Final Round
「Round One Fight !」
ハッと我に返った。リックと対峙していた『Game Start』に意識が戻る。
そう、リックを見て頬が赤くなっているのはきっと気のせいだ。
ブラッドと戦った後、家に着くと約束通りお茶を飲みながらリックに事情を話した。
前世云々はあまり思い出したくなかったので、予知夢で知ったことにしてゲームの知識を伝えていく。
信じてもらえる自信はなかったけど、今までのオレの言動や、見聞きできないことも正確に言い当てていたことから、少しは納得してくれたようだ。
その後のリックの行動は早かった。ブラッドと和解し……和解したよな? なぜか和解前に本気で試合をして双方ともにボロボロになっていたけど……もしかすると、この世界は戦わないと分かり合えないのだろうか?
八柳がドクター ゲラとの戦いから回復したら、今度は八柳にストリートファイトを申し込み、勝ってしまった。
そして、八柳を倒してから一週間後、ストリートファイトの決勝戦がリックの屋敷の庭で大々的に開催されることとなった。
主催者であるブラッドがなぜか張り切ってしまい、あらゆるメディアを使って宣伝をしたせいで観客が多い。屋敷の中だけではなく、塀の外から見ている者までいる。
テレビカメラやドローンも今までの試合とは桁が違う、世紀の一大イベントに仕上がっていた。
「気持ちが落ち着いたら言って、結月相手の大事な試合だから正々堂々、全力で行かせてもらうよ」
リックの真剣な気持ちに身が引き締まった。ストリートファイトの最終試合だ。約束云々はあるけれど、ここまできたら誰が相手でも負けるわけにはいかない。
深呼吸をして、髪をまとめてポニーテールにする。赤いイヤリングが揺れた。
「付けてくれていたんだね」
リックが目ざとく見つけた。イヤリングの由来をブラッドから聞いているから、よく考えると今も付けているのは気恥ずかしい。
「えっ!? いや、これは違う。返すタイミングが無くって……」
リックとのデートから返すタイミングが無くって、なんとなく毎日付けていただけだ。深い意味は無い……無いはず……
う、う、恥ずかしい……こっちを見るな! ……落ち着くのに余計な時間が掛かった。
「疾風撃!」
リックの地を這うような遠距離攻撃を防御する。
対空技の『空裂撃』、突進技の『風牙』、遠距離攻撃の『疾風撃』それに加えて当身技も持っているリックはやはり強敵だ。ブラッドのように理不尽な威力ではないけれど攻守のバランスが良すぎて隙がない。
「マッハ・パンチ! やっ、はっ、雷玉!」
リックの攻撃の切れ間で、出の早い突進技で近づき、パンチやキックを当て、『雷玉』で削る。
お互いに持てる全てを出して戦う。一方的ではなく、時々ミスもあるのが面白い。
学生の頃に仲の良かった友達と家庭用ゲーム機でリメイク版の『覇者列伝』をしていたときのことを思い出す。
友達の手の内は良く知っていたし、こちらのクセは知られていたから、常に一進一退の戦いで、ただただ楽しく、夢中でプレイしていた。
「しっ、はっ!」、「やっ!」
『雷玉』を防御したリックがハイキックを放ってきたので防御する。
反撃しようと思ったらすぐに裏拳が飛んで来た。慌てて防御に切り替え、すぐに掌底打で反撃したらこれもリックに防御された。
近くに来たリックが楽しそうに笑った。オレも同じように笑っていたと思う。
リックとの試合は楽しくて仕方無い。だけど、地力の差が出てジリジリと負け越して行く。
本当なら慌てるところかもしれないけど、不思議と落ち着いていた。
いくらシリーズ後半の動きができるからと言って、人権が無いと言われるほど性能に劣る結月がリックに勝つのは難しい。ここまで善戦できているだけでも奇跡だ。
大負けせず、先に体力ゲージが赤になるのなら、奥義である『雷轟烈風天地動乱撃』で逆転するしか勝ち筋が無いのは見えていた。
相手は同じ奥義が使えるリックだ。きっと警戒しているだろう。苦し紛れに奥義を放っても対処されるのが落ちだ。だから今は多少攻撃を受けてでも、奥義を当てる隙を探している。
遠くから奥義を撃ってもジャンプで避けられるか遠距離技で逆にダメージを受ける確率が高い。それにせっかくの防御無効なのでなるべく近くから当てたいところだ。
リックの突進技はマッハ・パンチのように出が早い訳ではないので、オレがブラッドに使った時のように相打ち狙いは考えなくても良い。ただ、代わりにリックは無敵時間を持つ対空技がある。先読みされると相打ちどころか負け確定だ。
「空裂撃」
スーパージャンプを読まれて、対空技を喰らう。体力ゲージが赤色で点滅し始めた。
結構頑張った方だ。リックの体力ゲージも半分を切っている。
「約束は覚えているよね……奥義を狙っているのは分っているけど、この戦いだけは絶対に負けられないから、やらせないよ」
うっ、これはきつい。奥義を撃つ暇を与えないようにリックが積極的に攻撃に転じた。
切れ間なく攻撃をつなげてくる。たまに当身技で攻撃を受けても意に介さない。奥義さえ封じれば勝てると踏んでいるのだろう。
ここに来て攻撃パターンを変えてくるとは思わなかった。防御が疎かになっているのでこちらの攻撃も当てやすいが、このままだとジリ貧で負けてしまう。
両者の猛攻に観客が沸いている。てっきりリックの応援が多いかと思ったら、オレへの応援も聞こえてくる。
「ちょっとは嬉しいかな」
人気も人権も無いキャラクターに転生してよくここまで来れたよな。隠しボスを倒して、最終戦まで来れただけでも奇跡だ。
うん、負けても何の問題も無い、無いけど、せっかくここまで来たらやっぱり勝ちたいよな。どうか当たってくれよ。
「風牙!」
「この! 雷轟烈風―――」
「甘い、やっ!」
体力ゲージが底をついてきた。苦し紛れにしかならないけど、突進技の『風牙』を防御してすぐに『雷轟烈風天地動乱撃』を放った。
案の定、奥義の出始めモーションに足払いを喰らい倒れる。
「かかった! 雷轟烈風天地動乱撃!」
「なっ!?」
ダウン回避。
3作目以降に導入された基本技だ……これは技というほどのものではない。倒されたときにタイミングよくボタンを押すと受身を取ってすぐに立ち上がれるだけ。
その瞬間に奥義を準備していた。リックはオレが倒れると次の手を考えているのかその場で動かないことが多かった。
急に倒れずに反撃すればきっと意表を付けると思ったんだ。リックにはダウン回避を見せたことも無かったし……まあ、オレ自身がすっかりこの基本技のことを忘れていただけなんだけど……
『雷轟烈風天地動乱撃』が当たり、リックに乱撃を叩き込む。こっちは体力ゲージギリギリだからここで倒さないと……祈る気持ちでフィニッシュのアッパーカットを放った。
「がああああ!」
いつも冷静なリックが獣のように吠えた。
『雷轟烈風天地動乱撃』を喰らって大きく仰け反って倒れたリックが、ボロボロになりながらも跳ね起きる。
「この、寝てろ!」
リックも体力ゲージは殆ど無い、必殺技を防御させるだけで勝てる。
それならリックは何を狙ってくる? 防御されても良いなら遠距離技で牽制するのが一番安全のはずだけど、この距離だとオレの小キックで必殺技の発動前に潰すことができる。
それならこちらの攻撃を読んで無敵時間のある対空技か、だったら当身技で……それとも出の早い小キック? だったら防御するしか……
時間にするとほんの一瞬。
オレが選択したのは当身投げ、あのリックが吠えるほどの勢いで来るのなら、何らかの直接攻撃だと思ったからだ。
「うおおお」
思った通り、リックが両手を出して迫ってくる。
結月は攻撃を読んでそれを制する後の先のキャラ。最後にそれらしくできたなと感じながら静かに構え、攻撃を待つ。
「あれ?」
当身投げは構えたまま一定時間動くことができない。動けないまま、重心が後ろに崩れていく……
倒れ込んだ拍子になぜか上半身の服が破れてサラシ姿となる。ゲームでは嬉しい要素だったけど、いざ自分に降りかかると理不尽でしかない。
「Rick Won!」
少しの間の後、審判がリックの勝利を告げた。
ああ、負けたか……不思議と気分は晴れ晴れとしていた。
八柳がドクター ゲラを倒したから、もうリック達がマフィアに狙われることもないし、その上を牛耳っていたブラッドも正気に戻っている。ゲームのように高層ビルから飛び降りて死んでもいない。
やりたかったことは出来たし、ハッピーエンドではないだろうか。本当はブラッドを倒したらゲームは終わりなのだから、このリックとの対戦が余計なくらいだ。
「結月、本当にありがとう……」
「えっ?」
観客の興奮が冷めやらず、大歓声が聞こえる中、リックの声がすぐ近くから聞こえる。
「本当に感謝している。シアが攫われて無事だったのも、義父の仇を討てたのも、親父が帰ってきてくれたのも結月がいたからだ」
リックの顔が近い、すごく真剣な顔でこちらを見つめてくる。
「俺達兄妹はマフィアに狙われていたから、本当は結月のことは忘れなくちゃいけないと思っていたんだ。でも、学校で結月が倒れたと聞いたら、居ても立っても居られなくなって……」
えっ? あの頃はあまり真剣に考えていなかったけど、そういえば学校を休むと連絡してすぐに、今まで音信不通だったリックが現れるって変だよな。ゲームの感覚で秘伝書を探りに来たとしか思っていなかったよ……
「子供の頃は手も足も出なかったけど、風神流の師範代になった今はさすがに逆転していると思っていた。でもそれは思い上がりで、結月は更に強くなっていて……それに……すごく凛々しく綺麗で……」
最後の方はごにょごにょと口を濁していて聞こえ難いけど、それなりにオレのやってきたことに感謝してもらえているみたいで素直に嬉しい。
これでオレの借金苦と姉を助けてくれた恩返しくらいにはなったかな。あとは……
「こっちこそ、恩が溜まってたからな。少しでも返せて良かったよ。あとは昔の親父達の冗談は忘れてくれていいぜ。そんなのに縛られずに良い人見つけろよ。あっ、服部 カリンは止めておいたほうがいいぞ、メイドさんの誰かとか……まあ、リックはモテるからオレが気にする必要は……うっ!」
リックが更に近づいてきた。ちょっと怒っている? 何か怒らせるようなことをしたか??
「はぁ、これだけアプローチしているのに、まったく気付いていないなんて思わなかった。俺をここまで追い込めるのは結月だけだよ。……これから真剣な話をするからちゃんと聞いて」
目を逸らすことも許さないような迫力で迫られた。
「結月は冗談だと思っているみたいだけど、小さい頃から憧れだったんだ。格闘技の強さだけではなく、芯が強くて優しくて、それにどんどんと綺麗になって……俺のことも誤解せずに、どこまでも純粋に思ってくれて……」
試合後で上気した顔と汗ばんだ腕、まずい……リックから何か変なフェロモンでも出ていないか? 頭がクラクラする。
「……俺は……結月のことが好きだ! 結月の全てを手に入れたい」
えっ、えっ、えっ? 何を言われた!? リックの目に映るオレが真っ赤になっている。熱が高くて何も考えられない。
リックがどんどんと近づいてくる。もうすぐ唇が……
「にぎゃぁぁぁぁ」
ゴツン! ドサッ
いっぱいいっぱいで、なんとか一旦距離を取りたくて、勢いよく起き上がると、迫っていたリックのおでこにぶつかった。
オレの『雷轟烈風天地動乱撃』を受けて体力ゲージがギリギリだったリックが勢いのあるヘッドバットに耐えれるはずもなく、気を失ってオレに倒れ掛かる……
あ、う、え? リックがオレを…… 自分でも分るくらいに熱が上がっている。
「さすがは狂犬、倒れてもなお相手に攻撃するとは……」
「結月の勝ちになるのか? 試合後だからダメなのか?」
「これはドローゲームになるんじゃないか?」
よく聞こえないけど、周りで見ていた観客が騒いでいる。
何か運営の方でも揉め始めた。ブラッドもその輪に加わり議論が白熱している。しばらくすると審判が観客の前に戻って来て、青と赤の旗を激しく振った。
「Draw Game」
いや、いや、ちょっと待って! グダグダだ。さすがにこんな中途半端な終わり方なんて……
オレにも限界がきたのか、そこで意識が遠くなった。
抱き合って倒れていると、大騒ぎになるとも知らずに……
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