レタススラッグ、2



◆2



『ケッ! どいつもコイツもだァ! アンナの苦労も知らねェでよォ! こら若店長オイッ! 何がみんな同じだコラ! みんな辛いなんて慰めにもならなきャァお叱りの文句としてもクソだ!』


 ワームはあたりに移動を繰り返し、好き放題に叫び散らした。


 もういいよ。


『いいもんかよォ! ふざけんなァァ! 殺せ、毒を混ぜちまえェ! ほらッ、そのお冷にブリーチを混ぜちまおうぜェ! へへっ、おかわりどうですかってよォ、何食わぬ顔して注ぐんだよォ。ヤツらカレーのスパイスの余韻でちょっとのニオイなんて気付きャァしねェ! アンナぁぁぁ!?』


 必死過ぎ、ダサいよ。


 そんなんじゃあ唆されないって。さっきはたしかにワタシが悪かった。


『ちきしョォめ』

 ワームは大人しくなった。


 怒涛のランチタイムが終了する。引き際はあっさりしていて、休憩時間もたっぷりだった。といってもワタシはもう上がりだけど。


 ねぇ、拗ねてんの?


 スタッフたちがまかないを作り始める。お肉も海鮮も何もかも自由に食べていいため、和気あいあいの雰囲気だ。


 おーい。


 ワームはどこかに消えたみたいだ。いない。


「アンナちゃんは食べてかないの?」


 勝瀬さんが聞いてきた。どこか遠慮がちなのは、さっきワタシに強く出てしまったためだろう。


「せっかくカレー祭だし、よそで食べてみようかなって」


「そうか。あっ、新作のラッシー、ためしに作ってるんだけど、それだけでも飲んでかない?」


「いいんですか? やったー」


 勝瀬さんとドリンク類を入れた冷蔵庫の方へ。


「試作だから材料ちょっとしか仕入れてないんだよ。だからちょうど小さいの2杯分かな、作れるのは。他のみんなはこないだ飲んでもらったから気にしないで」


「今度のはなんですか」


「アップルキャラメルシナモンラッシー」


「長いですね」


「そうなんだよねー」


 勝瀬さんは小さめのグラスに試作品のラッシーを作っていく。ワタシはそれを眺めた。


『アンナぁぁぁ』

 しゃがれ声がした。


 ワームは積み上げられたお冷グラスの上に乗っていた。


 そんなとこにいたの?


『ちょっと賭けをしないかァ?』


 賭け?


『そうさァ、賭けだよォ』


 ラッシーを作り途中のグラスが2つ。彼はワタシに近い方に唾を吐いた。


『これはなァ、アンナ? 毒だよォ。オレたちは毒虫だから、毒を吐けるんだァ』


 ふうん。それで? ロシアンルーレットでもする?


『いいやァ、違うねェ』


 じゃあ勝瀬さんと心中しろって?


 いま勝瀬さんはかなり集中してラッシーを作っていた。グラスの大きさを考慮し、材料の比率がズレないように計算もしている。


『心中なんかさせねェ。アンナぁ、オレはアンナが大好きなんだよォ? 殺すもんかァ。ただ、今もアンナがオレのモノかを確かめる賭けをするンだよォ』


 虫ケラのモノになった覚えはないけど?


『いいや違うぞォ。アンナはオレのモノだったァ。だからオレが来たのさァ?』


 ワタシはため息をついた。


 で、たしかめるって?


『オレの唾が毒かどうかさァ。もしアンナがもうオレのモノでなかったら、コレを飲んでも無事だァ。毒が作れなかったってことになる。もしアンナがオレのモノなら…………まぁ死にはしないがちょっとバグってもらうぜェ』


 ワタシにメリットが無いじゃん。もしワタシが無事だったら消えてくれるっていうの?


『いいぜェ。というよりはオレも生きるためには餌が必要だからなァ。いくらアンナのことが好きでもよォ、ずっと一緒にはいられないンだなァ』


 ワームはくねくねと体を踊らせた。


「できた! どう? あらかじめキャラメルシロップをグラス側面に垂らすことによって、ラッシーを注ぐと模様みたいになるんだ」


「綺麗ですね」


 ねぇ、それ。本当はもう答えがわかってるんじゃない?


『なにィ?』


 だってそうでしょ。そっちに何か変化があったからこんなことをするんじゃないの? のっぴきならない事情ができたんだ。アンタは食糧難に陥っている。


『ぐぬぬゥ……』


 こんなの賭けじゃない。どういうつもり? ねぇ、本当の理由は何?


 ワームが縮こまる。


 どうなの?


「そうだ。上からシナモンパウダーをかけるんだった。えっと、どこだったかな……?」


 勝瀬さんが棚を探す。


 ワームが諦めたみたいにため息をついた。


『本当はオレの賭けだったんだよォ。毒を目の前にすりャァ、さっきムカつくことを言われたこの男に、テキトーにズルして毒を飲ますんじャァねェかとかよォ。いろいろ、くっだらないことをたくらんだだけさァ』


 なるほど。その気持ちがもしワタシに湧けば、また美味しい思いをできる関係性に逆戻りするわけね。まわりくどい。往生際が悪いんだね。


『うるせェ』


 それとも、そんなにワタシと離れたくなかったんだ?


『…………』

 ワームは黙りこんだ。


「あったあった。コレをまぶして完成ですよ〜」


 勝瀬さんがシナモンパウダーをラッシーにまぶしていく。


 で、アンタの唾液、本当に毒ないんだよね? 


 無毒にしろコイツの唾液を飲むのか。間接キスになるじゃん。


『無ェよォ。アンナに対してはなァ……』


 ぼふんっ!


 加減を誤ったようで、ワタシのグラスにシナモンパウダーが山のように落ちた。まぶすどころの話じゃない。


「ごめん! こっちは僕が飲むから!」


 勝瀬さんはサッとワタシのグラスを掴んだ。


 反応が遅れた。


 毒はワタシに対しては無効。ワタシに対しては————、


「待って!」


 勝瀬さんはストローで新作ラッシーをかき混ぜると、

「なに?」

 勢いよくそれを吸い上げてしまった。

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