ローズベルト冒険譚

青いバック

プロローグ

1話 二代目剣聖に

「見ろよ、底辺スキルのカインだぜ。笑えるよな、コイツ鑑定士なんだぜ!」


 耳に入れたくもない声をキンキンと町中に響かせながら、我がもので闊歩してくる元パーティメンバーのガバス。ガッシリとした大木のような体型で大斧を片手で振り回し、その豪快さから町の人からは大斧のガバスという異名を名付けられていた。斧の腕だけでは無い、中級スキル炎の使い手というスキルを持ち、カインとは一線を画していた。


 一方のカインは相手の簡単な情報しか分からない、という何の役にも立たない鑑定士というスキルを神から与えられていた。冒険者になるには最低でも初級クラスのスキルが必須だった。肝心な鑑定士はどこのクラスにあるかと言われたら、それはもう悲惨で答えはどのクラスにも属してない。役に立たないと冷遇されたスキルは地位すら与えて貰えないのだ。


「何だよ……ガバス」


「そう、邪険にするなよ。 元パーティメンバーだろ?」


 ガバスがカインの肩を強引に組む。力加減を知らないオークのような力で肩を握られ痛みが走る。


「もう、可哀想でしょ。やめてあげなさいよ、あんたの馬鹿力で肩を掴んだら、ヘナチョコな骨はすぐに折れちゃうでしょ」


「おっと、そうだったな。悪い、悪い!」


 優しく憎まれ口を叩く彼女は、現パーティメンバーのナティア。深紅の髪と呼応するようにナティアのスキルも炎の使い手らしく、そこで意気投合し二人はパーティを組んだとガバス本人から少し前に聞かされていた。


 どこまでもふざけた二人は汚い言葉の羅列を、どんどんと宙に浮かばさせてカインは耳を塞ぎたくなる。こんなことを聞くために街にいるわけでもないのに、同じ町にいるからこういう目に遭う。毎回、毎回、毎回、もううんざりだ。


 ―助けて。お願い。


 カインの耳に微かに聞こえた助けを呼ぶ誰かの声。心労が溜まって、幻聴が聞こえてしまった。そう思っていたカインに何回も何回も呼びかけ説得するように、助けてと聞こえる。


 辺りを見渡してるが、行き交う人々は幸せに満ち足りた表情をしていて助けとは正反対の位置に存在していた。どこの誰が助けを求めているのかさっぱりだった。今もまだカインの耳には懇願するように助けを求めている声が聞こえていた。もっとはっきりと聞こえれば居場所が分かるのに。自分のスキルが鑑定士じゃなかったら。


 いや違う。助けを求めているのは自分自身ではないとカインは頭を振って自分を憎み声を霧散させる。もう一度心を集中させ、声に耳を澄ます。


 水が滴を垂らすように。雲が風の流れにのってどこかへ行くように。精神を統一させる。深く、深く、深く、息をのみ吐く。


 カインの頭に一抹の風景が浮び上がる。自然に覆われた断崖絶壁。せせらぎ流れる川。


「……初心者の森だ」


「あ?お前なにいってん……」


「ちょっとガバス大丈夫!?」


「痛えな、カイン!おい、無視するな!どこ行くんだよ!」


 浮かんだ風景は町の近くにある冒険者になったばかりの時に腕を慣らすために行く初心者の森という所に酷似していた。根拠はない、だけど直感はそこだと呟いていた。


 肩を強く持っていたガバスを地面に押し倒し、後ろで騒ぐ二人を無視してカインは一心不乱に初心者の森へ走った。助けを求めいる、時は一刻を争う。早く、早く、持てる体力をはやる足に流していく。


 息を絶え絶えにしながら夕日が顔を覗かせそうな森にカインは辿り着いた。腰に短刀を携え心もとない装備で初心者の森へ踏み込んだ。如何に初心者の森だからといっても、魔物はいる。気を抜けば助けを求める者を助ける立場から一転し、助けを求める側に転げ落ちてしまう。


 ガサガサと草が動く。腰から短刀を抜いて臨戦態勢に入る。ドクン、ドクンと心臓が緊張する。耳にダイレクトに心音が入ってきて口から飛び出してしまうのではないかと錯覚すらする。固唾を飲み込む。


「グゥルフゥ!フォウンオン!」


「ベアウルフ……大丈夫。俺ならやれる、腐っても冒険者だ。やれる、やれる。かかってこいや!」


 飛び出してきたベアウルフにカインは真正面から啖呵を切る。一通りの剣術は習っていたとはいえ、戦う術はこの短刀一本と強ばる自分の体一つ。


 普通の冒険者なら簡単に倒せるはずの魔物にすら鑑定士は怯えなくちゃならない。震えそうな足を抑えながら、下手くそな余裕の笑みでベアウルフと対峙する。


 カインに食いちぎろうと飛びかかってくるベアウルフ。体を転がし避けてはみせるが、たった一回避けただけでは魔物は止まらない。無防備になったカインの喉笛を噛みちぎろうとベアウルフは覆いかぶさってこようとするが、カインがナイフを天に向かって突き立てたことによって、体をバク宙させ器用に地面に着地する。


 恐怖で息が上手く出来なくなる。咄嗟の判断でナイフを突き立てなければ、命は亡くなっていた。鮮明に浮び上がる、自分の死に足は徐々に震え始めた。睨み合いを続け、次なる攻撃を仕掛けたのはカインのほうだった。


 恐怖を恐怖で殺し一種の幻覚状態に陥りさせ、ベアウルフに突撃する。ナイフを振り被ろうとする左腕を噛み付かれ、激痛が全身に走るがカインは右腕にナイフを持ちかえ、噛まれた左腕でベアウルフを拘束する。逃げようとジタバタするベアウルフの牙が左腕に深くめり込んでいき、血がボタボタと地面に滴る。


「かの有名な剣聖はこう言った!肉を切らせて骨を断つとな!!」


 持ちかえた右腕のナイフでベアウルフの頭を貫く。ダランと力が抜け左腕からも牙が抜ける。勝利はしたけど、左腕に力が入らなかった。着ていた服をナイフで破り、即席の包帯を作って血を簡易的に止血する。ベアウルフの死体を解体したいところだったが、今はそれどころじゃない。本来の目的を達しなければならない。カインは血塗れたナイフを片手に歩みを進める。


 早くしなければカインの方が先に倒れてしまう。血は未だに止まらずに足跡を残すように地面に滴っている。視界もぼんやりと薄くなり始めていた。


 ただ歩き続け、やがて森を抜けた。眼前に広がっているのは越えられようもなさそうな断崖絶壁。そこはカインが見た風景と一致する場所だった。


「……ここだ。間違いない」


 しかし、人影などどこにも見当たらなかった。魔物の影も動物の影も。ここには生きとして生きる者の影を一切感じることがなかった。


 ―壁に向かってと言ってください。


「……君なのか。俺に助けを求めているのは」


 ―はい。貴方が近くに来てくれたおかげで喋りやすくなりました。


「近く。じゃあ、ここであってたのか。良かった、無事で」


 カインは安堵した。助けを求める声がここにいることに。でも、まだ一つだけ疑問点が残っていた。


「でも、君はどうやって頭の中に直接喋りかけているんだ?」


 ―それを教えるのは後にしましょう。今は壁に開けゴマと。


「そうか、分かったよ。開けゴマと言えばいいんだね?聞いたことがない言葉だけどやるか」


 カインは咳払いして開けゴマと言う。何も起こらないと思った次の瞬間、断崖絶壁が動き始め、奥へ続く道を壁の中に作りだす。松明がドミノ形式で灯っていき明るくなる。


 見たことの無い技術にカインは唖然と口を開けっ放しにする。アホ面を晒していると、助けを求める声の主が中に入るように言ってくる。肌は肌寒く石で作られているため壁はゴワゴワしていた。コツコツと足音が響き、奥へ奥へと続く道は長く数分ほど歩いていくと開けた青白い部屋へと着く。


 青白い部屋の真ん中には手足を鎖で繋がれた白髪の小柄な少女が囚われていた。


「君が俺を呼んだのかい?」


「そう、私が君をここへ呼んだよ。もう念話は必要ないね」


 水のように透き通った声が頭の中ではなく耳の奥へ響く。


「その鎖は?」


「魔王との戦いで私は力を使い果たし囚われてしまいました。いえ、正確には魔王と相打ちになり、これはその代償と言うべきでしょうか」


「ん?ちょっと待った、魔王と勇者ってさらっと言ったよね?」


 カインは少女の言葉に驚きを隠せなかった。


 魔王は暴虐無人で力の限りで世界を平伏させようとさせ、勇者は力ではなく民衆の力で世界を作ろとした。二人の正義がぶつかり合い、戦争が起きた。世界の基盤を作ったという、それは創成戦争と呼ばれ伝承として語り継がれていた。そのうちの一人が今ここにいると言う。



「あぁ、私はいかにも勇者だとも。そして、剣聖とも呼ばれていた。まあ、もうその力はないのだがな。力を誰かに渡すことは可能なのだが、私がこの状態では渡そうにも渡せない。そうだ、鎖を解いて二代目剣聖になる気は無い?」


 そして剣聖というスキルは勇者しか持っていないとされていて、ここ数百年現れることは無かった。神の域のスキルと噂され、存在すらないのではないかとも言われていた。


「いやいや、そんなお茶タイムしますか?みたいなノリで言われても。剣聖ってあの剣聖ですよね?」


「そうだよあの剣聖。とりあえずこの鎖といてよ。解き方は、鎖よ腐りでいけるはずだから」



 カインは鎖を解くことに関しては躊躇いはなかった。元々助けるためにここへやって来ていたのだから。その相手が勇者だとは想像にもしていなかったのだが。


「鎖よ腐り」


 パキン、と鎖がひび割れ勇者は解き放たれる。


「やっと自由の身だ。それで二代目剣聖にはなる?」


「いやいや、だからそんな話急には……」


「おっと、危ない」


 カインは急に足元がおぼつき、体がよろめいて倒れかけたところを勇者に支えられる。腕からの出血が酷く、身体の機能は著しく下がっていた。視界はほぼ真っ暗になる。


「とりあえずはこの傷癒しちゃうか。助けてくれたお礼もかねて」


 緑色の眩い光が左腕を包み、ベアウルフの噛み傷がみるみると治っていく。左腕の感覚が戻り、上下にも動かせるようになった。


「本当に勇者だったんですね。なんかすごい力が湧いてでるような感じがします」


「そりゃ剣聖の力を君に引き継がせたからね」


「あぁ、なるほど。剣聖の力を、通りで体が軽いわけだ。じゃないよ!なに、勝手に引き継がせてるんですか!断りもなしにやめてくださいよ!」


「てへぺろ」


「なんですか、その訳の分からん言葉は!」


 治療した時に勇者が勝手に剣聖の力を引き継がせたため、カインの体は雲のように軽くなっていた。傷が治り、そして余計なものまでついてきてしまった。しかし、その力が剣聖ということもあり、落ち込むにも落ち込めなかった。


「でも、鎖解いて剣聖になる気は無い?って私聞いて君は解いたからそういう意味なのかって思っちゃって違かったか!やっちまったな」


「わかっててやったやつの言い方でしょうに、それ」


「めでたく二代目剣聖が誕生したのにこんなに言われるとは元剣聖は悲しいよ」


「勝手に二代目剣聖にしたからでしょ。反省してくださいよ、もう。これ貴方に返すとかは出来ないですか?」


「したら私の四肢は破裂して死ぬ」


「無理じゃないですか……。なっちまったものは仕方ありませんね、もう。これ以上文句言っても仕方ない気がします」


「まあ、素質があったのは違いないからね。私の念話が聞こえてる君は素質があるよ。並大抵の者じゃ、私の声は聞こえないからね」


 そう言われてカインはガバスとナティアの反応を思い出してみるが、確かにあれは聞こえてなそうな反応だったなと今更ながらに思う。素質があったと言われても、勝手に引き継がされたということが足を引っ張って素直に喜べなかった。


「そこは嬉しいですけど。とりあえず、家に帰って気持ちの整理します」


「うん、わかった。あ、それと最後に。君の元のスキルは剣聖に耐えきれずに無くなっているから、気に入ってたらごめんね」


「そこは別にいいですよ。逆に有難いようなもんです」


「あら、そう?ならいいんだけど。なら、また明日来てよ。色々と剣聖とかについて説明しないといけないしさ」


「はい、分かりました。また明日です」


「うん、また明日」


 鑑定士のスキルが消えたという報告は別に悲しくなかった。逆に有難いという気持ちのほうが勝っていた。地位も名誉もないスキルに愛着などある訳もなく、悲しむことすら勿体なく感じる。


 カインは二代目剣聖になってしまったという喜びとプレッシャーと勝手に二代目剣聖にさせられたという怒りを抱えながら、とぼとぼと自分の家へと帰っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る