第二十三話 ニアとシルヴァ 二 シルヴァ

「一体何なんだ! あの女は! 」

「落ち着いてください。シルヴァさ……。コホン。シルヴァ」


 ルーカスの町の宿の一室。

 そこにはシルヴァとエラルドの姿があった。

 シルヴァは顔を赤めて怒りエラルドはそれをなだめようとする。


 机に対面になって座り、シルヴァの顔をうかがいながらエラルドはあの時の事を思い出した。


 (カーヴ工房と言えば確か魔技師カーヴが経営していた工房。カーヴは死んだと聞いていたのだが後継者がいたのか? )


 がらにもなく怒り狂う護衛対象を見ながら、あの小さな工房主を思い出す。


 (それにあの過剰戦力。どう見ても普通じゃない。普通じゃ……あ)


 エラルドは面子めんつを見て、思い出した。

 狼獣人の男とカーヴ工房の女性に気を取られていたがもう一人、影に隠れていた人物を。

 同時に冷や汗を流す。


 (まずい。機嫌をそこねたか? いや、そんな雰囲気では……)


 エラルド達を少し面白そうに見えていたエルフの女性を思い出し、机にひじをつき口元と隠すようにして主人の息子の方を見た。

 イライラが収まらないのだろう。聞いたことの無いような言葉を並べる彼に一言問う。


「シルヴァ。ニアという者の隣にいた女性なのですが」

「あ“あ”? そんなやついたか?! 」


 それを聞きエラルドはシルヴァが彼女——『森の破風』シャルロッテ・エルシャリアの存在に気付いていないと知る。

 隠した口元を少しゆがめながらも少し考える。


 (たしてシャルロッテ様の事を話していいのだろうか? 色々な意味で)


 『森の破風』シャルロッテ・エルシャリアと言えば大陸に存在する数少ないSランク冒険者だ。よって冒険者として彼らの上司に当たる存在。ならば先ほどの行為に関して全面的にこちらが悪い、と頭を下げに行かなければならない。もしあれがあちらの不手際てぎわであろうとも。それほどに『差』なのだ。


 が、同時にあの様子を思い出す。


 (あれは私達のやり取りを楽しんでいる様子だった。興覚きょうざめさせるのも……。それにシルヴァ様の怒りようを考えると)


 目の前の憤怒に燃える令息を見る。

 学園アカデミーに通っていた間は分からないがこれほどに感情的になっているシルヴァを見たことがないエラルド。

 彼はその事に軽く動揺どうようしている。

 何が彼をそこまで駆り立てているのかわからないからだ。


 (貴族としての誇りを傷つけられたから? 冒険者業をさまたげられたから? いやどれも違う気がするな。今までにそういったことはあったが激情げきじょうにかられるようなことはなかった。冒険者になったからか? )


 幾つもの考えが頭をよぎるがどれも答えにいたらない。

 口元を隠した状態のまま軽く息を吐き、少しシルヴァに聞いてみる。


「あ~、にしてもおかしな組み合わせでしたね」

「本当にだ! 執事服を着た冒険者に失礼な女というな! 」

「もう一人いたの、気付いてませんか? 」

「なに? 」


 くわっ! と目を開きエラルドを注視ちゅうしした。

 が、それに動じることもなくエラルドは説明をする。


「恐らくですね。Sランク冒険者の方だと」

「そんな奴がいたのか?! 」


 驚きを隠せない様子でエラルドを見るシルヴァ。


 (これは知らなかったようだな。確かに見たことのない人物をSランク冒険者と判別はんべつするのは無理があるのは確かだが。私もこの前会ってなければわからなかった)


 エラルドがそう考えていると安っぽい机から軽く振動が伝わる。

 目線を戻すとシルヴァがプルプルと震えているようだ。

 あこがれのSランク冒険者と話せたチャンスを逃したのをくやしがっているのか、と思うも顔が赤くなっている。


尚更なおさらあの失礼女は許せん!!! 」


 ドン! と机を叩き怒りを爆発させた。

 エラルドもシルヴァのこの行動は予想外だったようで、軽くほうけている。


「あの失礼女! 冒険者でありながら強者にぬくぬくと護られながら仕事だと?! ふざけるな! 冒険者をめているのか! 」


 ここにきてシルヴァのこの一連の激情の理由について、エラルドの脳裏のうりに一つの可能性がよぎった。


 (彼女に『もしも』の自分をかさねているのだろうか? )


 元々シルヴァは貴族子息であるという理由から過保護にも思える育ち方をしている。

 加えるのならば剣に魔法のさいにもめぐまれた。

 剣は一流の領域に入り、魔法も平均以上だ。そんな中彼が傲慢ごうまんにならなかったのはひとえに上には上がいると良く知っているからで、加えて今までストイックに育ってきたからだ。

 それは全て冒険者になるために。


 だからだろう。同じように――本当の所はシルヴァは知らないが――ぬくぬくと育ちながら努力をせずに冒険者をやっている彼女に苛立いらだっているのかもしれないと考えるエラルド。


 怒りを抑えないシルヴァを前にエラルドはふとあることに気が付く。


 (あのニアと名乗った少女。本当に冒険者なのか? )


 Sランク冒険者の弟子、という可能性もあるがそれにしては弱々しかった。

 エラルド達に向かってきた豪胆ごうたんさは確かに相当そうとうなものであった。

 普通の、それこそ町の女の子ならば――例え冒険者の恰好をしていたとしても――二人には近づかないだろう。

 にもかかわらず、近寄り、啖呵たんかを切った。

 胆力たんりょくはすごいが特に何かにすぐれているような雰囲気ではなかった。

 魔法使いのローブや魔杖ロッドを手に持っていたが使い慣れていない様子。

 魔法使いとしてパーティーに加わっているというよりかは護身のためにそうしている雰囲気だ。


 (……これは一度確かめに行った方がぶなんだろうか。下手へたにルーカス子爵家とめるようなことに発展しかねない。Sランク冒険者とのめ事なんて不利益しかない。ならば……彼女は確かカーヴ工房の工房主と言っていたな)


 と、思いいたり組んでいた手を崩してシルヴァを直視ちょくしする。


「……私はこれからカーヴ工房に行ってみようと思います」

「あ“? あの女の所にか? 」


 不審ふしんそうにシルヴァがエラルドを見る。

 すると何かに気付いたような表情をし、突然震えだす。


「ま、まさかエラルド……。お前」

「? 」

「幼女趣味があったのかっ!!! 」

「違います!!! 」


 全力で否定した。

 確かにニアは背が小さく弱々しい。見方みかたを変えれば保護欲を誘うように小動物感がある。

 何も説明せずにその『弱々しいニア』の元へ行くというのならシルヴァの誤解もうなずける。

 そんな護衛対象をあきれた目で見て誤解を解く。


先方せんぽうに謝罪と……依頼ですよ」

「確かに、知らないとはいえSランク冒険者に失礼を働いてしまった。謝罪は分かるが……依頼? 」


 シルヴァがそう言うと軽く頷くエラルド。

 そのまま壁際かべぎわに置いてある長剣ロングソードの方を向き一言。


「この長剣ロングソード点検てんけんを依頼しようかと」

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