第三十三話 お買い物 一

 あれから数日かけてニアに特訓をほどこした。と言っても学ぶことの万分の一も学べていない状態だ。しかしニアには仕事があるから仕方ない。


 魔境にある館からルーカスの町へ帰りニアとボクは工房へ。

 ニアとボクは仕事に取り掛かり、ボクはすでに終わらせた。残念なことにニアはボクの外出までに仕事が終わらず今も仕事をこなしているところ。

 よって例にれずボクはバトラーを連れて自由時間を満喫まんきつしようとしているのだ。


「何か面白い事でも思いついたのですか? 」

「何故そう思うのかい? 」

「顔がにやけていますから」


 おっといけない。


「それにこんな大通りでそのようなはしたない顔をされては私、恥ずかしく感じます」

「それは君が執事服を着ていることも原因だと思うのだが? 」

「……無関係でしょう」


 人の注目を浴びながらボクとバトラーは町の大通りを行っている。

 白衣のボクと執事服のバトラー。

 この組み合わせを見て振り向かない者はいないだろう。

 実際かなりの視線を浴びているのは自覚している。

 しかしボクは白衣を脱ぐ気はないし、バトラーも執事服を脱ぐ気はないらしい。

 よってこの組み合わせが成り立っているわけである。


「さて……。食材は後だな」

「? 何か本でも買うのですか? 」

「いや違う」

「……シャルが本以外に興味を?! 」


 歩きながら呟くボクにバトラーが反応する。


「……その言い方じゃボクが本以外に興味を持つのが不自然なような言い方じゃないか」

「実際そうでは? 」

「バトラー君。ボクは君をそんなデリカシーのない神獣に育てた覚えはないよ」

「デリカシーが……何か関係しているので? 」

「ボクだって本以外に服や装飾品とかにも興味があったりはするさ」

「?! 」

「いや、そんな世界が終わるような表情をしなくても。本当に君というやつはデリカシーという単語が頭から抜けているね」


 やれやれ、と手と首を振りながら前に進む。

 確かにボクはあまり服や装飾品に興味はない。今回の用事も、所謂いわゆるおしゃれとは無関係だ。

 だからと言って女性に対してバトラーの反応はよろしくない。今からでも仕込み直す必要があるのだろうか? 一考いっこう余地よちはありそうだ。


「……良からぬことを考えていないでしょうか? 」

「どうしたのかね? 特に考えていないけれども……君は何か心当たりがあるのかい? 」

「い、いえ。特には。ただ寒気がしただけで」

「それを「心当たり」というのだよ、バトラー君」


 ななめ横から「はぁ」というため息交じり声を聞きながら更に商業区を進む。

 一度立ち止まり、バトラーも止まるのを感じ取る。

 右に左に見渡して、少し考え、口を開く。


「……はて、糸を取りあつかっているのはどのへんだろうか? 」

「何も知らずに歩いていたのですか? 」

「いやいやそうとも限らないぞ、バトラー君。先程の呟きだけで全てを推察すいさつするには浅慮せんりょが過ぎるというものだ。確かに迷いはしたがボクが無計画に移動していたわけではない。糸を取りあつかう店に行くのは初めてだが、服のような物を取りあつかっている場所へ行くと見つけることが可能だろうというボクの考察はあながち間違っていないと思わないかい? 」

「見苦しい言い訳は止してください」

「見苦しくなんてない。恐らくこっちであっている! 」

「……ここは大人しくパトリック商会に行ったらいいのでは? あそこは大きな商会です。どのような糸を求めているのかまでは分かりませんが、そこへ行くとあるのでは? 」


 おお、ナイスアイディアだ。バトラー。

 ではなく……。


「コホン。では行こうか、パトリック商会」

「はい」

「……で。どこだっけ? 」

「……あちらでございます」


 首を傾げて言うボクにバトラーが手で道先を差す。

 ……。反対方向じゃないか。

 通り過ぎているじゃないか。

 まぁいい。行こうか。


 こうしてボクとバトラーはパトリック商会へ向かった。


 ★


「ほぅ。やはりパトリック商会は中々に大きな商会だったか」

「……知らなかったので? 」

「ボクが興味のない事に無頓着とんちゃくなのは知っているだろ? 嫌味いやみか? 」


 はぁと溜息ためいきをつきながらも大きくそびえ立つ白い商会館を見上げた。

 白い建物なのに汚れがない。恐らく保護魔法をかけているのか、定期的に掃除をしているのか。


 魔力視マナ・サイト


 建物に多くの魔力を感じる。

 魔力感知である程度は分かったが魔法を発動し詳細を読み取る。

 ボクはいつも魔杖ロッド媒体ばいたいにして魔法を発動させている。魔法は複雑になるほど精密操作が難しくなるからで、その補助だ。

 しかし簡易的な魔法ならばいちいち魔杖を使わなくても発動できる。


 目をらし、よく視る。


 すると建物中に、複雑に魔導線ラインが走っているのがわかる。


「ふむ。なるほど。魔導線ラインが複雑にからみ合っているため巨大な魔力のかたまりのように感じたのか」

「……なに勝手に分析しているのですか」


 バトラーが少しにらみつけながらボクに言う。

 しかしボクにだって言い分はある。


「巨大な魔力のかたまり。何か罠のような物があったらいけないだろ? 」

「たかが商会にそのようなものはないと思いますが? 」

「相手が普通の商会ならばそうだろう。しかしここは大規模な商会。良からぬことを考えていると仮定するのならば、有り得ないことはない」

「確かにそうですが……。先日一商人としては信用が出来ると聞いた気がするのですが? 」

「それはパトリック君のみに当てはめている。もしかしたら他の従業員が何かやらかしているかもしれないし、注意するにしたことは無い。そもそもこれほどの魔力を伴っているんだ。魔力感知が出来る冒険者とかが通ると吃驚びっくりするんじゃないかな? 」

「従業員がやらかしているのなら商会の警備の者がこの膨大な魔力に警戒をするはずですが? 」

「……」

「……そろそろ誤魔化しがきつくなっているような気がしますが。結局の所何を張っているのかみてみたかっただけでは? 」

「……さぁ。中に入ろう」

「警戒はどうしたのですか」


 と、言うバトラーのあきれた声を聞きながら大きな扉を開けて中に入った。


 パトリック商会の中は広く、清潔感がただよっている。

 軽く周りを、上を見る。

 魔道具の照明しょうめいのようだ。それが一定間隔かんかく陳列ちんれつされたしならしている。


 少し歩く。

 香水の臭いがひどい。周りにいる、貴族と思しき女性達から臭っているようだ。

 ボクが見えない所でバトラーが不機嫌になっていることが予想されるね。

 っと、そのまま受付を探して見つけた。


「行くよ、バトラー」

「……外にいてもいいですか? 」

「何を言っている。ほら行くよ」


 振り返り、顔をしかめているバトラーの腕をとってそのまま受付へ向かった。

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