第8話 選手交代
時おり振動を感じながら、私は3つ目の洞窟に飛び込んだ。
この振動があるうちは、まだ戦いが続いているということになる。
つまりティガスが生き続けているということだ。
「機功戦士に罠……気を付けないとだね」
そう言っているそばから、洞窟の壁から突き出した槍が襲ってくる。
それを身をひねってかわすと、今度は天井から、そして下からも槍が突き出してきた。
一つ一つに対応していたらきりがないので、ここは思い切って奥へと駆け抜ける。
すると今度は、暗闇の向こうに二足歩行の何かが出てきた。
「人間……にしては動きがぎこちないな……」
それに足音がガシャンガシャンいってる。
これが機功戦士か。
はっきりと見えたその姿は、人間の胴体に竜の頭がついたいわゆる竜人だった。
本当に生きているわけではなく、作り物のようだ。
しかしからくり人形としてはかなり精巧。
ガルガームという竜、知能も技術もなかなか高いみたいだね。
機功竜人は、特に何か声を発するわけでもなくいきなり突っ込んできた。
左右の手に剣を持っている。二刀流だ。
「おっとっと~」
私は2本の剣を難なくかわした。
ゲーム内でのステータスが有効なので、体もゲームの通りに動かすことができる。
本来の楠木美音だったらあっさり斬られてるところだけど、ミオンならかわすという判断に体が追い付いてくる。
AGIが高くてこの世界でも速く走れたのと一緒だ。
「【
機功竜人をさくっと収納してしまう。
全く攻撃力も何もあったもんじゃない。
我ながら瞬殺がすぎるよね。
仕掛けられた罠をかいくぐり、たびたび出てくる機功竜人を瞬殺しながら奥へと進む。
道はやや下り坂気味だ。
地下王宮っていうくらいだから、きっと豪華な造りになっているはずなんだけど……
「お、あった」
唐突に行く先を塞ぐ扉が現われた。
扉の前には機功竜人が立っている。
どうやらこれが地下王宮の入口、そして門番みたいだ。
扉には鍵穴がある。
サラマンダーの炎を使えば破れそうではあるけど、ここで使ってしまうのはもったいない。
鍵はおそらく門番が持っているだろし、拝借するとしよう。
私に気付いた機功門番が、ガシャンガシャンとこちらへやってくる。
その手にあるのは剣ではなく槍。
リーチは長いけれど、かわそうと思えばかわせる。
それにそもそも、私の無効スキルには【物理無効】も含まれてるしね。
どんな攻撃も無効化してしまうんで、運営が「無効無視」みたいな特性を持つスキルを出していたのが懐かしい。
完全に私対策だったよね、あれ。
槍を突き出して向かってくる機功門番。
私は切っ先を拳で受け止めようとする。
……しかし
「うわっ!」
機功門番は口から炎を噴いた。
私の顔面を高温の炎が直撃する。
もちろん、【炎無効】のおかげでノーダメージだけど。
「びっくりしたぁ」
まさかはったりをかましてくるとはね。
いよいよ機功のレベルが高い。
「【
門番の頭を掴んで収納する。
そうだ。鍵が必要なんだった。
「【
アイテムボックスの中で、機功門番を細かく解体する。
中に入っているものを自然と頭の中に浮かべることができるので、私は分解したものから鍵らしきものを見つけ出した。
「【
手にした鍵を差し込むと、がちゃっと音がして扉が開いた。
最初に比べて、だいぶ振動の回数が少なくなってきた。
あんまり時間がないみたいだ。
「ふぅ……」
私は1つ息を吐くと、再び走り出した。
※ ※ ※ ※
階段、分かれ道、曲がり角などなど……。
かなり複雑な造りになっている王宮を、時々聞こえる音だけを頼りに進んでいく。
奥へ進めば進むほど、機功戦士の精度も上がっていった。
でも触れるだけで瞬殺できるので、てこずることなく突っ走れる。
「えーっと……」
私の前に分岐が現われた。
右へ進む道、左へ進む道、下へ降りる階段の三択。
どれが正解なんだろ……?
迷っているところへ、またしても振動が襲う。
かなり近い。そして振動の元は足元からだった。
「下だ!」
下へ降りる階段を選び、思い切って飛び込む。
まるで何かの舞台みたく、派手に階段を転がり落ちた。
走って降りるよりこっちの方が速い。どうせ無傷なんだから。
降りた先には扉があり、やはり機功門番が配備されている。
そしてひときわ大きな音が聞こえてくる。
間違いない。
ティガスとガルガームが戦っているのはこの奥だ。
「【
私は怒涛のコンビ技で鍵を奪い取り、扉を開いた。
「ティガス!」
名前を呼びながら、私は扉の向こうへと駆け込む。
そこはきれいに整地された闘技場だった。
中央には巨大な機功戦士が1体。
そして、その前に仰向けで寝転がっている満身創痍の男がいる。
彼がティガスみたいだ。
そして戦士2人を挟んで私の反対側には、青い体を持つ巨大な竜がいる。
あれがガルガーム。
体を丸めて目を閉じているってことは、眠っているみたいだ。
そうか。彼は、機功戦士にティガスの相手をさせて、自分は寝ているだけなんだ。
究極に人をバカにした竜だ。
「ああ……? 誰だ……?」
私の声で目を覚ましたのか、ガルガームがギロリとこちらを睨む。
そして闘技場の中央に視線をやると、豪快に笑った。
「がっはっは! おいティガス、何だそのざまは。その機功戦士に勝って俺を殺すんじゃなかったのかぁ!?」
倒れ込んだティガスは何も言わない。
もう答える余力は残っていないみたいだ。
私は闘技場に入り、ティガスの横に立った。
「誰……だ……」
かすれた声でティガスが尋ねる。
「私はミオン。ガルガームをぶっ飛ばしにきた」
「さっき……俺の名を……呼んだな……」
「ニナから、あとはガンとグルとギアからも話は聞いたよ」
「ニナを……知ってるの……か……?」
「いろいろ話したいんだけどさ、時間がないんだよね。フェンリアの毒の暴走が始まってる。この意味、あなたなら分かるでしょ?」
「何……!?」
ティガスが目を見開いた。
そして無理やりに傷だらけの体を起こそうとする。
しかし思うようにいかず、彼は再び地面に倒れ込んだ。
その目に涙が浮かぶ。
「俺はっ……妻も救えずっ……娘にも寂しい思いをさせてっ……俺はっ……」
「いや、あなたはよく頑張ったと思うよ。こっからは私の番」
「何を……する……つもりだ……?」
「ニナと約束したんだよね、竜をぶっ飛ばして血を手に入れるって」
「無茶だ……」
「ふっふ~ん。ここまで自力で来た私の力をなめないでよ」
私は仰向けのティガスに右手を差し出した。
「あなたとしては自分でガルガームを倒したかったかもしれないけど……。ごめん、ここは私に任せてもらうよ」
しばらくの沈黙の後、ティガスは震える手で私の右手を取った。
「数分前に会った相手に……家族を託さなきゃ……いけないとはな……」
「ニナは託してくれた」
「なら……仕方ない……」
「任された。選手交代だよ」
流れ弾でも食らったら、ティガスはもう生きていられない。
妻のいる場所に避難してもらうかな。
「【
「ん……? あああ……」
さーてと。
準備は整ったね。
ポキポキと指の関節を鳴らし、戦闘態勢に入る。
そんな私を、ガルガームは険しい顔で睨みつけた。
「人間の小娘が何をする気だ?」
「あなたを倒して血をいただく」
「俺も随分となめられたもんだなぁ。この数日のうちに、人間が2人も俺の血を狙うとは」
ガルガームは、尻尾で私の目の前の巨大な機功戦士を指した。
「俺を倒そうというなら、まずは目の前の機功戦士を……」
「【
ガルガームが言い終わらないうちに。
私は一時的に動きが止まっていた機功戦士の腹部に触れ、アイテムボックスへと放り込んだ。
「何っ!?」
驚いたガルガームが目を見開く。
そんな悪竜に向けて、私は立ち塞がる壁のなくなった闘技場を走り始めた。
「ガルガーム! 覚悟しろ!!!!!!」
思いっきり地面を蹴って飛び上がる。
私は最強の右手を、特等席に寝そべるガルガームへと伸ばした。
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