第2話 探索

◎現在判明しているルール

1:あなたたちの中に1匹、狼が紛れ込んでいる。狼に噛まれた場合、あなたは死亡する。

2:制限時間以内にこの建物から脱出できなかった場合、あなたは死亡する。



 出口を探し始めて小一時間経った頃。

 一行は、建物からの脱出が叶わぬまま、最初の部屋へと戻ってきてしまっていた。


「いやー、見つからなかったねぇ、出口。」

「ほんと、サイアク。ここ無駄に広すぎなんだけど。なんに使うの?って部屋ばっかじゃん。」


 作業着の男がこぼしたぼやきに、ギャル系女子がげんなりした表情で同意する。

 そこまで大した距離を歩いたわけではないのだが、2人の声には疲労感が滲み出ていた。

 何もわからないまま未知の建物を歩き回るのは、思った以上に精神を疲弊させているのかもしれない。


「実際、廊下が妙にカーブしてたり、部屋の色使いが変だったり、普通の用途では必要ない作りですよね。それこそ、わざわざこのゲームのためだけに建てられてるんじゃないかってぐらいの。」


 スーツの青年は、全く疲れた様子もない。

 冷静な分析を披露しながら、何やら部屋の隅にあるタンスを探っている。

 意外なタフさを見るに、学生時代は何かスポーツでもやっていたクチだろうか。


「そうだねぇ。部屋の配置もなんだかごちゃごちゃしてて、私なんか一人で歩いてたら迷っちゃいそうだよ。」

「あー、それ分かるー。」


 彼らの意見としては、この建物はおかしいということで一致したようだ。

 確かにこの場所は、常識の範疇には収まらない奇妙な建物だった。

 まず、最初の部屋から出て彼らが目にしたのは、弓なりに弧を描き、左右に伸びる廊下だった。

 それだけならまだ珍しいものでもないが、より奇妙さを際立たせたのは、建物全体の構造だ。

 この弓なりの廊下は、反対側にも左右対称の同じものが存在していた。つまり、最初の部屋を中心にして、楕円の形に廊下がつながっていたのだ。

 そして、その楕円のあちらこちらに、扉の無い小部屋が幾つも設けられていた。

 正確には数えていないが、全部で10部屋以上あったのではないだろうか。

 それらはやや不規則に配置されており、部屋同士が短い通路でつながっていたり、1部屋で完結していたりと様々だった。


「お、あった。」


 雅史が建物の構造に思いを巡らせていると、スーツの青年がややトーン高めの声を上げた。

 どうやら何かを発見したらしい。


「え、何それ。鍵?」


 ギャル系女子が口にしたとおり、青年の手には鍵があった。

 それは、一般の家庭でも使われているような、ごく普通のシリンダー型の鍵に見えた。


「そう、鍵。これを使えば、この建物から出られるかもしれないですよ。」

「マジで?どういうこと?」


 ギャル系女子が問うと、スーツの青年は部屋の中央付近に据えられた椅子に近づいていき、椅子の前に設置されたモニターを指さした。


「このモニターのルール3ってとこに、そういう話が書いてあるんですよ。」


 青年に誘導されて、皆が手近なモニターを覗き込む。



『ルール3:建物から出る方法は2つ。正しい鍵を見つけるか、狼を死亡させるか。その他の方法で出た場合、あなたは死亡する。』



「死亡するとかさせるとか……随分と物騒な事が書いてあるねぇ。」


 作業着の男が、嫌なものを見たとばかりに顔をしかめる。


「まぁ、流石に本当に死ぬってことは無いでしょう。それはともかく、この“正しい鍵”ってやつを見つければ建物から出られるってことなんで、試しにそこのタンスを漁ってみたんですよ。そうしたら案の定、こいつが見つかったってわけです。」

「えっ、じゃあ、もうここから出られるってことなん!?」

「うーん、それはまだなんとも。これが本当に“正しい鍵”なのか、よく分からないですし。」

「え〜、なーんだ。期待して損した。」


 青年の言葉にギャル系女子の表情が一瞬嬉しそうに輝いたが、すぐに落胆の色に変わった。


「なるほどねえ。しかしそうなると結局、この建物から出るためには、このよく分からないわからないゲームに付き合うしかないってことになるのかな。」


 落ち込むギャルを尻目に、作業着の男が疑問を口にする。


「多分、そうなんでしょうね。さっき僕が壁を思いっきり蹴ってみた時、傷1つつかなかったでしょう?これはちょっと、無理やり出るのは厳しいかなって思いますね。」

「ああ、あれ。すごい勢いで壁を蹴り始めるから、びっくりしちゃったよ。」

「あはは、すみません。僕サッカー部だったんで、キック力には自信あったんですけどねぇ。」


 スーツの青年は朗らかに笑いながら、物騒なことをさらりと言ってのけた。

 さっきまでの建物をうろついている間、青年が唐突に壁を蹴りだしたことがあったのだ。

 その時は実際、スーツの青年が急変したような感じがして、若干不安になったものだ。

 今は爽やかな雰囲気に見えるが、中身は結構ドSなのかもしれない。


「ところでその鍵ってさー、どこで使うの?そもそもこの建物、ドアとか見当たらなくない?」

「んー……、確かに。今んとこ鍵を使うようなドア自体、見かけてないんですよね。僕としては、“正しい鍵”ってのを見つけさえすればクリアだと思ってるんですけど……。そうでないとしたら、結局鍵を使うための出口を見つけなきゃならないのかなぁ。」


 ギャル系女子に突っ込まれて、スーツの青年は困ったように頭をかいた。

 鍵を見つけた先の話までは、あまり考えていなかったようだ。

 行動力はあるが、思慮には欠けるタイプなのかもしれない。


「あ、あのー……ちょっといいですか。」


 唐突に会話に割り込んだのは、雅史だった。

 ここまでほぼ発言していなかったせいか、全員の視線が雅史に集まるのを感じた。


「あ、えと、その……。これ、脱出ゲームかも知れない、って話ですよね?あの、そういうゲームって、最初は出口も隠されててどこにあるか分からないんですよ。で、1つ鍵を見つけたらそれを使ってまた別の鍵を見つけたり、謎解きをしてさらに別のキーアイテムを見つけたりして、最終的に出口も見つけて脱出する、みたいな。」


 喋りながら、声がうわずっているのが自分でも分かった。

 雅史はどちらかというと陰キャ寄りであり、注目が集まった状態で喋るのは緊張してしまうタチだった。


「あー。つまり、この鍵が“正しい鍵”じゃないとしても、どこかで使えば次のヒントに繋がっていくんじゃないか、ってことかな?」


 スーツの青年が、雅史の言いたいことをうまく察してくれた。

 雅史が思い浮かべていたのは、PCのブラウザやスマホのアプリで出来るような脱出ゲームだった。

 それを現実でやってしまおうというのが、このゲームなのではないかと思ったのだ。

 すぐに青年が理解してくれたおかげで、命拾いをした気分だった。


「そ、そうですそうです。あの、実はさっき出口を探してた時、途中の部屋で俺もテーブルとかたまーに調べてたんですけど、鍵のかかってるのが幾つかあったんで……。」

「なるほど、そのどこかでこの鍵が使えるかもしれないと。ついでに他にも何か見つかるかもだから、そういう家具とかをしらみつぶしに調べていくしかないかなぁ。」

「げ〜、もう1回ここ歩き回るってこと?めんどくさ〜。」


 スーツの青年の提案に、ギャル系女子が不満の声をあげる。

 確かに、やりたくもないゲームのために、意外と広いこの建物を歩くのは正直面倒だった。

 するとスーツの青年は自分の左腕を前にかざし、手首に巻かれた端末を指し示した。


「その気持はよーく解るんですけどね。すぐに動かないと、多分時間切れになっちゃうんですよ。」


 そう言って、端末の液晶部分をトントンと指で叩いてみせる。つられて雅史は、自分の端末を覗き込んだ。



『01:13:34』



 画面上部に表示されたカウントダウンの残りは、1時間強といったところだった。


「これってやっぱり、このゲームの残り時間ってことなんですかね。」


 雅史が問うと、スーツの青年は頷いた。


「そうだと思うよ。時間内に建物から出ないと死ぬ、とか書かれちゃってるからねえ。間に合うなら、時間切れの前に終わらせた方がいいかなって。」


 最初にゲームを無視すると宣言した青年だったが、ルールに従うことになった以上、まるっきり無視するのも気が引けるようだ。

 だが、スタート当初の残り時間は確か2時間あったはずだ。

 残り半分となった現時点から攻略を始めて、果たして間に合う設定なのだろうか。


「げ、もう1時間ぐらいしか無いじゃん。これ間に合わなかったらどうなるわけ?」

「さあねぇ。罰ゲームでもやらされるのかな。」

「……。」


 ギャル系女子と作業着の男は、既に間に合わなかった時のことを話している。

 確かに、これだけ大掛かりな設備を用意してまで行われているゲームなのだ。

 敗北者に何も無しというわけにはいかないかも知れない。

 ただ、雅史にはもう1つ、気になっていることがあった。

 それは、既にネガティブな空気になりかけているこの状況に、更に拍車をかけるような話題だった。

 だが、決して無視するわけにはいかない内容だと、雅史には思えた。


「あの、ちゃんとルールに則ってやるとなると、時間切れも気になるんですけど、“狼”が誰なのかってのも、気になりませんか……?」


 その発言に、再び一同の視線が雅史に集まる。


「え、誰って、どういうこと?」


 意味がわからなかったらしく、ギャル系女子が質問に質問で返してくる。


「あ、ええとつまり、こ、このルール1ってとこの話なんですけど。」


 モニターに表示された、ルールの項目を指し示す。



『ルール1:あなたたちの中に1匹、狼が紛れ込んでいる。狼に噛まれた場合、あなたは死亡する。』



「この“狼”っていうのが、鬼ごっこでいう鬼みたいなやつって話ですよね?で、“狼”は俺らの中に紛れ込んでるってことらしいですんけど、それって誰なのかなーって……。」


 雅史の説明を聞いたギャル系女子は、しばし間をおいた後、驚きの声をあげた。


「え、そうなの!?あたし、なんか全然別の人が追っかけて来るもんだと思ってた!」

「や、私もなんとなくそう思ってたよ。ここまで誰もそんな素振りなかったし。」

「はー?この中の誰かってこと?ちょっと誰なん、さっさと名乗り出てよ。」


 ギャル系女子が疑いの目で全員を見回す。それを受けて、他のメンツも互いに視線を送り合って誰かが発言するのを待っていた。


「……ちょっと、誰も出ないじゃん。ホントにそんなのいるの?」


 しばらくしても、“狼”と名乗り出るものはいなかった。

 ギャル系女子が疑うように雅史を見る。

 ここまで黙っていたのなら、そんなバカ正直に名乗り出たりはしないだろと思わないでもなかったが、それは口に出さずに話を進める。


「いやその、この場にいる人間が違うっていうんなら、やっぱり今ここにいない人間が怪しいんじゃないですかね、つまりその……。」


 なんとなく具体的に口にするのが憚られたため言いよどんでいると、スーツの青年が再びすぐに察してくれた。


「ああ、あのチンピラっぽい男か。言われてみれば、確かに怪しいかもなぁ。さっきは途中ですれ違わなかったけど、どこかに隠れてたりしたのかな。」


 この建物の探索を始めた時点から、例のチンピラ風の男だけは単独行動をしている。

 5人で歩き回っている間に1度はすれ違っても良さそうなものだったが、特に男と出会うことはなかったのだ。


「そっか、あのチンピラ!え、絶対怪しいじゃん。なんか独りで行動したがってたし。見た目的にいかにも悪人っぽいし!間違いないって!」


 ギャル女子が息巻いてまくし立てる。

 人を見た目で判断するのは良くないとは思うが、いかにもなタイプに見えるのは否定できなかった。


「そんな、見た目だけで決めつけるのは良くないんじゃないかな?」

「え〜、絶対そうだって〜。」

「まぁ見た目はともかく、1人で行動して機会を伺ってるってのはあるかも知れないですね。具体的に何をしてくるのかは分からないけど、一応注意しておいたほうがいいかも。」

「注意するって言っても、どうすればいいやら……。体力じゃ敵わなそうな感じだったなぁ。」


 スーツの青年の言葉に、作業着の男がぼやく。

 実際、チンピラ風の男はガタイもよく、ぱっと見で身体能力は高そうだった。

 あの手の人間と体力勝負をするのは、無謀と言わざるを得ない。


「追いかけっこで捕まるってだけならいいんですけどね。このルールにある、“狼に噛まれる”って表現が、何を意味してるか分からないですし。」

「え、なにそれ、ホントに噛まれたりするの?きっつ!」


 ギャル系女子が心底嫌そうに顔をしかめる。


「ま、ホントのところはわからないけど、用心はしておきますか。とは言え、残り時間のことを考えると、みんなで固まって動くなんて悠長なことはしてられないと思うんですよ。」

「え、じゃあ、みんなでバラバラに動くのかい?」

「嘘でしょ!?1人であのチンピラとカチ合いたくないんだけど!」


 確かに、“狼”と疑われるあのチンピラと、1対1で向かい合うなんてシチュエーションは想像したくもない。

 だが、あまり時間に猶予がなさそうというのも事実だ。


「もちろん、全員が単独で行動するのは避けたほうがいいと思うんで、男を1:2に分けて2組作りましょうかね。女性陣はどっちかについてもらうということで。2組で動けば、少しは効率も上がるでしょう。」

「なるほど。」


 スーツの青年がチーム分けを提案する。

 彼の言う通り、残り1時間程度で“正しい鍵”とやらを見つけるためには、2手に分かれるのは有効だろう。

 特に反対意見は出なかったため、一行はチーム分けを済ませると、再び建物の探索に戻ることになった。


「あ〜あ、な〜んでこんなメンドくさいことやらされなきゃなんないの。」

「ホントにねぇ。さっさと帰らせてほしいもんだよ。」


 ギャル系女子と作業着の男のボヤキを聞きながら、雅史も心のなかでため息をつく。

 先の見えない中、手探りで事を進めるしか無いこの状況は、拭いきれない不安の影を心に落としていた。


「何かあったら、大声で助けを呼んでください。このぐらいの広さなら、本気で叫べばもう1方のチームに聞こえるでしょうから。」


 スーツの青年の言葉に頷くと、2組はそれぞれ部屋の出口へと足を踏み出した。

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