⑨2003年12月
2003年12月
タイトル:弱すぎるキミたちへ 投稿者:有名人狩り 2003/12/01
今度、三十戦ガチンコ(この言い方だっせーよな)やるらしい甲田と組長へ。
甲田は狙いが外れた時の立ち回りが画一的。
うまくいかないことも、ミスがあることも予想して立ち回りなさい。要は相打ちになった時なんかに慌てんなってこった。
組長は一回でもジャンプ攻撃を喰らうと、その後の相手のジャンプを警戒しすぎ。
ジャンプとダッシュ、それぞれに対する警戒の切り替えが遅い。っつーより、意識の切り替えやってないだろ、おまえ。あのなぁ、全ての選択肢にあらゆる間合いで完全対応なんてできる必要ないし、やっても無理だぞ。もっと警戒する選択を絞れば、二十五フレーム程度の相手の隙にだって刺し返しができるようになる。
まぁ、俺の予想ではこの組み合わせだと、甲田の勝ちなんだけど、そのまま推移したらつまんねぇから助言しといてやる。
まぁどう成長してくれるか楽しみだ。
あ、あと俺もガチンコ受け付け中。
誰か俺とチンコやりましょうチンコ。にゃっはっは。
*
『どうしちゃったの?トシ』
『コーシと対戦した』
『それがどうしてこうなるの? 文章が繋がってないよ』
『確かにあいつはすげぇ』
『いや、そりゃすごいけど』
『まぁ聞けよ。俺ステップシュート出したのよ。そしたらどのタイミングで出しても全部カウンター合わせるのね、あいつ』
ステップシュート。
キャラクターが、ほんの少しだけ前方にジャンプしながら空中から攻撃を繰り出す技だ。足払いなどの下段をかわす要素もある。ジャンプする、という特性上、近い距離で使用すると、ジャンプの上昇中に攻撃がヒットしてしまって着地後に相手のほうが先に動けてしまう。だが、うまく降り際を当てることができたならば、着地してから連続技を狙うこともできる。攻撃の発生は遅く、二十フレーム代後半にやっと攻撃が出る。
このフレーム数を見て、鋭い奴なら気付いたと思う。ステップシュートは『見てから』対処が可能な技なんじゃないか、と。
ここに人間の反応速度の醍醐味がある。
なんらかの絵やなんらかの情報を視認し、特定の動作を行う。
これが反応という動作だと俺は思っている。
俺たちゲーマーは、自分の反応速度を上げるために様々なテクニックを使う。その最たる例はヒット確認だろう。反応するべき事象を極限まで絞り、なおかつ反応後の動作を極限まで簡略化する。それがヒット確認のキモだ。
しかし予測可能な事態に対しボタンを押すという一動作だけでも、反応に14フレーム程度を要する。ステップシュートへの対処の場合、相手の数ある選択肢の中からステップシュートのみに反応しなければならないため、『見てから』カウンターを合わせるのは現実的に厳しい。
仮に十六フレームの時点で視認することができたとしても、カウンターに使う技の入力速度とカウンター攻撃の発生速度を引き算し、それが相手のステップシュートの攻撃発生に間に合わなければステップシュートを喰らってしまうからだ。
そんな理由から、ステップシュートは究極的には使えない技になるだろう、と言われながらも実戦では有効な選択肢となっていた。
だが、コーシに俺のステップシュートが触れることは一度もなかった。評判通りのその反応速度に俺は舌をまいた。勝てるわけがない。
俺だけ、ステップシュート禁止で戦っているようなものだ。
『あいつを倒すには、まともな成長速度じゃ追いつけない。少なくとも、俺一人の努力じゃ無理だ。大会までに間に合うかどうかわからないが、とにかく使えるものは全部使う』
『そういうことね。じゃぁ僕のほうでも、裏で甲田にトシ対策なんかを教えておくよ』
『ああ。全員で鍛えて、あのゾンビ野郎をぶっ殺すぞ。もう三年前に死んでるんだ。さっさと眠らせてやる』
*
大会。
たった一人の勝者とその他大勢の敗者を生み出す儀式。勝者は全てを肯定され、敗者は全てを否定される。
本当にそう思ってるなら、ライバルなんて上野あたりのホームレスにでも頼んでさっさと殺してしまえばいい。
勝ち取るために。
大会なんて、瞬間を切り取って標本化するだけの、ただの作業だ。そんなものに必死で意味を見出すなんて、視野が狭い。大会で宿命なんて論外だ。
それでも、大会は楽しい。
知らない相手と戦うのはわくわくするし、誰が一番強いのか決めたいと純粋に思う。
それは、俺の普段の対戦に真剣さが足りてないということなんだろうけど。
大会である必要性や意味を考えた時、真っ先に俺が思いついたのは保証だ。
対戦相手が確実に勝ちに来る。
真剣に同じ場所を目指すライバルが存在する。
その保証がある。
次に思いつくのが、舞台であるということ。
それはまさに劇。
人の思いがぶつかり、軋みあう。そこにしか生まれないドラマがある。
できることならその劇の主人公になりたい。そう願うのは俺だけじゃないはずだ。
それに、結果や瞬間、自分の立ち位置が見えることは、成長にも大きくプラスになるはずだ。
期日、到達点、対戦相手、その全てを大会は与えてくれる。
そして最後に。同じ地点を目指す人間が同じ時間、同じ場所に集まるだけで素晴らしい奇跡だということを噛み締めよう。ここにいるバカ共との出会いは奇跡だ。
会場から少し離れた控え室兼ロビーで、俺はそんなことを考えていた。
「行かなくていいのか?」
隣のソファに座る和泉に声をかける。
「委員長挨拶は終わったしね。MCは予選通らなかった人に任せてあるし」
「じゃなくて、一回戦の応援とか……」
「行かないほうがいいんだ」俺のセリフが終わる前に、きっぱりと和泉は言い切った。「応援したい人が多すぎる」
「俺、応援する奴、甲田ちゃんぐらいしかいないんだけど」
昨日行われた最後の予選、甲田はギリギリのところで勝ち残り、切符を獲得していた。
「危なっかしい試合だったよね」
「ああ。見てて落ちつかねぇ」
甲田は、新しいことを始めることに慣れてなさ過ぎるんだろう。長い年月ですっかり習性になってしまっている手癖を直すことに必死なのが、対戦を見ていて伝わってきた。まぁ、俺にはことあるごとに突っかかって来るんだけど。金の恨みか?
そういや甲田はどこのブロックだったっけか、そんなことを思ってトーナメント表を見た。会場からのアナウンスが聞こえてくる。Aブロックの試合が終わり、次はB。このタイムスケジュールだと、Cブロックの俺はあと20分ほどで呼び出されるだろう。
「しっかしツイてないな」俺はポケットから取り出したクジを見ながら呟いた。
「うん。クジ運最低だね」和泉も大きく頷く。
一回戦の俺の相手は和泉。コーシと当たるには決勝まで勝ち残るしかない。もちろん、敗者復活なんていう気の効いたものはない。
「コーシを倒せる可能性が半分になったな」
「うわ。すごい自信」
「まぁ実際、俺かおまえしか勝てないっしょ。あのゲームバカ一代は」
穏やかな時間だった。
敵とは口もきかない、目も合わせない。そんな昔の俺の意見がクソに思えた。
やり込みや練習量なんてのは黙ってても伝わる。
一人でやれることなんて、それこそいくらでもある。
会わない時間や、一人で過ごす時間をいかに過ごしてきたか、それこそが大事なんだ。
むしろ会う瞬間、対戦する瞬間なんてほんの一瞬でもいいのかも知れない。
俺は昨日、和泉と最後の調整をしてからずっと思っていた。
―こいつになら負けてもいい。
共に歩いた時間、圧倒的な信頼、尊敬と感謝。全てがそうさせた。
でも、口にするのは怖かった。
試合の前に言うセリフじゃない。そんな一般論が俺の口を閉ざしていた。
しかし、和泉はためらう様子もなく言った。
「きみになら、負けても大丈夫だと思うんだ」
その瞬間、俺はどんな顔をしていたかわからない。
涙が零れないように、必死で関係ないことを考えた。ロビーに大きく貼り出されたトーナメント表の文字が滲んで歪む。
ありがとう、と思った。
ありがとう和泉。絶対、一生忘れない。
〔それでは、Cブロックの選手、入場をお願いします……〕
*
〔今のお気持ちは?〕
静まり返った会場の中、司会者はマイクを差し出してそう訊ねた。
〔緊張はしていません。大舞台は初めてですが、多くの視線や罵声には慣れていますから〕
後頭部や背中にスポットライトが当たる熱を感じながら、俺はそう答えた。
会場からはブーイング。ハイ。慣れてます。いつも通りです。任せてください。
〔なるほど。緊張への対策はできている、と〕
司会者は苦笑するようにとりなしながら、筐体の反対側へと移動する。
そこには、やはりそいつがいた。
〔さて、では対する六連覇が掛かった、コーシ選手。今のお気持ちをどうぞ〕
〔特に何もない。あと一つ、勝って終わる〕
会場から大歓声。おい、コイツのほうが絶対悪役だろ! そういうセリフだったろ!
〔こちらも余裕のコメントですね。さぁ、面白くなって参りました。片や、有名人狩りの異名を持つトシ選手! 対するは、ミスター有名人、カリスマにして天才。コーシ選手! 果たして勝利の女神が微笑むのはどちらか!? では決勝戦、始めてください!〕
スタートボタンを押した瞬間、スピーカーから大音量でBGMが流れ始めた。壇上に特設されたスクリーンに、俺が操作するゲーム画面が写っているのが横目で確認できる。
興奮が高まる場内を見回して、俺は軽く肩を回した。
あと一つ、ね。
随分と言ってくれたもんだな。
いい加減、勝ち星とか連覇なんてつまんねーもんばっか見てねぇで、俺を見やがれってんだ。……まぁ確かに、俺との勝率を考えりゃ、そんなもんだろうけどよ。
大会の一週間前、俺は五回に一回はコーシに勝てるようになっていた。それ以上勝率を上げることはできなかったと言ったほうが正確だろう。
できるなら、もう少し時間が欲しかった。あと一日でも、一週間でも。
〔さぁ、始まりました決勝戦。トシ選手のキャラは、功夫マスター。対するコーシ選手は空手家です。さぁお互いクラシックなキャラを使うが、果たしてどういう試合を見せてくれるのか!〕
*
一進一退とはいかなかった。一進二退くらいか。ダメージを与えたと思った次の瞬間にまくられたり、流れはよくない。
俺の体力は、あと小技一撃でなくなってしまう程度。コーシの体力は……全体の約三割。必殺技を絡めた連続技でやっと倒せる体力だ。
『コーシの反応速度には秘密がある』
対戦のクソ忙しい思考の裏で、和泉との会話が浮かんできた。
『反応を反射の域まで高める。それが理想なのは僕もわかる。でも、そんなことが人間には不可能だ』
うるせぇ。今戦ってんだよ。黙ってろ。
〔さぁ、コーシ選手がトドメを刺しにかかる!〕
ステージ端から図々しくダッシュしてきやがった。俺は残り少ない体力を大事に使っていきたいから、下手な牽制技は出せない。会場が盛り上がる。
『ヒット確認というのは確認内容を、ヒットしているか、ガードされているか、の2つに絞りきる。だからヒット確認は打撃が届くか否かの間合いでは狙わないんだ』
知ってるよ。当たり前だろ。頼むから今は黙っててくれ。
〔トシ選手じっくりと下段攻撃をガード。続いてコーシのステップシュート。これも防いだ! ガードが固い! よく見ているぞ! トシ選手!〕
俺の善戦にも歓声が聞こえる。
『絞るっていう作業はさ、予測に基づいた行動でしょ』
それがどうしたよ?
〔しかし、コーシ選手もさすが。ステップシュートの降り際をガードさせていた。またもやコーシ選手のターン! 投げを選択。背負いで引っこ抜……っとここでトシ選手投げ抜け! このあたりは、死ぬほど練習したことでしょう〕
また歓声。背負い投げを抜けるタイミングは確かに難しい。これは千本ノックのように練習した。もう、考えなくても勝手に手が動く。
『つまり、二十フレのステップシュートでも、ステップシュートがはじまる10フレ前から予測がしてあれば、実質三十フレで反応してるってことになる』
ステップシュートは間合い調節が必要な技だからな。ちょっとだけバレやすいね。
〔何にしてもトシ選手にはラッキーだったか? 投げ抜けを成功させて、間合いを確保できた!〕
ああ、さっきの歓声はそういうことね。まぁちょっと策を練れる時間はできたな。……頭ん中の和泉がうるさくて何にも考えつかないけど。
『間合いの変化に合わせて、警戒すべき攻撃を変化。コーシの超反応も結局は基本である意識の切り替えの精密化に過ぎない』
だろうな。単純な反射神経の差じゃねぇはずだ。
俺は落ち着いてバックステップで間合いを離そうとして、寸前でレバー操作を止めた。
〔おっと? これは……ステージの端だ! コーシ選手、投げ抜けを誘ってトシ選手をステージの端へと追い込んでいたァ!〕
さすが、って感心してる場合じゃねぇな。こりゃ確かにヤベェ。
『じゃあ、警戒すべき技の知識なんてどこから生まれると思う?』
「あ、そっか」
無意識に独り言が漏れた。頭の中で和泉の声が止まり、意識が試合に集中する。
〔さぁコーシ選手、間合いを詰めはじめた。じっくりと確実に殺すつもりだ!〕
俺がコーシならこの場面では……ステージ端から逃げる相手を狙撃する。
逃げようとするな。踏ん張れ! 俺。
焦って特攻しそうになる自分を必死で押さえつけながら、俺はコーシの牽制技に意識を集中した。
コーシの左ストレートが見える。
踏み込みが浅い。拳半分届かない。逃げようとしたら当たる位置。
やっぱり狙いは逃げようとしたところを狙撃するつもりだった。
拳の戻りに合わせて一気に踏み込む。
俺が有利な状態での密着戦。
連続技狙いの打撃か、ガードを崩す投げ技の二択。
連続技ならなんとか殺せる体力。投げ技なら、あと二回は投げないと殺せない。
俺の選択は、体崩し。
〔これは巧い! トシ選手、空振りに合わせて絶妙なダッシュ! そこから……おっとこれは体崩し!? 使う技を誤ったか? 空手家には崩しても連続技が決まらない!〕
そう。このキャラには体崩しの後、間合いが離れすぎて足払いの先端ぐらいしか届かない。足払いをヒットさせたとしても受身をとられてしまい、そこで俺の攻めは途切れてしまうのだが……。
俺は、そこでステップシュートを出した。使い慣れた俺のキャラがフワリと宙に浮き、旋風脚を繰り出す。体崩しの有利フレームは十二。もちろん、ステップシュートは確定しない。コーシに対して、確定しないステップシュートは厳禁なはずだが……
〔旋風脚がヒット。カウンターの入力途中に刺さったか! これは、かなりいい形で当たっているぞ。降り切る寸前、一、二フレームの当て方だ!〕
そして連続技。もう今までに何度となく使ってきた連続技を入力した。
〔繋ぎはジャブ! しっかり繋がっている! そして必殺技発動!〕
画面に大きく表示されたK・Oの文字を見ながら、俺は拳を大きく振り上げた。
〔 ― !〕
司会者の声も掻き消えるような歓声の中、舞台袖から和泉が駆け寄ってくるのが見えた。
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