第2話 七枝(ナナシ)①
いかにも粗暴な人種であることが丸分かりの風貌をした男が六人、赤髪の男に行く手を遮られていた。その顔には苛立ちの色がありありと浮かんでいる。
「なんだテメエは? そこどきやがれ」
六人の中の一人が凄むように言った。その手には抜き身の短剣が握られている。他の男達も見せつけるように手斧や棍棒、ナイフなどをちらつかせていた。
それを見ても動ずる様子も見せず、赤髪の男は男達に尋ねた。
「あー、ちょっと聞きたいんだけど、あんたら、十五、六の薄汚れた女の子に心当たりはあるか? 結構立派な乳してた」
それを聞いた男達は互いに顔を見合わせ、ニヤリと笑みを浮かべる。そして、初めに威嚇してきた男が言った。
「ああ、その嬢ちゃんを探してたんだよなぁ。ニイちゃん、あんた居場所知ってんの――」
男が最後まで話し終える前に、男の首は宙に舞った。いつの間に動いたのか、赤髪の男は剣を振り抜いた姿勢で男達の背後にいた。
「なっ!? ……お頭?」
「何だ? 何が起こった!? 全然見えなかったぞ!」
「ちくしょう! やっちまえ! いくら何でも五人で一斉にかかれ――」
残った五人は、突然のお頭の死に動揺しながらも反撃に移ろうとする。
しかし。
「三人だよ」
――ドサドサツ
赤髪の男がそう言うのと同時に、更に二人が声一つあげることなく崩れ落ちる。
「さて、三人殺っちまってから聞くのもアレなんだが、お前ら、人攫いか?」
赤髪の男は長剣の切っ先を男達に向けて問い質した。
「おい……あのカタナに褐色の肌……それにあの赤髪……」
「ああ、間違いねえ……『掃除屋』だ……」
「なんで『掃除屋のテン』が俺達を……」
生き残った三人の男が、赤髪の男の外見的特徴からその正体へ行きついたらしい。その表情には怯えが走る。それでもその中の一人が、気丈にも『掃除屋のテン』と呼ばれる男に問いかけた。
「お、俺達はアンタには敵対する意思はねえ! なんでこんな事をする!?」
それを聞いたテンは面倒臭そうに頭をボリボリと掻きながら答えた。
「あー、それはだな。お前らんトコから逃げてきたお嬢ちゃんのおっぱいを揉んじまってな。勘違いで」
「勘違い!?」
なぜ女の乳を揉んだからといって自分達が殺されなければならないのか、男達は意味が分からなかった。そしてそれより、勘違いで乳を揉むのはどういう状況なのか。
命の危機だというのに、あまりに緊張感のないテンの物言いに、人攫いの男達は置かれた状況を忘れそうになってしまう。
「で、その罪滅ぼしというか、代金代わりというか、とにかく、そんな訳でお前ら人攫いには死んでもらう事になった。悪く思うな」
「代金!?」
テンの言葉に人攫い達は脱力した。そして怒った。怒髪天だ。そんなアホみたいな理由で自分達は死ななくてはならないのか。
しかし、人攫いは重罪だ。今の世の中に警察なんて組織は存在しないが、町や村には自警団くらいは存在する。捕まれば死罪は確定。人攫い達の怒りは完全に逆恨みでしかない。
「さて、そろそろいいか? あんまり時間かけるとウン〇だと思われちまうからよ」
そんな人攫いの怒りなどどこ吹く風と言わんばかりに、テンは気の抜けるような台詞を吐く。そしてそれが人攫い達が最後に聞いた言葉になった。
***
「よお、待たせたな!」
藪から現れたテンを見て、少女は一気に身体を弛緩させた。
「おにいさん! よかった。遅いから人攫い達に……あれ? 血の臭い……」
すぐさまテンに駆け寄るが、少女はその異変に気付いた。
「あっと、別に血便が出た訳じゃねえぞ? 用を足してる時に
「誰もそんなこと言ってないでしょ! でも、そっか、
妙な言い訳をするテンに対して、少女は一発ツッコミを入れたながらテンを見上げて言った。
「む……?」
自分を見上げる少女の視線に、テンは何を思ったか、両手をワキワキさせ始める。
「ち、違うわよ?」
少女は両手で胸をガードしながら身体を
「そうか、悪いな。また勘違いするトコだった」
「アンタって人は、女の人と目が合う度におっぱい揉んでるの!?」
またまた悪びれることなくあっさりと告げるテンに対して、少女は未だに胸をガードしながら食い下がる。
「ああ。けどな、なぜかいつもビンタされるんだ」
「当たり前よ!!」
少女は頭を抱えた。しかし、何とか気を取り直して切り株へちょこんと座る。
「そういえば、まだ名乗ってなかったね! あたしはナナシ! ナナって呼んでいいよ!」
「名無し?」
テンが戻ってきた事で安心したのか、快活な笑顔を見せながら名乗る彼女を見て、テンは首を傾げた。名前が名無しとは此れ如何に。
そんなテンの表情から読み取ったのか、ナナシは補足説明を始める。
「あー、違う違う。結構間違えられるし、小さい頃はよくからかわれたんだ。えっとね、七つの枝で
「なるほど、
テンはナナシの由来を聞いて一つ頷く。
いい名前だと思った。七という数字も古来から縁起が良いとされている。ナナシの両親は本当に彼女の事を思って名付けたのだろうと。
「あ、でもね、ご飯のお礼は言わないからね! あたしの胸、おにぎりくらいじゃ割に合わないし!」
「分かってるよ。近くの街まで送っていく。それで勘弁してくれるか?」
テンはそう言いながら、その辺に落ちていた枯れ枝を拾って何やら地面に書き始めた。
「えっと、それは有難いけど……
ナナシは不思議そうにテンが地面に書いた文字を読む。
「俺の名前。メガ・ソラだ。みんなはテンって呼ぶけどな。まあ、ソラでもテンでもどっちでもいい」
「じゃあ、メガテ――」
「それは各方面から怒られるから止めてくれ。いいな? 絶対だ」
「お、オーケー、分かったわ、テン。それじゃあ街までよろしくね! それでおっぱいの件はチャラにしてあげる!」
お互いの自己紹介を終え、ナナシが手を差し伸べた。テンはそれをがっしりと握り返した。
「ああ、揉んだ分はきっちり返させてもらう」
物凄いいい笑顔でそう宣うのだった。
「そういう事を笑顔で言うなぁーーーっ!」
森の中に痛そうなビンタの音が響き渡り、森の木で羽根を休めていた鳥たちが一斉に飛び立った。
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