第十八話 技術者として、経営者として

「おや。もう目が覚めたのかい? 」

「ご、ご心配をおかけしました」


 がばっと勢い良く頭を下げるニア。

 勢いあまってか軽く振らついた。

 あわてて近寄り小さく華奢きゃしゃな体をささえる。


「こら。まだ本調子ではないのだから激しい動きはやめておいた方が良いと、ボクは思うがね」

「す、すみません」

「ま、徐々に慣れて行けばいいさ」

過労かろうで倒れることは何もじることはありません。シャルも何てつもしていつの間にか倒れていることはよくありますから」


 後ろから刺々とげとげしい声が聞こえる。

 全く失礼な奴だ。

 ボクの場合は体力が無くて倒れているわけではない。集中しすぎていつの間にか寝ているだけだ。訂正ていせいを求める。


 ニアをささえたままソファーに座らせその対面に腰を下ろす。

 ニアは不安そうにこちらを見ているが……まぁさっきの話を聞いていたのだろう。


さきんじて言っておくのならばボクの給金なんてあまり考えなくていい」

「で、でも師匠はすごい人で」

「ああ、そうだ。普通ならそれこそ工房がいくつも建つくらいの給金を毎月払わなければならない程にね」


 泣きそうな顔で下を向く。

 そんな顔をしないでくれ。ボクはニアをいじめるために言っているわけではないのだから。


「だがさいわいにして今回はSランク冒険者として雇われているわけでもないし、なにより魔技師としてはとうの昔に名誉職になっている。とりわけ高い給金を払わなくてもいいのだよ」


 他の魔技師はわからないけれど、と付け加え説明。

 だがどこか納得がいっていないのかうつむいたままだ。


「し、しかし雇う以上は」

「そうだね。だから普通の魔技師、つまりはカーヴが弟子に払っていたくらいの給金を払えばいいと思うのだがね。バトラー君」

「バトラーではありません。ソチメデス、いえバトラーであってます」


 コホン、と軽く咳払せきばらいをして後ろから声が聞こえる。


「給金についてはシャルの言う通りでよろしいかと。加えるならば給金とは仕事に対する対価たいか。確かにシャルをかかえることで得られる恩恵おんけいは大きなものになりますが、働いていないシャルに高い給金を払うのもいかがかと思いますが」

「おいおい、バトラー。ボクは用事があってこの町に来ていないだけだろ? 」

「魔境引きこもりエルフが何を言っているのですか? 」


 あきれながらそう言うバトラーに食い下がるも正論過ぎて何も言えない。

 しかし悪意としか聞こえない言い回しだ。

 これは後からもふもふ地獄の刑にしょする必要があるね。


「……『魔技師』ニアと『経営者』ニア」

「!!! 」

「どちらを優先ゆうせんすべきかは君にまかすが一応君はボクの弟子であるということを忘れてないかね? 」


 何が言いたいのかわからない様子でコテリと首をかしげる。


「確かに給金は必要だ。それは部下を持つ経営者として普通の感覚で、特に技術者の場合はその技術に見合った給金を払わなければならないと考えるのはもっともだろう。しかし君は経営者である同時に技術者でもある」


 一呼吸置いて口角を上げながら更に言う。


「確かにボクは高位の技術者だ。だが君の師でもある。さいわいなことにボクは自分でかせげるし、そこまで金に困っていない。だから不要なのだよ。過剰な給金は」


 そしてニアを見た。

 ボクが何を言いたいのかやっと伝わったようだ。

 ニアは立ち上がり、拳をにぎる。


「わ、私! 師匠のお給料の事を考えすぎて何も見えてなかったようです」

「そうだとも」

「なので師匠のお給料をカットしてでも頑張ります」


 いやカットするのは、と思うもやる気を出しているので何も言わない。

 ま、最低限で良いし、そう言ったのはボクだ。

 カット、というよりかは普通の技術者の給料にするのだろう。

 しかしこれからが大変だ。


「じゃ、ニア。仕事をしようか」

「はい!!! 」


 今日の所はカーヴ工房に泊り仕事をした。

 久しぶりに他人と仕事というものをしたが、これはこれで充実じゅうじつしたと言えるだろう。


 ★


「深く眠っていますね」

「きっと今までりつめていたんだろう」


 フェンリル姿を取ったバトラーに背もたれしながらソファーで眠るニアを見た。

 体を上にしているせいか呼吸をするたびにお腹が上下している。

 本当によく眠っている。


「……襲うなよ? 」

「襲いませんよ。私を何だと思っているのですか」

「口の悪い粗暴そぼうなフェンリル」

「……ひどい言われようです」


 床でひざを折って座るバトラーは軽く頭を下げる。

 このからかい甲斐がいのある奴め、とツンツンと体をつついてみる。

 それがこそばゆいのか軽く体を丸めた。


「っと、ボクは一杯やらせてもらうよ」

「……仕事をしたというのにお酒ですか? 」

「何を言う。仕事をした後の一杯がいいんだろ? 」


 あきれる狼を放置してソファーへ行き机の前に陣取じんどり自分のアイテムバックからワインを一本、グラスを二つ置く。

 いつの間にか狼獣人の姿を取ったバトラーが横に立ちそれぞれにそそいでいった。


「……最終的に君も飲むんじゃないか、バトラー君」

「いいじゃないですか。フェンリルが飲んでも」

「悪いとは言っていない。しかし、ならばボクの飲酒を否定するのは止めたまえ」

「そうはいきません。貴方と飲むのはわずかな楽しみの一つですので」


 優雅ゆうがに飲み、いつの間にかびんを半分くらい開けていた。

 よくよく考えればワインを飲むフェンリルというのも珍しいのではないだろうか?

 

「それでこれからどうするおつもりで? 」

「どうする、とは? 」

「ニアさんの事です」


 軽くグラスの中のワインを回して、口をつけるバトラー。


「貴方の事です。何かとんでもない事を考えているのでは? 」

「……ひどい同居人だ。否定はしないが」


 くくっと笑いながらほんのりと顔を赤くするバトラーを見る。

 否定しなかったせいか軽く顔をニアに向け彼は同情の顔を作った。


「なに、とんでもないとはいえそんなに無茶難題でもなければとりわけ非常識なことでもない。ただ……」

「ただ? 」

「体力づくりをするだけだ。何をどうするにせよこれからの事を考えるのならば体力はあった方が良いだろう? 」

「確かにそうですが……。やり過ぎないでくださいよ? 」

「分かってるって。しかしそんなにニアの事が気になるかい? いちゃうなぁ」

「気になるのではなく、私同様貴方に振り回されることになる彼女に同情しているだけです」

「それを「気になる」というのだよ。バトラー君」


 ワインを数本あけながら談笑だんしょうする。

 結局の所、持ってきたワインが無くなるまで飲みあかした。

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