第14話 虚飾の魔法使い
眩い日差しでエボは目を覚ました。まず目に映ったのは見知らぬ天井、ほんのりと甘い香りがする。身をよじるとベットの上にいることが分かった。痛みを感じて腕を見ると包帯が巻かれている。どうやら誰かが介抱してくれたらしい。
あたりを見渡すと いくつも籠が吊るされている。すんと匂いを嗅いでみると薬草のようだった。
「起きた?」
声のした方へとエボが顔を向ければ、銀髪を風に揺らす少女がいた。その手には水の入った桶とタオルがある。ずっと看病してくれていたのだろう。指先が赤く腫れていた。
「……ミシャ」
エボは顔を伏せる。どんな顔をすればいいのかわからなかった。
言いたいことが多すぎて言葉に詰まる。口を開けては閉じるを繰り返すエボに、ミシャが先に語り掛けた。
「生きててよかったよ。二日も寝込んでたの。どこか痛いとこない?」
「……ごめんな、あんなことしたのにどうして――」
「あーあー! 思い出さないようにしてたのに!」
「ご、ごめん……」
赤くなった顔を抑えてミシャが悶絶する。そんなにトラウマになっていたのか。
悪いことをしてしまったとエボはまたうつむく。ミシャが紅潮した頬を手で仰いで「ほら顔上げて」と語りかけるが目を合わせてくれなかった。
「これに懲りたら、もう魔物討伐なんてしないでよ」
「あと少しだった! もっと早く気づいていれば……次は必ず仕留める!」
「武器もなしにどうやって?」
ミシャに言われ、はっとエボは辺りを見渡す。服は焼かれたのだから仕方ないにしても、持っていた道具が何もない。ベットから転げ落ち、その下まで除いた。
「剣……ミシャ、剣は!?」
「回収する余裕なんてなかったの。危うくあたしまで焼かれるとこだったんだから……感謝してよ」
「あ、ああ……そう、だよな。うん……ありがとう」
エボはよろよろとベットに戻り、顔から枕に倒れる。
唯一の魔物への有効打を失った。どうして回収しなかったとミシャに言うのは筋違いだ。そもそも助けにくる道理なんてミシャにはない。助けてくれたことに感謝すべきだ。
それでも止められないため息はどうしようもない。エボは吐き出した分だけ息を吸う。枕の香りが少しだけ気分を沈めてくれた。
「あ、あの……エボ? ベットは使ってくれていいんだけど、あんまり嗅がないで欲しいなぁ……なんて」
「なんで? いい匂いだけど」
「いや、そういう問題じゃなくて……ああ、もう。いいよ好きにして」
許可ももらったのでエボは深呼吸すると、ミシャに頭を叩かれた。一体何がわるかったのだろうか。
「ところでエボ。これほんとなの?」
ミシャが手渡してきた新聞にエボは目を通した。ベットに沈んでいたエボは跳び起きる。その一面にはこうあった。
『王国軍兵士、エボ・グリムハート王国施設を爆破』
「な、んだよコレ……」
「エミーから話を聞いてたけど、一応聞いておこうと思ってさ」
「会ったのか」
ようやく腑に落ちた、とエボはため息を吐いた。ミシャがどうして自分がロッガス山脈にいるとわかったのか、答えは単純だった。エボと同じ相手から聞いたのだ。
「で、どうなの?」
「やってないに決まってるだろ。爆破なんてしてない。窓ガラス割って侵入した。出たときも同じ経路だ。誰がこんなことを……」
「やっぱり冤罪だったの」
「冤罪だ。俺を捕まえたいなら盗みで充分だろ」
「エボが目障りで始末したい、とか?」
エボは苦虫を嚙み潰したような顔でうなづいた。それしか考えられない。
シャルル第二王子の暗殺未遂、エボは尽く邪魔をした。護衛として雇われたのだから恨まれても困る。いや、それよりも前。例のカルテル潰しが影響していてもおかしくはないか。
「これじゃ家に帰れないな……ほとぼりが冷めるまで国を離れたほうがいいかもしれない。なあ、ミシャ。ここは王国のどの辺りだ?」
「デェイル帝国にあるカザの森林よ」
「王国から国一つ跨いでるのか!?」
ロッガス山脈の先、多種族国家ラッカを挟んだ先にあるのがデェイル帝国だ。どんなに急いでも五日はかかる距離、関所を通ることを考えれば八日はかかる。二日は寝込んでいたそうだが、それでも早い。早すぎる。
「すごいな、魔法ってのはなんでもありか」
「そうでしょ……なんてね。普通はこんなことできないよ。師匠が別格なの」
「ああ、入れ替えの魔法か。これ戦争で使ったら反則なんてもんじゃないぞ……」
エボは苦笑いする。魔法はあまりにも万能だ。狼蜘蛛の魔法も卑怯と言いたくなるほど理不尽なものだった。
「なぁミシャ。魔法って弱点とかないのか?」
「ないよ。魔法使いには、あるけどね」
「どういう意味だ?」
エボが首を傾げるとミシャは杖を取り出した。杖で身振り手振りをして説明する。
「えーと、ね。魔法の元……マナって呼ぼうかな。マナはどこにでもあるんだよ。空にも、土にも、人の中にもね。魔法使いはマナを掬い取って魔法を使う。魔力は使ったら消費されるからね。魔法は使えてもマナがなくなったら使えないの」
「なるほどな、燃料がなくなるわけか」
エボは相槌を打ちながら唸った。興味深い話だ。万能だが限りがある。なら狼蜘蛛だってあのまま魔法を使わせ続ければ魔法が使えなくなったのではないだろうか。
そう考えると戦略から間違えていたのかもしれない。
「魔物も燃料切れするかもって考えてたでしょ。魔法使いにはって言ったよ」
「バレバレだったか」
「魔物は膨大なマナを溜め込んでるの。燃料切れなんてないよ。溜め込んだ器自体が霊体になる。溜め過ぎても崩壊しちゃうから駄目なんだけどね」
「……それ、丸かったりするか?」
「うん」
エボは思わず地面に崩れ落ちる。やはり狼蜘蛛の腹が霊体だったのだ。
知りようがなかったとはいえ、こんなに悔しいことは他にない。あのとき矢ではなく剣を飛ばしていればよかった。それで父さんの仇が討てたのに。あと一歩、あと一歩だった。
エボは思わず地面を叩く。
「先に……! 先に言って欲しかった……!」
「ごめん。止めることに必死で伝え忘れてたんだよね……」
「やっぱキスじゃ甘かったか」
「あーもう! だから思い出させないでよぉ!」
つい恨み言を口にしてしまうが、エボは自覚している。そんなことを言える資格はない。そもそもエボはミシャにはもらうばかりで何も与えていないのに。……いや正確には謝罪金は渡したが、今や追われる立場だ。金が目的だとしても払えるものなどない。そもそもミシャが金で動くような人には思えなかった。
「なぁ、ミシャ。なんで助けにきてくれたんだ」
「……なんでだろ。あたしにもよくわからないや」
想定外の返答にエボは固まる。冗談だろうか。いや、冗談としか思えなかった。
「いや、そんなわけないだろ。死ぬかもしれないのに」
「んー。じゃあ、エボがあたしに似てたからかな」
「じゃあて……そんな取ってつけたような」
「理由は重要じゃないよ。そうしたいって思いが、何より大切でしょ?」
ミシャが当たり前のように言ったそれが、エボには受け入れがたい考えだった。
父親の復讐のために生きていた。全てを捨てて狼蜘蛛に挑んだ。そのために感情は押し殺した。犠牲にしなければ立ち向かうことなどできない。怖かった。狼蜘蛛を前にして足が竦んだ。引き返すこともできた。でも、父さんの仇をとらなければならないから踏みとどまった。
その理由が重要じゃない? なら、一体これまで何のために。
理解できない。受け入れがたい。
「お前に何がわかる……」
「わかんないよ。あたしはエボじゃないんだから。でもエボにもあたしがわからないでしょ? おあいこってことでいいじゃない」
「詭弁だ」
「あたし孤児なの。親の顔も知らない。親がいないってどういうのか分かる? 親のぬくもりとかそういうの、共感できないの。師匠は実の親のように思っているつもりだけど、これが親愛なのかさえわからない。そういう気持ち、わからないでしょ」
エボは口を閉じる。親の愛はエボの心の支えだった。それがなかったらなど考えられない。何も言葉を返せなかった。
「わからなくてもいいの。あたしがこうしたいだけだから」
エボにはミシャの言いたいことがわからない。何より決心の揺れている自分がわからなかった。包帯を替えるミシャから顔を逸らす。
触れた手は温かかった。
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