ひとりぼっちのコンチェルト

三奈木真沙緒

#01 コウキ ※

「――そうですね。はい、それでは本日のゲストをお呼びしましょう」

 サイケデリックな色に髪を染めた男性MCは、話題を切り替えた。途端、画面いっぱいを1枚の写真が占拠した。スーツ姿でネクタイを外し、整えすぎない髪を金色にした、ひとりの男性――少なくとも外見は、20代後半の男性だった。繊細さと野性味とが整ったバランスをとった顔立ちで、悪い造作ではない、と言えるだろう。微笑む寸前、といった表情でこちらに眼差しを送って来る写真だ。

「ニュークラシック界をけん引するこの人、KO-H-KIコウキさんです、どうぞー!」


 再び画面が変わった。スタジオに、さきほどの写真ほぼそのままの人物が、軽く会釈しながら入ってくる。相違点は、写真が金髪であるのに対し、登場した当人の髪は茶色くなっていることと、スーツの色くらいだろうか。

「どうもぉ~」

 KO-H-KIと紹介されたその人物は、体をくねらせた。本来は低くて通るんだろうなと思わせる声を裏返し、高いところから発声する。MCはもう慣れたもので、驚くそぶりもない。その隣に腰かける直前に、KO-H-KIはカメラに向けてウィンクし、唇に指を添えた。

「KO-H-KIでぇ~す」

「やあ、お久しぶりです」

「は~い」

「新曲もなかなかイイ感じですね」

「ありがとうございますぅ~。ちょっとロックなタッチに挑戦してみましたぁ~」

 KO-H-KIは嬉しそうに応じた。



「……宣材フォト、替えなかったんですか」

 KO-H-KIが高いオネエ言葉でMCと話す画面を、無感動に眺めながら、男はぽつりとたずねた。

「あら、いやだ。どうして以前のままだったのかしら」

 マネージャーの永山ながやま香里かおりは横合いから画面をのぞきこんで、眉をしかめた。


「ごめんなさい。確認と徹底をもう一度しておくわ」

「お願いします」

 顔も上げずに男は言った――画面の中で、MCと盛り上がっている人物と、まったく同じ顔の男だった。つまり、KO-H-KI本人だ。CSの音楽チャンネルをあまり興味なさそうに眺める彼は、体をくねらせることもなかったし、発声もごく普通に、低く通る声そのままの自然な発声だった。どこからどう見ても、男性と聞いて思い浮かべるイメージである。これが今、画面内で「どうもぉ~」と言っているのと同一人物だと言われたら、大半の人が驚いて両者を見比べるに違いない。しかし、雰囲気はあまりにもかけ離れていた。KO-H-KIというのはもちろん芸名で、本名は射水いみず幸樹こうきという。両親とも日本人、日本で生まれ育った、日本人である。幸樹は今、テレビ画面の中でMCと音楽についてはしゃいで語る、自分自身KO-H-KIを、さげすむような目つきで観察していた。


 数分後、幸樹は突然、額をおさえた。頭痛を我慢しているかのような表情で、眉をしかめる。ぶるぶると体が震える。


 マーブル模様が、意識の中をゆっくりと回る。どぎつい色の取り合わせ……見るだけで吐き気がしてきそうな、ひどい色合いのマーブル模様が……。


 立ち上がった。ローテーブルをつかんで、力まかせに引き倒し、床へたたきつける。振り向きざま、さっきまで自身が腰かけていたソファを、渾身の力で蹴り倒す。

「あああ」

 ソファの背もたれが床に激突した。幸樹は肩で息をしながら、ソファからのぼる細かいほこりをながめていたが、不意に口元をおさえ、ラグを蹴りつけてトイレへ駆け込んだ。強烈な嫌悪と憎悪と、表現しがたい不快なかたまりとが逆流して喉を焼く。便器に寄りかかった。


「……それじゃ~ぁ、アタシの新曲、よろしくねぇ~」

 向こうから、「KO-H-KI」の能天気な宣伝が聞こえてくる。幸樹は、胃液のまだ落ち着かない首もとをおさえたまま、肩で呼吸を繰り返す。


「幸樹……?」

 足音と声が近づいてきた。物音を聞きつけたのだろう。


 ……視界がゆっくりと揺れ動く。

 気色の悪いマーブル模様を透かして、トイレの内部の光景が、ゆっくりと揺れ動いている……。

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