第42話 トンカツソースレシピの値段

き、金貨2枚。

レシピの閲覧だけで銀貨1枚を支払ったのにも驚き、その数の多さにも呆れた。

狙っていた『トンカツソース』だけで数十種類だ。


「買うならば、こちらのレドモンド改修版が良いと思います」

「レドモンドって?」

「この町の領主の料理長の名前です」


新しいレシピが出ると各領主の料理長が買って地元で買える食材で再現した料理レシピを公開する。

これは国への貢献度を競うのと同時に、我が領地ではこんな素晴らしい料理長を抱えていると自慢し合うそうだ。

だから、どんなクズレシピでも売れる。


「こちらのミリフォ改修は実家の家名です」

「担当官さんの実家は凄い料理人なのですね」

「いいえ、違います。アル君の料理をこちらで再現する為に私が頼みました」

「担当官さんが?」


担当官さんは実家の宿屋に俺が書いたレシピを流し、地元の食材を使ったレシピに改修して貰っていた。

要するに、担当官さんはレシピを実家に安値で売り、こちらの食材に改修されたレシピをさらに行政府に売って小銭を稼いでいたそうだ。

これが俺のわら半紙とインクの代金が原資だった。


「愛好会に異世界の小説を紹介すると紹介料が入るのよ。でも、いつ入るか判らない紹介料を待っていると我が家が破産するのよね」

「すると、まだお金が入ってくるんですか?」

「マリア様が承認されたので今年中に振り込まれるそうよ。以後、必要経費はすべて出して貰えます」


紹介料と必要経費が戻ってくるそうだ。

実家と愛好会からの二重取り。

担当官さんはちゃっかりさんであった。


さて、この料理レシピには値段が書かれていなかった。

大貴族に抱えられた料理人が買うので金を惜しむ事なく使ってくる。

その料理レシピが幾らするかはまったく判らないのだ。


「母も買いたいと言っていますが、幾ら掛かるか判らないモノに金は出せないそうです。アル君に期待です」

「俺はモルモットですか」


元のレシピと改修版は同じ値段だ。

ならば、地元の料理長の改修版を買えば、研究する手間が省ける。

俺はレドモンド改修版『トンカツソース』を選んだ。

預託金の金貨3枚以内ならば、問題なく運ばれてくるらしい。

そして、俺はその金額を見て驚いた。


芋6個が買える銅貨1枚を100円と考えると、銀貨1枚は1万円だ。

その銀貨300枚で金貨1枚にな・・・・・・・・・・・・る。

手が震えた。

阿呆か、レシピ1枚で金貨2枚 (600万円)って何だよ。


「母さん、買わなくて正解だわ」

「担当官さん。この金額可怪しくありませんか?」

「領主様が買われる訳だから、安い過ぎるモノも問題なのでしょうね」


もちろん、返品リコールなどできない。

俺の金貨2枚が溶けて消えた。

こんな紙2枚が金貨2枚もするのだ。


「アル君。早くしないと閲覧時間が終わりますよ」

「そうでした。担当官さんはこちらを写して下さい。俺はこっちを写します」


閲覧品は写本を頼む事ができる。

必要経費として、1枚に付き、銀貨5枚で引き受けてくれる。

小説の場合は枚数が200枚を超える。

閲覧料の金貨数枚と写本代で小金貨10枚以上が掛かる事になるのか?


「それは違います」

「どう違うんですか?」

「論文や小説の閲覧料は小金貨1枚です。保管庫の管理費以上は取られません」


写本代は一緒らしいが、小説の購入費は併せても金貨1枚に届く事はない。

料理レシピが異常に高いのだ。

その代わりに手に入れる時間が掛からない。

小説ならば、王都の注文を出して届くまでに半年以上も掛かる事があるらしい。

なるほど、判った気がする。


「アル君。小説も各城壁町に配布されるべきだと思いませんか?」

「そうなると、閲覧料が金貨1枚とか言われそうですね」

「それは困ります」


管理費を最初から上乗せしているので料理レシピのみ高いようだ。

もちろん、写本は自分でする。

これ以上の出費は馬鹿らしい。

写すモノを写して、俺は閲覧保管庫を出た。


「アル君。このレシピを写してもいいかな?」

「別に構いませんが、少しくらいは代金を払って下さい」

「う~ん、そうね」


担当官さんはこの『トンカツソース』と『トンカツ』の両レシピを実家に売って、小金貨10枚くらいを稼いでくると言ってくれた。

それから数日後、トンカツのレシピを持っていた実家は買い取りを拒否したそうだ。


「ほらぁ、アル君がくれたフライ料理のレシピと同じだって」

「同じですね」

「こんな代わり映えしないモノを買えないよと断られたのよ」


そりゃそうだ。

フライ、天ぷら、唐揚げには微妙な違いがあるが、トンカツもフライ料理の1つだ。

俺だって菜種油を手に入れた時にトンカツを食べたかった。

しかし、肉なんて手に入らないので芋フライでも我慢したのだ。


「今回の話をしたら『そりゃ、大変だったね』と言って、小金貨5枚の所を7枚も出してくれたわ」

「ありがとうございます」

「それとコレ


両手で持てるくらいの壺を渡してくれた。

蓋を開けると、ソースの良い香りが上がってくる。

トンカツソースだ。


「試しに使った試供品だそうよ。コレが欲しかったのでしょう」

「ありがとうござす」

「無くなったら、今度から定価で売ってくれるそうよ」


担当官さんが人差し指を立てて少し可愛らしいポーズを取って微笑んだ。

俺もにぱぁと頬が緩む。

助かった。

レシピの材料を見て、こんな沢山の香辛料が買えないと半分諦めていた。

トンカツソースをGETゲットだぜ。


実家の宿屋は、領主様の料理長が考案したソースと言って料理を出すそうだ。

つまり、貴族様と同じ料理といううたい文句だ。

親父と上の兄は無言でガツガツと食べて行く。


「貴方、沢山作ったからゆっくり食べていいのよ。ウェア、よく噛んで食べなさい。」

「ア~ル。これ美味しいよ」

「アル。出来した」

「そうでしょう。そうでしょう。このソースでトンカツが10倍美味くなります」


豚じゃなく、ボアですけどね。

母さんも美味しいと喜んでくれたが、苦労した甲斐があった。

そして、これを手に入れる経緯を話すと、「き、金貨・・・・・・・・・・・・2枚」と言って目を回して倒れた。

気が付くと、母さんが俺の頭を撫でてくれる。

凄く苦々しい笑顔を向けて言う。


「子は親に似ると言うけれど。アルはやっぱりシュドの子なのね」


シュドとは親父の名だ。

えっ、俺と親父が似ているって?

不本意だ。

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