったね」
ロザリーは鷲掴みにしたまま腕を振り、海賊を大海原へ向けて投げ飛ばした。
海賊は幾度か海面を水切りし、水柱と共に沈んだ。
その音に驚いた海賊とラナたちが、一斉に水柱の方を見る。
「……ふーん」
一人だけ水柱ではなくロザリーを見ている者がいた。
ナスターシャである。
視線を感じたロザリーが振り向くと、ナスターシャと目が合った。
「よっ、と!」
ナスターシャが舳先から跳び上がった。
軽々と海を越え、さらにカテリーナの頭上を越え、猫のように甲板に着地する。
そして顔を上げ、ロザリーに挑発的な笑みを向けた。
カテリーナが叫ぶ。
「気をつけてください、ロザリーさん! ナスターシャは騎士ではありませんが魔導持ちです!」
「ええ、今の動きでわかります!」
ナスターシャが駆け出す。
ロザリーも剣を抜き、それを迎え撃つ。
ナスターシャの曲刀とロザリーの剣の間で火花が散った。
鍔迫り合いの状態で、ナスターシャ笑う。
「強いねえ、あんた!」
そう言って、ナスターシャが曲刀の柄を絞り込む。
が、ロザリーの剣はビクともしない。
「余裕なのかい? こりゃ参った、底が見えないね!」
「弱気な台詞のわりに、口元が緩んでるけど?」
「そりゃそうさ! スリルを楽しんでこそ海賊ってもんだろう?」
「なるほどね」
ロザリーのほうも、押し合うことでナスターシャの魔導を計っていた。
並の騎士よりずっと強い。が、黒犬よりは見劣りする。
力では負けないと踏んだロザリーは、右手に持った剣を押し込みながら、左手をそっとナスターシャの首に伸ばした。
気配を隠して狙ったが、ナスターシャは察して飛び退いた。
彼女の顎から、冷や汗が滴る。
「……今の、捕まってたら死んでたね?」
「どうかな。逃がしはしないけど」
ナスターシャの顔が喜悦に歪む。
「ああ、こんなに興奮するのは久々だ。もっと楽しませておくれよ」
「ううん、時間はかけない。格付けは済んだでしょ?」
「あんた、内心は刃物みたいに冷たい女だね。惚れちまいそうだ」
「そりゃどうも。でも……あー、もう終わりみたい」
ロザリーの白い細指が、船尾のほうを指し示す。
ナスターシャは、ロザリーを警戒してそちらを見ない。
が、その方向から聞こえる音が、彼女の耳に異変を報せる。
ナスターシャの部下の悲鳴がこだましていた。
「いったい何だってんだい!」
耐えかねて、振り向いたナスターシャ。
彼女の目に飛び込んできたのは、船室から、下層への階段から、雪崩出てくる部下たちだった。
顔面蒼白で、怪我まで負って、慌てふためきながら逃げてくる。
そうしてそれぞれが勝手に、自分たちの船へと逃げていく。
「何してんだい、お前たち!」
ナスターシャは逃げる一人を捕まえ、問い質した。
その海賊は震えながら言った。
「姐御……もうダメだ……」
「何が!?」
「幽霊船だ!」
「あん?」
「この船は幽霊船だ! 俺たち、幽霊船を襲っちまったぁぁ!」
「何、バカなこと――」
「あぁ、来たぁ!」
ナスターシャの手を振り払い、海賊が逃げていく。
そこで初めて、ナスターシャは気づいた。
船室から、階段から、上ってくる無数の骸骨兵に。
彼らは一言も発さず、感情の揺らぎも見せず、ただ冷たい足音を響かせて海賊を追いかけている。
「なっ――
ナスターシャが思考停止している間に、二艘の海賊船が動き出した。
「切れっ! 鎖を切れっ!」
固定していた鎖が、斧で断ち切られる。
「勝手なことを!」
ナスターシャは怒りを滲ませるが、戦慄する海賊たちには届かない。
乗り遅れた海賊たちを振り落としながら、二艘は五段櫂船から離れていく。
甲板に残されたのは、ナスターシャと数人の海賊のみ。
「ったく、どいつもこいつも!」
カテリーナが剣先を向けて言った。
「降参しますか、ナスターシャ?」
「ふざけんじゃないよカテリーナ! ……そうだよ、これが幽霊船だったら、あんたが乗ってるはずがない!」
「どうでしょう。私も
「カテ公っ、舐めた口を……!」
ナスターシャがギリッと歯ぎしりした。
「姐御!」
最後の一艘――ナスターシャの乗っていた船から声が飛んだ。
「早く! 逃げ遅れる!」
「あたいは逃げないよ! カテ公なんぞから逃げてたまるかってんだ!」
「違う! 海だ、姐御ッ!」
「海?」
「奴が出たッ!」
ナスターシャはロザリーの立つ船首の先の、大海原を見つめた。
彼女の顔が、みるみる青ざめていく。
「
ロザリーはゆっくりと後ろを振り返った。
海が、割れていた。
氷河のクレバスのように、船に対して横一直線に割れ目が走っている。
その長さは五段櫂船の全長よりも遥かに長く、端が見えない。
「……吸い寄せられてる?」
ロザリーは船の周囲の海水が割れ目へ落ちていることに気づき、甲板の〝野郎共〟に叫ぶ。
「下へ戻れ! 全速後退!」
〝野郎共〟は忠実に従い、階段を下りていく。
しばらくして、全ての
――しかし。
「……ダメです! 吸い寄せられています!」
カテリーナの言う通り、まだ船は割れ目へと進んでいる。
割れ目の引き寄せる力が、〝野郎共〟の推進力を凌駕していた。
ナスターシャの船が、激しく揺れ動き始めた。
推進力を得られず割れ目へと引っ張られているが、五段櫂船に繋いだ鎖でなんとか耐えている。
ナスターシャが叫ぶ。
「船を捨てるんだ! こっちに乗り移りな!」
だが鎖を支点に激しく揺れ動くせいで、海賊たちは乗り移ることができない。
そのうちに鎖が悲鳴を上げ、バツン! バツン! と切れていく。
「モタモタするんじゃない! 早く!」
もう一度ナスターシャが叫んだ瞬間。
最後の鎖が切れ、海賊船は割れ目へと吸い寄せられた。
激流に流される木の葉のように、抗う術もなく、翻弄され、クレバスへ落ちていった。
その様を見ていたラナが叫ぶ。
「ロザリー、どうにかしてよ!? このままじゃ私たち……!」
ロザリーは一足飛びに舳先へと移動し、割れ目を見下ろした。
この割れ目が何かはわからない。
だが先程までとは形が変わっていることに気づいた。
割れ目の真ん中付近を中心として、クレバスの幅が広がっている。
端のほうの幅はあまり変わらず、そのため楕円に近い形状になっている。
(……妙な気配。この下に何かいる)
(きっと、海峡の怪物ね。そいつをどうにかしないと)
(でも、どうすれば……考えろ、考えるのよロザリー)
「何もしなくていいヨ」
すぐ背後から声がして、ロザリーは眉間に皺を寄せた。
「ヒューゴ、邪魔しないで」
意に介さず、ヒューゴが続ける。
「気配を感じるダロウ? それは
「
「それは
「野良――使役されてない
「そう。野犬のような危険性と、捨てられた子犬のような哀れさを感じるだろう?」
「……うん」
「ロザリーっ!!」「どうにかしてくれっ!」
ロブとロイが悲鳴混じりに叫ぶ。
割れ目は目前で、ロザリーの立つ舳先からはクレバスの中が見える。
滝のように海水が落ちていて、底は暗く何も見えない。
「何もしなくていイ」
ロザリーの焦りを鎮めるように、ヒューゴが彼女の腰に手を回した。
「ロザリーさんっ!」
カテリーナの声。
反応して動きそうになるが、ヒューゴの腕に力が込もり、それを止める。
舳先が割れ目の真上に来た。
船底も割れ目の上に張り出し、次第に深い穴底へと傾いていく。
甲板は悲鳴に溢れ、誰もが船にしがみつく。
ロザリーが奈落を前にして叫ぶ。
「……死んだら恨むからね、ヒューゴ!!」
横転する視界と重力の中で、ヒューゴが笑った。
「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます