第45話 無色透明な彼女―2
旧校舎裏。
夕日が辺りを赤く染めている。
「へえ。こんなとこあったんだ」
「ふっ」
ラナが発した覚えのある台詞に、ロザリーが笑う。
「何? 私、変なこと言った?」
「ううん。ここは昔使われてた校舎らしいよ。親友の秘密の場所だけど……ま、いいよね」
ラナは辺りを見回し、夕日が落ちる芝生の上に腰を下ろした。
ロザリーもその隣に座ろうとすると。
「ちょっと待って」
「ん?」
「横に座る気?」
ロザリーはきょとんとして、腰を下ろす途中の姿勢で固まった。
「二人しかいないのに、離れて座るのは変でしょ?」
しかし、ラナは一言。
「離れて」
「はぁーい」
ロザリーはラナから離れ、古びた校舎に背を預けるように座った。
日陰で寒い。
トレイを膝にのせてラナを見ると、彼女はもう食事を始めていた。
「……いただきまーす」
ロザリーも食べ始めた。
時間が経って冷えてはいるが、特別ディナーはそれでも美味しかった。
「……私のこと、知ってたんだね」
ロザリーがそう言うと、離れて座るラナが答える。
「言ったでしょ、有名人だって」
「私、どんなふうに有名なの?」
ラナは眉を上げて答えた。
「アトルシャン騎士団をたった一人で殲滅した生徒――その実態は、世にもおぞましい死霊使い」
「おおよそはその通りだ、け、ど!」
ロザリーは不満げな顔で、リブの香草焼きをフォークでブスブス刺す。
「噂はソーサリエ中に広まってる。あなたを知らない生徒はいないわ。ま、私は
「それもそっか。そういえば、襲われたときはどこにいたの?」
「あなたのクラスの眼鏡の
「ああ、ロロが。ラナのこと気にかけてたもんね」
「お節介よね、あのおばさん」
「でも、そのおかげで助かったんでしょ?」
「そうかもね。でも……頼んでないわ」
ラナはじろっとロザリーを睨んだ。
「あなたもよ。頼んでないのに、どうして私を助けたの?」
ロザリーは答えに困り、首を捻った。
「どうしてって……うーん」
「私を憐れんだんでしょ?」
「だから違うってば」
「じゃ、はぐれ者同士、傷を舐め合いたかった?」
「違~う。でも、なんでかな」
「はあ? 自分でわからないの?」
「なんか、ムカついたの」
「それだけ? 気まぐれってこと?」
「かもしれない。元々、ちょっとイライラしてたから。私さ、実習行けないかもしれないんだよね」
「……それ、私に言ってどうするの?」
「言っちゃダメなの?」
「私は無色よ。無色が実習に行けると思う?」
「思わない」
ロザリーは即答した。
ラナが目を丸くする。
「はっきり言うのね」
「だからこそ、聞きたい。ラナは無色なのに魔導騎士になるつもりなんだよね?」
ラナは丸くした目を、何度も瞬かせた。
「なぜそう思うの?」
「無色なのにソーサリエに残る意味って、それしかなくない?」
ラナはロザリーを真っ直ぐに見つめた。
「そうよ。私は騎士になる」
ラナはそう、断言した。
夕日に照らされたラナが、ロザリーに眩く映る。
「……でも、無色は騎士になれない」
「なら、私は無色で初めての騎士になる」
「じゃあ実習に行かなきゃいけないけど」
「どうにかするわ」
「どうにかって?」
「まだわからない。でも、どうにかする」
「そう、わかった」
ラナが眉を顰める。
「何がわかってって言うの?」
「参考にならないことがわかった」
ラナはプッと吹き出した。
「あなたはどうするの? あなたも実習、行けないかもしれないんでしょう?」
「ん。私もどうにかする」
「なーんだ。あなたも参考にならないのね」
「ううん、当てはあるの」
するとラナは、静かにトレイを地面に置いた。
そしてすすす、っとロザリーに近寄り、横に座った。
「私たち、協力し合える気がしない?」
「……急に何よ」
「実は、私も当てがあるの。でも、それだけじゃダメで。もう一つ打開策が欲しいなって思ってたとこだったわけ」
「何よ、隠してたの?」
「大事な
「理屈はわからなくもないけど」
「黙ってたお詫びに私の
ロザリーはラナの言う
手のひらを上に手招きして、話の続きを催促する。
ラナは頷いた。
「無色が実習に行けない理由、わかる?」
「たぶん、実習の受け入れ先がないからよね?」
「そう。正確には、指導騎士がいないから」
「そっか、無色の騎士って存在しないもんね。そこは私と同じか」
「……ロザリーも同じ理由で実習に行けないの?」
ロザリーが肩を竦める。
「ネクロの指導騎士はいないから、だってさ」
「じゃあ丁度いいかもね。私、ソーサリエの
ロザリーが身を乗り出す。
「いたの?」
「――戦時中の実習免除を除けば、一人だけ。〝黒獅子〟ニドよ」
「ニド殿下、か」
ユーネリオン王家の第一王子にして、次代の獅子王と目される人物。
グレンの実習先、黒獅子騎士団の長でもある。
「殿下は学生の頃にはすでに王国一の実力者だった。つまり、指導できるような騎士が存在しなかったの。形だけの実習でも良さそうなものだけど、殿下はそれを良しとしなかった」
「で、どうしたの?」
「実習生が殿下。指導騎士も殿下。自分で自分を鍛える
「ええっ!? そんなのあり!?」
「王子だから許されたのかもね。でも記録に残っているのは私にとって幸運だわ。指導騎士がいなくても、実習に行けるって貴重な実例だから。……でも、これだけじゃシモンヴラン校長は首を縦に振ってくれなかった。彼は特別、例外中の例外だからだって」
「ま、そうよねぇ」
そしてラナは、目を輝かせてロザリーの顔を見た。
「で、あなたの当ては?」
「私のはラナの役に立つような当てじゃ……褒められたやり方じゃないし……」
「焦らさないで。早く教えてよ」
ロザリーは言いにくそうに話し出した。
「偉い人に頼もうかと」
「偉い人?」
「コクトー宮中伯。獅子王陛下に近い
ラナの瞳が忙しなく動く。
「それで? いつ頼むの?」
「私の実習を邪魔してるのがルナールだから、あいつに話を聞いてから――」
「――急いで! 早く頼んで!」
「待って、ラナ。あなたのことまでは保証できない。頼んでもきっと、コクトー様は頷かないと思うし」
「それでもいいの! あなたが
「……なるほど。私の実習がラナの交渉カードになるってわけね」
ラナは黙って頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます