第二十話 ニアの訓練

「……? 今日はシチューか」

「いい匂いですね。バトラーさん、料理がお上手なのですね。神獣なのに」

「神獣は関係ないと思うのだけれども、まぁ上手なのは確かだ」


 早めに仕事を終わらせたボクとニアは作業台をはさんで顔を合わせていた。

 ギギギ、と椅子に体重を乗せながら肩を回す。

 軽くコリを取ったところでこの錬金液れんきんえき臭い部屋にいい匂いがただよってきた。


「それにしてもバトラーさんは良くこの工房の調理場を知っていましたね? 」

「ん? 確かに」


 ニアが不思議そうに黒い瞳をこちらに向けて聞いて来た。

 そう言われれば、と思っているとふと答えに行きついた。


「ああ。前、つまりボクやバトラーが工房に出入りしていた時、調理場を使っていたな。その時のことを覚えているんだろう」

「なるほど」

「しかし……食材はどうしたんだ? ニアはシチューに使える食材を買っていたのかい? 」

「い、いえ。無かったと思います」


 そう考えていると扉からノックの音が。

 軽く後ろを振り向き答える。


「シャル、ニア殿。料理が出来ました」


「後で聞いてみたらいいか」

「そ、そうですね」


 バトラーの声掛けに応じてボクとニアは顔を合わせて食事を取りに行った。


 食事を終え、軽くナプキンで口元くちもと余韻よいんひたる。

 うむ。ボクは満足だ。


「……なんか師匠お貴族様みたい」

「ん? ああ、確かにボクは元貴族子女だからね。見直したかい? ニア」

「……え? 」

「と、言ってももうこの世界に存在しない国の貴族家だが……」

「シャル」


 おっと話過ぎたようだ。バトラーが少し心配そうにこちらを見ている。

 もう割り切った、とは言いがたいが気にされるのも違う気がする。

 明るい空気から少し重くなっている。


「まぁそんなことよりもバトラー。君はいつの間にシチューの食材を手に入れていたのかい? 」

「先日少し市場いちばへ向かった所少々食材が安く売られておりましたので、その時に」

「なるほど。差しめ周辺各国で野菜類が豊作ほうさくだったのか、はたまた乳牛にゅうぎゅうが元気なのか」

「あまりそのような話は聞きませんが」

「これに技術革新かくしんのようなものが関わっていると少し面白いのだがね。技術にしろ、文化にしろ、停滞ていたい衰退すいたいと同義。カルボ王国がいい例だ。文化革新かくしんが起こった影響で存在感が薄かった国があれだけの成長をげたんだ。この国でも何か起きると、期待しているのだが」


 そう言いつつ軽くニアを見る。

 意図いとさっしていないようで小首こくびかしげるが、まぁ今はまだ成長段階。いつ突拍子とっぴょうしもない変貌へんぼうげるか期待しておこう。


 ふぅ、と軽く息を吐き目の前にある自家製クッキーをかじりニアを強めに見る。


「さて、ニア。君にはやらなければならない事がある」

「仕事ですか? 」

「確かに仕事は大切だがもっと大切なことだ」


 ニアはわからない様子で首を傾げた。


「それは」

「それは? 」

「体力づくりだ」

「体力づくり? 」


 言葉を反芻はんすうするニアに肯定こうていする。


「つい最近過労かろうで倒れたばかりじゃないか」

「ううう……。確かにそうです」

「仕事も大事だが今はそれ以上に体力づくりが大事だ。あの様子だと差しめ今まであまり運動をしていなかったのではないかな? 」

「……はい」

「実際問題人気の魔技師となればあれ以上の依頼を毎日こなさなくてはならなくなる」


 ひぃ、と軽く悲鳴が聞こえたが無視だ。


「故にまずは基礎体力作りをしなければならない、ということだ」

「ぐ、具体的には何を……」


 軽く笑顔を作る。


「なぁに簡単なことだ……。時としてニアは錬金液が何で作られるか知っているかい? 」

「れ、錬金液ですか? 薬草と鉱石と……」

「ああ、そうだ。そしてその原材料は――魔技師達は買っているからあまり知らないだろうけれど――わりと山や森に自生じせいしているわけで」


 何が言いたいのか理解したのだろう。顔を引きらせている。


「山登りのついでだ。錬金液の材料を採りに行き、作ろうじゃないか」

「ですよねぇ……」


 軽く絶望したような表情をするニアを見つつ、ボクは席を立った。


「そう言えば私は冒険者登録をしなくてもいいのですか? 」

「ん? ニアは冒険者になりたいのかい? 」


 山へ行くため作業服から魔法使い風のローブや靴などに履き替えているとニアがそう言った。


「いえ、冒険者になりたいのではないのですがこういうのって冒険者になってからやるのが普通なんじゃないのですか? 」


 見上げながらそう言うが……。あぁ、なるほど。冒険者という職業を少し誤解しているようだ。


「ふむ。少し説明しておこうか」


 少し真剣な表情を向けてくる。


「冒険者というのは依頼を受け、それをこなすことを生業なりわいにしている者達のことだ。そこでニアに質問だ。君は何を生業なりわいにしている? 」

「魔技師です」

「そう。故に冒険者になる必要はない。元より山に生える植物や鉱物を採ってはいけないという法律はなく、領主の個人的な資産でなければとがめられんだろう」


 まぁそこらを縄張なわばりにするやからもいるがね、と付け加えてローブを羽織はおる。

 ニアは理解したのか深くうなずき同じようにローブを羽織はおった。


「で、どこに行くんですか? 」

「いきなりきつい所は止めておこう。体力の問題もある。徐々に慣れればいい」


 服を着終えてニアを見た。


「最初は軽く東の森だ」


 その顔が、引くついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る