現在転生窓口は混み合ってます!!

@shootingstar810

幽霊少女と業務研修

第1話 異世界転生に体張りすぎじゃない?

「あのぉ……異世界転生ってありますか?」


 目の前にいる少女はまるでス○バの新商品を発売初日に頼むかの如く、無謀である事を承知した様に俺へそんな事を尋ねてきた。


 状況だけ側から見れば、どんな事情があったらそんな質問が生まれるんだよ、と思うかもしれない。


 だが待ってほしい。

 彼女は決してスピリチュアル系やべーやつではない。


 何故なら彼女は長い髪を宙に浮かせふよふよと浮かび半透明で、おそらく高校指定の制服であろうセーラー服を着ているからだ。


 つまるところ彼女はスピリチュアル系ではなく、アタオカ系厨二病やべーやつなのだ。


 彼女のためにも認識を改めて欲しい。


 だから俺はそんな少女のために、心に響く様に優しく答えてみせる。


「ありますよ、もちろんね」


 おっと、この答えは決して彼女のやさぐれだ心を癒すための優しい嘘でない。


 実は本当に異世界転生はあるのだ。


 少し昔の話になるのだが、ある島国の幽霊から中心に異世界に関する猛抗議があったのだ。


『なんで異世界は無いんだ!』

『トラックに轢かれたんだぞ! ハーレムを作らせろ!』


 改めて聴くと本当に意味が分からないが、抗議は抗議。


 我々としてはきちんと考えなければならなかった。


 だが、人々は我々に考える猶予を与えてはくれなかった。


 日に日に募る同志たちと遅い我ら天界の対応。


 その結果何が起きたかは火を見るより明らかだろう。


 組織を作った幽霊達は暴走を起こし、抵抗を始めたのだった。


 結論から言えばこの暴走は案内人達が成仏という形で止められたのだが、再発防止として転生先に異世界が生まれたという訳だ。


 当時の輪廻転生管理人はさぞかし多忙だっただろう。


 とまあ、そんな事があって今は異世界があるのが案内人にとって常識なのだが……。


 しかし何故だろう。


 その様な歴史や、輪廻転生の行き先を幽霊が知るはずもないのに最近はまるで、さもあることが当然かのように幽霊達が異世界の名を出すのだ。


 今日も同じような質問をすでに3回は受けている。


 正直勘弁してほしい。


 俺は異世界転生ができたとしても異世界を憧れる人達に、安易に存在の有無だけで答えたくは無いのだ。


 だってそうだろう?


 俺達はただの案内人で転生先を決められるような決定権などない。


 転生先はその者の行いと転生先の魂の数によって判断される。


 つまり正確な答えは『ありますよ』では無く、『ある事はありますが貴方が行けるかどうかは分かりません』である。


 本人がどれだけ異世界転生を望んだとしても、生前に大量虐殺をするような超がつくほどの悪人であれば地獄行きだし、凡人であれば現世でもう一回人間だ。


 しかし一々そんな事を説明しては幽霊達が来世に希望を持って成仏ができない。


 だから俺は今日も来世に希望を持たせるために、詐欺紛いな言葉を紡ぐ。


「本当!? やったー! じゃあ早速お願いしまーす」

「はいはい、その前に成仏ね」


 俺は彼女の無垢な眼から逃げるよう、仕事道具に手をつける。

 

 希望が妄想に変わる前に、興味が転生から未練に変わる前に素早く成仏させるのも俺達の仕事。


 罪悪感に蝕まれてる暇などない。


「じゃ、そこでじっとしててくれ」

「はーい」

 

 輪廻転生、もとい異世界転生はその場では出来ない。

 

 まずは目の前の彼女のように、ふよふよと生前の体に近しい見た目で浮いている幽霊を、魂と呼ばれる白い球体に変化するのが第一ステップだ。


 魂になる事で初めて輪廻転生の窓口に向かう事ができ、その窓口で転生先が決まる。


 この幽霊から魂へと変換する事を成仏と呼び、この成仏を行い輪廻転生窓口に案内する事こそが俺達”輪廻転生窓口案内人”の仕事だ。


 さてと……今回は本人に強い未練も無さそうだし、仕事道具は強制成仏のお札で決まりだな。


 俺ができるのはせいぜい成仏の手伝いと案内くらいだが、まあそうだな……。


 願わくば異世界転生した先でチート能力を使って元気に無双してほしい。


 俺は心の中でそう祈りながら、指定制服である白い作業着のポケットから札を取り出し、ふよふよと浮かぶJKの額につけた。


「……あれ?」

「……? どうしたんですか? というか成仏と異世界転生はまだですか?」


 ……おかしい。


 強制成仏のお札はその名の通り、多少の未練が現世にあったとしても強制的に成仏させる道具だ。


 彼女によほど強い未練がない限りはこのまま球体になって窓口へ向かうはずなのだが……。


「あー、君、何か現世でやり残した事はある?」

「へ? いやないですね」

「そんなはずはない。ほら考えてみてほしい。デートしたかったとか、お洒落したかったとか、なんかあるだろう?」

「いえ、ないですね」

「少しは考えてくれよ!?」


 ノータイム、ノーシンキングで答えてくる彼女の顔は、清々しいほどに綺麗で純粋だ。


 その純粋さはまるで穢れなき子供と会話をしているのではないかとすら感じさせる。


 誰がどうみても嘘をついていたり誤魔化していたりはしないと思うだろう。


 しかし……彼女は確実に嘘をついている。


 しかもとびきりに大きな嘘を。


「だって無いもんは無いんですもーん」

「はぁ、あのね、この強制成仏のお札はある程度の未練も無視して成仏させるアイテムなんだ。なのに君は成仏しない。なら成仏しない理由は1つしか無いだろう?」

「そ、そんなぁ……。私に何の未練があるっていうんですか……」


 それはこっちが聞きたいよ。


 というか変な言い方しないでくれ、頼むから。


 幽霊と案内人は現世の人間には見えないとはいえ、成人男性がJKにその言葉を言われると犯罪臭がすごいんだ。


「君の未練なんて俺が知るわけ無いだろう? だからこそ聞いているんだ。君の成仏を遮ってる未練がなくならないと、この先永遠に異世界転生出来ないよ? 少しは真面目に考えてくれ」

「そんなぁ! じゃあ一生このままですかぁ!?」

「そういう事。まあその一生は終わってるけどね」


 俺の言葉に彼女はがくんと項垂れた。


 彼女は体の端々から絶望のオーラを滲み出している。


 そのオーラはまるで、テスト前にTikT○Kを見て1日を無駄に過ごしてしまった学生が発する物に近い。


 恐ろしい。


 あの絶望と焦燥と後悔が入り混じったオーラは思い出しただけで中々にくるものがある。


 もちろん彼女から感じるオーラはその中の絶望部分だけだが。


「はぁ……終わった……。私の異世界転生ライフが終わった……」

「始まってすら無いけどね」

「うぐっ……」

「あ、ごめんなさい」


 なんだか見てられないなぁ。


 しかし助けたくても未練が薄い状態で強制成仏のお札が使えない、なんて前例どこにも無いからどうすれば成仏できるか分からないし、俺ではどうしようもないんだよなぁ。


「うっ、ううっ……いぜがいでんじぇいがぁ」


 ……はぁ、これしか方法ないよなぁ。


 うまくいくとは限らない。

けれど誰も損はしない方法だ。


 それに何より、このまま見て見ぬままにするよりかは100倍マシなはずだろう。


 俺は今朝整えた黒髪をわしゃわしゃとかきむしり、覚悟を決めて言葉を口にする。


「ねぇ君、俺の仕事を手伝う気はないかな?」

「うぐっ、えぐっ、ど、どういうことですかぁ……?」

「そのままの意味だよ。俺の仕事を手伝っていけば成仏へのヒントや未練が見つかるかもしれない。それに――」

「それに?」

「あ、ああいや、なんでもない、忘れてくれ」

「……?」

「と、とにかく! 俺の仕事を手伝って自分の未練を見つける。それを解決して無事転生! どうかな?」

「そうですね……どうせこのままじゃ問題の解決にならないし……」


 彼女は自分の顎を親指と人差し指で触る。


 そしてほんの数秒後に1つため息をつくと、

俺が差し出した手を握り返した。


「分かりました! 夢の異世界転生のために頑張ります!」


 そう言って握り返した彼女の顔は、太陽のように明るい笑顔だった。


 俺はその顔を見てわずかばかり早くなる、胸の鼓動のような音と、そして……。


「……よろしく! えっと……」

「私、サナ! あなたの名前は?」

「そっか、よろしくサナ! 俺はコウだ!」

「了解! よろしくね、コウ!」


 こうして俺とサナの新たな案内人業務が始まるのだった。



♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




 「と、まあここまでが案内人の業務内容だけど理解はできたかな?」

「えっとつまり……人手不足で案内できてない幽霊を窓口に案内してあげるって事だよね」

「うっ、まあその通りなんだけど……」


 サナは思った以上に優秀だった。


 俺が遠回しに、そしてあえて指摘されない様に事実を伝えた結果、遠回しにした道のりを気遣いなく最短距離で突っ走って結論をぶつけてくるのだから、優秀と言わざるを得ない。


「まあ誤魔化しても仕方ないよな。まあつまりそういう事だ。現在爆発的に増加した人口に窓口が対応できていない結果、輪廻転生の入り口が常に満員になっている。万年人手不足だよ」

「でもどうして? コウの話では案内人は人手不足から現れた職業よね? 人手不足以前はどうしてたの?」

「あー実は……」


 俺は彼女の当然な疑問に答えを詰まらせる。


 論理的に考えれば彼女の質問は至極真っ当だ。


 人手が多かろうが少なかろうが案内人という存在は必須。


 にもかかわらず、人手不足が深刻になった結果生まれた理由。


 それは輪廻転生の輪が吸引力の変わらない……いや変わらないはずだった、ただ1つの窓口だからだ。


 昔は人口が今よりも少なかったので輪廻転生の輪、つまるところ転生窓口に人が大勢いなかった。


 なので窓口業務員の数にも余裕があり、幽霊をわざわざ現地で成仏させる事なく、幽霊状態で吸引する事で無理やり窓口にいれ、その場で成仏させ魂にする、というプロセスが踏めた。


 だがしかし、人口の爆発的増加や様々な理由での死者の増加により窓口の入り口は詰まり吸引力は崩壊。


 昔の様なゴリ押しをする事が物理的にできなくなったのだ。


 毎年夏と冬に2回開かれる某ビックお祭りがいい例だ。


 あの異常なまでの人数がビック○イトにスムーズに入れるのは整理券や案内役、列の整頓などが高水準で整っているからこそ、できる技である。


 しかし悲しいかな。

輪廻転生の窓口は現在その列が非常に乱れているため入り口がごった返しているのだ。


 ではどうするか。


 そこで生まれたのが俺達案内人だ。


 俺達案内人が地上の幽霊達を成仏させ魂とする。


 ある程度の意識を持つ幽霊と違って、魂はただの球体。

 

 多少ぎゅうぎゅうに押し込もうが文句は言わないし逃げ出さない。


 しかも一人当たりの面積が小さいときた。


 あとは窓口の作業員が流れ作業の用に転生を案内してくれる様になっている。


 簡単に言うならもう整理は無理だから、ごり押しできる形にしてしまえという事だ。


 俺は正直今の現状が情けないというか、雑というか、地上の人間に申し訳なさを感じてしまうため詳細な説明は省く様にしていたのだが……。


 まあ仕方ない。

 サナに隠し事は無意味な様だし、俺は開き直って現状を全て、包み隠さずしっかりと説明した。


「とまあ、そんな理由で今は俺達案内人が成仏させているって事なんだ」

「なるほどぉ……随分とゴリ押しなんだね……」

「申し訳ない事にな……」

「ははは……で、それで? その幽霊ってどうやって見つけるの? あ、というか私にも見えるの?」

「もちろん同じ幽霊だからな、見えるに決まっている。んで見つけ方だけど……これは感だな。ちょっとこっちに来てくれ」


 幽霊の見つけ方は巡回する管轄の状況によって異なる。


 人通りの多いエリアや住宅街が管轄であれば”見つける”という作業など存在しない。


 目をひらけば目の前にいるからな。


 だが俺が管轄しているのは、どちらかというと静かな田舎町。


 この場合は長年の感を頼りに場所を絞り、愚直に足で見つけていくしか無いのだ。


 俺は幽霊と違って基本浮く事ができない。


 だからこそサナという仲間は今後こういった幽霊捜索にあたって、かなりありがたい存在になるだろうと思っている。


 だが今回はサナの力を借りずによさそうだ。


 俺の感ですんなり幽霊を見つけた。


 遠くで見る限りは男……ぽいな。


 サナの研修も兼ねてだから出来れば素直な幽霊だとありがたい所だ。


「こんにちは、どうしました」

「ひっ、ひいっ! だ、誰ですか!?」


 俺が見つけた幽霊は少し小柄で細身の30代ほどの男性だ。


 いや細身というよりかは全体が枯れ木のようにやせ細っている。


 肌は荒れて目にはクマ。


 髪もボサボサで、髪もしばらく切ってなかったのか目を覆い隠してしまっている。


 服も上下学生ジャージだし、いたる所がほつれたり破けたりしている。

 もちろん本人は学生には見えないくらい老けているので恐らく運動でのほつれというより、時間による劣化だろう。


 しかし参ったな、まさか最初から訳ありの幽霊に当たるとは……。


 幽霊の見た目は本人が死ぬ時、最も記憶に新しい見た目が反映される。

 なので最も記憶に新しい見た目がこの姿だというのなら……未練の内容次第では強制成仏も視野に入れないとだな。


「よし、見ててくれサナ」

「う、うん」


 俺はサナに小さな声で指示をだし、枯枝のような腕で、震え上がる体を必死に覆おうとする男に声をかけた。

 

「私はあなたを成仏させにきました」

「じょ、成仏……?」

「はい、残念ながらあなたは死んでしまったのです」

「は、はぁ……」

「ですが気を落とす事はありません。輪廻転生を受け入れれば、貴方はきっと救われるでしょう。さあ手をとってください」


 俺は震える男に優しい笑顔を向けて、手を差し出した。


 あとはこの男が手を掴めば、強制成仏のお札で研修は終了だ。


「あ、あの……」

「どうしました?」

「そ、そういうの間に合ってるんで! 大丈夫なんで! す、すみません!」

「……へ?」


 どうやら怪しい勧誘に見えたらしい。


 男はすごい速さで俺とサナの間を走って……いや浮いて抜けていった。


「……」

「……」

「案内人って結構大変なのね」

「……分かってくれて嬉しいよ」


 俺は気まずい空気から逃げるため、そして純粋に仕事のため、浮いて去った幽霊を追いかける事にした。

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