第43話 騎士実習
――魔導騎士実習制度とは。
ソーサリエ生三年生が実際に騎士団へ赴き、任務に就く制度である。
国内いずれかの騎士団へ派遣され、およそ二か月間、騎士として任務に就く。
任務は訓練用に用意されたものではなく、現役騎士が実際に行う任務となる。
派遣される騎士団によっては、危険な任務に駆り出され命を落とすことすらある。
それでなくとも先輩騎士と寝食を共にしながらの実習生活は、学生にとって辛く厳しいもの。
この二か月間が最も多くの退学者が出る期間であることが、それを示している。
実習から逃れる方法は一つ。
騎士の道を諦めること。
実習をクリアし、卒業試験に合格しなければ、騎士となることはできない。
――出典『騎士実習要綱』
夕刻。
ロザリーはヴィルマの部屋の前に立っていた。
グレンとの決闘で乱れた衣服を直し、髪を整える。
それが済むと扉を二回ノックし、名を名乗った。
「スノウオウルです」
姿勢を正して待っていると、ほどなく鍵が開く音がした。
扉が薄く開き、ヴィルマが顔を覗かせる。
この時間の彼女は、いつにも増して艶っぽく見えた。
「今日は押し入らないのね?」
「いや、その、えへへ……」
「入って」
招きに従い、部屋へ入る。
ヴィルマの部屋は、前と同じで薄暗かった。
様々な薬草の混じり合った臭いと、前に飲んだお茶の香りが充満している。
「えーと、今日来たのは」
「わかっているわ」
ヴィルマが手仕草で、座るよう求めた。
ロザリーは従い、前と同じソファに座る。
「実習のことね?」
ロザリーは頷く。
「実習先の候補はもう決まってるはずだ、と友人に言われて。もしそうなら、教えていただけたなー、と」
ヴィルマは唇が縫い付けられたかのように、なかなか返答しなかった。
ようやく、憂鬱そうに口を開く。
「あなたの実習先……まだ決まっていないの」
「あ、そうなんですか。仕方ないですよね、帰ってきたばかりだし」
「いいえ。この先も決まる予定はないわ」
「……はい?」
「指導騎士が決まらないから」
「指導……騎士、ですか?」
「実習先で学生の指導を担当する騎士のこと。実習先が決まり、指導騎士が決まって初めて、実習へ行ける」
「はぁ」
ヴィルマはふうっ、と長いため息をついた。
「……あなたは勘のいい子だから、正直に話すわ。私はあなたに、
「ルナール教官が?」
ロザリーが、陰湿で痩せた教官の顔を思い浮かべる。
「なぜ私は実習に行ってはならないんです?」
「指導騎士は、学生と同じ魔導性の騎士が当たるもの。ロザリーは
「はあ。そういうものなのですか?」
「確かにそう。でもそれは建前よ。イレギュラーに関する決まりなんてないんだから」
「じゃあ、なぜ?」
「ルナールはあなたを認めたくないの。彼は矮小な人間だから、特異な存在であるあなたを疎み、恐れてる」
そこまで話し、ヴィルマは不快そうに眉を寄せた。
「本来、担当教官でもない彼の口出しすることじゃない。彼もそれはわかっていたのね。私に直接クレームを入れるんじゃなく、保護者たちに訴えたの。慣習を無視してよいのか、それも
ヴィルマの顔は、ロザリーへの罪悪感とルナールへの嫌悪感で大きく歪んでいた。
一方ロザリーは、コクトーの台詞を思い返していた。
(私を排除しようとする動き、か。案外早かったな)
ロザリーは迷わなかった。
すぐに行動に移すことにした。
「わかりました。ルナール教官と話してみます」
「……あなたが?」
「ええ。ダメですか?」
「う~ん、ダメではないけど。あなたが話したところで、事態は好転しないと思うわ」
「私もそう思います」
「わかってるなら、なぜルナールと話すの?」
「あなたの思い通りにはなりませんよ、って伝えるだけでも意味があるかなって」
「そう。……ロザリー。あなた、少し変わった?」
「えっ? そんなことはないと思いますが」
「ううん、変わったわ。堂々としてる」
「そう、ですかね」
「ま、いいわ。ルナールにはどう話すつもり?」
「決めてませんが……少しだけ暴力をチラつかせようかな、と」
「ええ? それはちょっと――」
「やっぱりダメですか?」
「――見たいわ。ルナールが生まれたての小鹿のように震えるとこ、見てみたい」
「……ヴィルマ教官って、ルナール教官のこと嫌いなんですね」
「質問で返すわ。好きな人、いる?」
「いるかもしれないじゃないですか」
「いないわ。断言する」
「ヴィルマ教官も大概ですね」
「子鹿ルナールは見たいけど、やりすぎはダメよ? かばってやれなくなるから」
「わかってます。では、失礼します」
ロザリーはヴィルマに見送られ、彼女の部屋を出た。
続いて、同じ棟内にあるルナールの部屋へ向かう。
道すがら、先ほどのヴィルマの問いが頭の中で繰り返される。
(私、変わった?)
(そんな気もするし、そうじゃない気もする)
(堂々としてる?)
(……ああ、そうか)
(もう力を隠す必要がなくなったからだ)
考えているうちに目的のルナールの部屋に着いた。
「留守かぁ」
ロザリーは部屋の扉に掛けられた〝不在〟の札を、指でコツ、コツ、と叩いた。
ノブを握ると、鍵がかかっている。
(【鍵開け】する?)
一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
だがロザリーは思いとどまった。
ルナールはヴィルマとは違う。
手順を間違えれば、墓穴を掘りかねない。
ロザリーは天井を見上げ、一人呟いた。
「夕ごはん食べよっと」
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