誰が為のアルティスト

あなくま

プロローグ

プロローグ 01 「よーう、いたいた! 遅れてスマン」

 浅里あさりあるては非常に苛立っていた。

「いーじゃんいーじゃん。俺と遊ぼうぜ? どうせ一人なんだろう?」

「……………………」

 まさかこんなチャラチャラヘラヘラした男からナンパをされるとは、夢にも思わなかったからだ。そんな彼に対してあるては無視を貫きながら歩く。しかし男はしつこく付き纏う。

(イライラするけど我慢だ……近くに交番があったはず)

 ここはあるての地元の市街地で、17年間慣れ親しんだ場所。それなりの土地勘はある。

「ってか何処向かってんの? ねーねー」

 あああああもう! 交番だよ交番! と、声を大にして言いたかったが、グッと我慢する。

(もう少しだ……!)

 交番に行けば取り敢えず離れてくれるだろうと考え、もうじき辿り着く――その時だった。

「よーう、いたいた! 遅れてスマン」

 前方からもう一人、縮れ麺のような色と髪型のこれまたチャラそうな男があるてに、声を掛けながら近付いてきた。もしもこのチャラ男とナンパ男が仲間だったら――。あるては絶望を感じた。

「見てよコレ! 途中めっちゃかンわいい猫がいてさ。つい追っ掛けちゃったんだがさぁ」

 目の前のチャラ男が手に持っていたスマートフォンをあるてに見せつける。それを受け取り、あるては画面を見た。

「ってか何これ、ナンパ? 悪ぃけどコイツは俺の彼女なんでな。ナンパするんなら諦めて他の女見付けてくれ。取り敢えずナンパ頑張って。それじゃ!」

「あっ、ちょっ――!」

 そう男が言うと、ナンパしていた男の反応も余所にあるての手首を掴み、強引にあるてを引っ張ってその場を離れた。突然のことで驚くあるてだったが、

(ん……?)

 もう一つ驚いたのは、偏見なのかもしれないがそのチャラ男の手の感触が外見よりも繊細なことだった。



助けるから今だけ恋人のフリして

いらないお世話だったらごめん


 あるてがチャラ男から見せられたスマートフォンの画面は猫の写真ではなく、この文章だった。

「っとー、そろそろいいかな?」

 あれから数分、ずっとあるての腕を引っ張っていた男だったが、市街地でも人通りの少ない所まで来てその腕を離した。

「やー随分引っ張っちゃったねぇ。へへ、悪い悪い」

「あー……まあ、正直アイツすっごいウザかったから助かったから、それはありがと。それじゃ――」

「待って待って、スマホ返して!」

「あっ、忘れてた……。はい」

 さっさとこの場を離れようとしたが、その前にスマートフォンを返す。考えてみたらこの男もまたあるての知らない人と考えると、徐々に警戒心が強くなってきた。

「どーも」

 あるての掌に乗せたスマートフォンを手に取ろうとした男は、スマートフォンを2人の手で挟む形であるての手を掴んだ。

「……何の真似ですか?」

 その警戒心から、あるては男を睨みながら言う。

「怖いってその顔! いや、さ? 助けた代わりと言っちゃナンだがちょーっと付き合ってくんないかな?」

「これ以上アンタといる理由は――」

 ここであるての言葉が止まる。そして少し考えたあるては小さく首を横に振り、続けた。

「や、内容によるかな」

 普通なら絶対断っていたところだが一応恩があるのは事実のため断り切れず、取り敢えず誘いに乗るかもしれない素振りを見せる。

(何かあったら私のスマホで録画でも録音でもしてやる)

 こう、思いながら。

「なぁに、変なコトじゃない。まださっきのナンパ野郎がどっかにいっかもしんないし、近くの喫茶店で一杯時間を潰しながらどうかとね」

「なるほど……」

 しかし、その内容はあるてが思っていた予想とは外れていた。そして考えた結論は――

「まあ、少しだけなら……」

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