第48話 ゴブリンの巣を奇襲する。
東の山から日が差し込むと断崖の上からゴブリンの巣を見下ろして、姉さんは宣戦布告をした。
まるで神が下界の者どもに宣誓するような光景だ。
『人の血を吸う醜い浮世の鬼よ。その不埒な悪行三昧もここまでと知れ。女の敵ゴブリンよ。私は汝らの悪事は許されない。私のア~ルがいる限り、お前らの安息に日はない。大人しく成敗されるがよい』
透き通った声が500m先のゴブリンらまで届いたのではないかと冷や汗を掻く。
折角、朝日を背にした奇襲を掛ける為に早朝から来たのに敵が攻めて来たら大無しだ。
それに台詞が妙に時代劇っぽい。
担当官さんの悪い影響だ。
俺の日課を邪魔させない為に、姉さんらに絵本の代わりに時代劇小説の朗読を聞かせていた所為だろうな?
時代劇マニアっぽい異世界先輩の遺産だった。
そのうち、姉さんが『
それはともかく。
あの日から5日後、俺達は川で魚を捕る罠を作っていると嘘を言って何度も城外に出て、家の地下倉庫に寝かせていた大量の油壺を運んだ。
売る事もできずに倉庫の肥やしとなっていた油だ。
油菓子を作る計画が頓挫して、余った儘なのだ。
露天で油菓子は売れなかった。
フライドポテトですら採算が合わず、買って貰えない。
1袋で銅貨2枚だよ。
人件費をあるから、もうそれ以上は下げられない。
貧困層はマジで貧しい。
客層を見れば、商店街に移動しないと無理なのだ。
だが、商店街はどこも油協会の店から油を買っており、喧嘩を売るような事はしてくれない。
終わった。
折角、酸化しないように蓋と壺を完全に繋いで密封したのに、山積みになるだけであった。
どうせタダだ。
ぐずん、全然悔しくないぞ。
障害となる断崖は
あのドブ攫いで慣れているので下の兄も手慣れたモノだった。
ゴブリンの巣から500mほど離れた断崖の上に落とし穴を掘って、その中に油壺を隠した。
「アル。油が無くなったら俺達の唐揚げが食えなくなるぞ」
「事務所の地下にもありますから大丈夫です」
「本当か!?」
「もし全部無くなっても明日から作って行けばいいだけです」
昨日もシスターは奉仕と言って油絞りをやっている。
最近、サボっているので油かすが積み上げられており、それを絞れば油が取れる。
何の問題もない。
余っていた油壺の大処分セールだ。
俺としては事務所の地下の油壺も運びたかった。
だが、無理となった。
昨日、薬草をギルドに持って行った。
クエスト『薬草摘み』を更新する為だ。
持って行ったのは普通の畑で栽培している薬草だ。
城壁内の森で採った事にした。
実際、薬師に直接持って行った方が高値で買ってくる。
少し損だが、クエスト更新に必要だった。
ギルドが妙にそわそわしていた。
「ギルド長が重い腰を上げて、軍団長に頭を下げに行ったのよ」
「軍団長にですか?」
「やっと領軍が動いてくれるわ。ゴブリンの死体運びに
「なるほど、仕事が増えるのですね。判りました」
「アル君は外に出ちゃ駄目だからね」
担当に釘を刺された。
一昨日、引き上げてくる冒険者の顔が暗かったので苦戦していたのだろう。
それを打開する為にギルド長も動かない訳にいかなかった。
下の兄は純粋に喜んだ。
「良かったじゃないか」
「これで一進一退が終わり、ゴブリンも退治されます」
「俺達はお役御免だな」
「それは駄目よ。私らで退治するのよ」
「アネィ。もういいだろう」
「あの冒険者の敵を討つのよ」
「と・・・・・・・・・・・・姉さんが申しております」
「もう大人に任せようぜ。俺達は頑張った」
「頑張って、まだ油壺を運んだだけじゃない」
俺の作戦は単純だ。
ゴブリンは燃えやすいので火攻めする。
幸い、余っている油壺が山ほどあった。
ぐすん。
ありったけの油を空から降らせて、ゴブリンの巣一帯を火の海にするのだ。
『マッチ一本、火事の元』作戦だ。
周辺のゴブリン共を一掃し、洞窟にも油壺を投げ込んで一酸化炭素中毒で絶滅させる。
苗床を潰せば、増援が止まる。
後は、上位種を駆除が出来れば、俺達の勝ちだ。
雑魚は討伐隊が駆逐してくれる。
決行は安息日の早朝と決めた。
つまり、今日だ。
日も出ない暗い内から最後の油壺を背負って川沿いを上り、爆撃地点で準備を終えると姉さんが宣戦布告をしてしまったのだ。
昇る太陽を背にして奇襲攻撃を仕掛けるつもりだったのに・・・・・・・・・・・・どうやらゴブリン共に気付かれたようだ。
姉さんの声は通り過ぎる。
「発射準備完了。壺を投入して下さい」
「まぁかせなさい。シュタも本気で働きなさい」
「もうやっている」
ゴブリンの数が日に日に増えて3,000匹はいるのではないだろうか?
ゴブリンがゴブリンを食って増殖していた。
うじょうじょと動くゴキブリのようで気持ちが悪くなった。
巣の周辺の草も葉も木の皮も食い尽くして、緑が無くなり森の色も変わった。
後々の事を考えれば、下策だ。
食料を食い尽くせば、そこに居られない。
だが、討伐される訳にも行かない。
ゴブリンも戦時体制という奴だろう。
一方、領軍が動くとゴブリン退治が終わるまで城門が閉められて俺達が外に出られなくなる。
外ではゴブリン共と領軍の死闘が起る。
負けるとは思わないが、かなりの被害が予想される。
領軍に優秀な軍師がいれば、良いのだが俺は領軍の事を知らない。
そもそも姉さんも止まらない。
という訳で、本日の決行を決めた。
姉さんが加速陣に油壺を放り込んだ。
油壺は8陣で加速されて時速184.32kmで撃ち出され、大きな弧を描いてLの字の端に着弾した。
ピッチングマシーンに玉を放り込むお手軽さだ。
バシューン!
撃ち出された油壺が最高点を超えて落下して行く。
落下するとパシャンと壺が割れて、周囲に油が飛散する。
誤差1m以内で射角問題なし。
次々と放り込まれた油壺にゴブリン共は大慌てだ。
想定外が1つあった。
加速陣は大きさによって使用する魔力が変わってくる。
それは良いのだが加速陣を維持するだけで魔力がドンドンと削られる。
魔力減りが予想より早い。
もう半分を切った感覚が襲って来た。
8枚目の加速陣を微調整して着弾地点を変えているが、調整する度に魔力を使う。
油壺の数が減って助かった。
あと3割増しだと魔力が枯渇したかも知れない。
まず、砦の外周部に落とし、それから砦の内部に油壺を落とした。
最後に洞窟へ向かって投げ入れる。
油壺がマシンガンのように撃ち出され、油壺を頭に直撃されて倒れた馬鹿もいた。
ゴブリン共は盾などを持ち出して防ぐようになった。
壺攻撃に対応して来た訳だ。
「なぁ、アル。どうしてゴブリンは群れになると強くなるんだ?」
「ゴブリンの個体スキル『共感』があるからです」
「共感?」
「人族のスキル名で言うと言葉を使わずに互いの心から心に思いを伝える『
「戦う毎に?」
「倒された情景を他のゴブリンが共感して覚えて帰ります。ですから、次からその対策を考えてくる」
「ゴブリンは賢いのか?」
「ゴブリンは一匹なら馬鹿だと思いますが、進化種は知恵があります。そして、この進化種は他のゴブリンを操る事ができます。つまり、ゴブリンは群れで一匹の魔物だと思った方がいいですね」
「厄介な奴だな」
「大丈夫よ。ウチのア~ルがいるモノ」
姉さんの自信はどこから来るのだろうか?
もう油壺が足りなくなった。
予定を早めて洞窟の中に油壺を投げ込んで行く。
洞窟は固い花崗岩に挟まれて出来ており、ほぼ真っ直ぐに伸びている。
切れ目の上部から油壺を放り込めば、かなり奥まで届くハズだ。
最後の油壺を撃ち出した。
仕事が終わった姉さんと下の兄が断崖から顔を出した。
「
「怒っているな」
「こっちを指差しているわよ」
「デカイし、俺は絶対にアイツと対峙したくない」
「私は戦って見たいわ」
「却下です」
もう魔力がギリギリだ。
姉さんが下に降りられたら援護のしようがない。
こちらの攻撃が終わったと思ったのか?
ゴブリン共の敵意がこちらに向いた。
だが、ほぼ直角の断崖を登るのは簡単ではない。
「巣の裏を迂回して、こちらに向かうようにゴブリン共を指図した気がするわ」
「俺にもそう見えました」
ゴブリンの巣の裏側は何かが押し潰されたように岩が崩れており、
降りるのは簡単だが、登るのは辛い。
だが、登れなくもない。
500匹以上の団体さんが移動を開始する。
「おぉ、どうするんだ」
「どうもしません。予定通りです」
俺が手を翳して火の魔法を起動した。
『
断崖が一部崩れたLの字の端から周辺の五ヶ所に火の矢を放った。
飛び散った油に引火して周辺の火が走る。
こちらを襲おうと砦を出た500匹の緑のローソクにも火が付いた。
巨大なキャンプファイヤーの始まりだ。
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