第32話 平和な農作業
エクシティウムはかなり北のある辺境の城壁町らしい。
西と北に壁のような高い山々が立ち塞がり、東に魔の森が広がり、北に邪神を封じた極悪な土地が山地に隔たれて存在する。
こんな最悪の土地に城壁町を造ったのは、東と西を結ぶ交易の中間点だからだ。
東と西を結ぶ道は、王都にある中央道とエクシティウムを通る北街道の二つしかない。
この城壁町の名前の元となっているエクシティウム川には魔物が住んでいない。
少なくとも上流から中流に掛けてまったく出ない。
そして、都合が良い事に一年を通して西風が吹き、その風で川を遡り、帰りは川の流れで下って行ける。
道中の半分を川船で安全に運べるという交易の長所があった。
こうして、東西の中継地としているエクシティウムは、かなり物資が豊かだ。
だがしかし、物価が異常に高い。
庶民以下の下層民である我が家には無縁の世界だった。
「担当官さん、てんさいと言う植物を知りませんか?」
「天才?」
「アブラナ科の太った大根のような奴で
「砂糖!? 砂糖は高いのよ」
「だから、自分で作ろうかと考えています」
「又、そんな無茶な事を・・・・・・・・・・・・」
「それ以前にてんさいがないと作れません。サトウキビでは冬を越せないので無理です」
「聞いた事はないけど、探しておくわ」
「お願いします」
魔術士に『最後の晩餐』などと言われてから2ヶ月が過ぎて夏になった。
このエクシティウムの夏は山からの吹き下ろしでフェーン現象が起って猛暑が続き、冬は雪こそ余り降らないが川が凍るほどに寒さが厳しい。
今年は曇りの日が多く、涼しく感じて過ごしやすい。
その西風の日も少ない気もする。
五月の中旬を過ぎれば、少しずつ涼しくなってくる。
「5月中旬には、また魔術士が来るんですね」
「あははは、恐らくそうね。来ないでくれると助かるわ」
「そこには同感します」
俺と担当官さんは奇妙な共感が生まれていた。
担当官さんは久しぶりに畑の視察にやって来ていたが、先ほどから奇妙な顔付きで俺と畑を見ている。
子供らは茄子っぽい野菜とオクラっぽい野菜の収穫をしている。
きゅうりか瓜なのか、よく判らない野菜も収穫時期が近づいており、下の兄が丁寧に雑草を引き抜いていた。
瓜っぽい野菜は甘い果実のような味がするので下の兄が楽しみにしている。
姉さんは上の兄の強襲を警戒しながら子供らの陣頭指揮に大忙しだ。
俺っ?
俺はヤンキ座りで腰掛けて地面に手を付けてじっとしている。
担当官さんのねっとりとした目付きが気持ち悪い。
「言いたい事があるなら聞いて下さい」
「敢えて聞くけど・・・・・・・・・・・・どうして豊作なの?」
「大事に育てました」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・農家は不作で悩んでいるわよ」
「日照不足ですね。曇りの日が多いですから」
「でも、この畑は元気そうだわ」
「詳しく言えば、大気中の窒素から硫酸アンモニウムを取り出し、微生物を使って肥料を作っています」
「肥料ね。町では浄化槽の汚泥を土に埋め直して、有機肥料を毎年作って農家に使わせているわ」
「有機農法ですか、近代的ですね。上下水道が整備されているから、そうじゃないかと思っていましたが、本当にやっていたんですか」
「大気から肥料が作れるけど、魔力も経費も足りないので、こんな田舎では無理だわ」
「へぇ~、凄いですね。化学肥料もあるのか」
「ゴブリンの肉などを使った魔物肥料の効果が高いから、ほとんど作られないわよ」
魚を干して肥料にする地域もあったが、魔物の肉を干して砕いて畑に撒く。
実にファンタジーだ。
「魔物の死体を持ち帰る労力に比べて、引き取り価格が低いから誰も持ち帰ってくれないのよ」
「サイクルが破綻していますね、」
「大会議でも秋以降の価格上昇が議題になっていたわ」
「経営者はどこも同じですか」
「それで!? この畑よ。どうすれば、こんなに育つのよ」
「強いて言えば、植物達に魔力を少し流して『大きくなれ』と応援している感じです」
光合成が足りない分を植物は根を張って地面から補給している。
地面に栄養が豊富ならば、それが出来る。
それでも、肝心の植物が元気でないと巧く行かない。
だから、元気になるように祈る。
賢者の世界では、有機農法や化学肥料は存在しなかったが、魔力を畑に流して精霊を呼ぶ精霊農法を行なっていた。
魔力が多い所には精霊が集まる性格を使った農法だ。
野菜らに魔力を循環させるイメージなので魔力そのものは多く使わない。
時間が掛かるだけだ。
それに俺は窒素化合物を加えた。
微生物も元気になって肥料を作ってくれている気がする。
精霊農法と現代農法のハイブリットだ。
「後で詳しく」
「1,000字を超えますから、原稿用紙3枚ですね」
「銀貨3枚ね。判ったわ」
「
担当官さんの望む小説の書き写しはそんなに進まない。
毎月のように料理のレシピを10品を提出して銀貨を稼いでいるが、余り稼ぐと親父が無駄使いする。
そこで月の中頃以降に俺は魔法知識を小売りしている。
課題で披露すると大変な事が起り兼ねないと、魔法本文は魔術士が買ってくれている。
論文一枚に付き、手付け料が銀貨1枚だ。
価値があれば、後で精算してくれると言っているが、今の所はどうでも良い。
王都に呼び出されて飼い殺し、あるいは、危険人物とされて暗殺されれば、お金を持っていてもしかない。
目立たないようにして、生活改善を進めていた。
「地下に冷蔵庫があり時点で、下級貴族より裕福に思えるわ」
「芋や野菜を保管しているだけです」
「ウチにも地下はあるけど、冷蔵庫なんてありません」
「担当官さんはお金があるから、日々の新鮮な肉や野菜を買えばいいじゃないですか。下の兄はお肉、お肉と五月蠅いんですよ。高くて買えません」
牛肉を始めて食った下の兄は『にくにく病』に掛かっている。
冒険者になると、日々、剣術の訓練をしている。
素振りが終わると、俺を相手にチャンバラを所望する。
しつこいので付き合っている。
えっ、姉さんとはしないのかって?
下の兄は姉さんが勝った試しがない。
負けると判っている相手に挑むほど、下の兄に根性はない。
俺の勝率は3割だ。
魔力強化を工夫して勝ちを拾う。
但し、魔法障壁と魔法膜があるので、飛ばされてもイーダメージだ。
偶に姉さんが相手になるけど容赦がない。
姉さんの一撃は魔法障壁を破壊し、二撃目で吹っ飛ばされる。
そこまでは下の兄と変わらないが、魔法膜を通過する衝撃派だけでダメージを受ける。
俺に光の魔法『
俺が造った木刀でこの威力だ。
下の兄が姉さんを相手にすると、骨が折れて内蔵が破損する。
魔法で回復して一日は寝込む。
下の兄が姉さんを相手にしない理由だ。
姉さんに挑まれれば、逃げるのが下の兄だった。
収穫期は上の兄が野菜の強奪に来るので、姉さんの気もそちらに逸れて実に平和な日々を過ごしていた。
上の兄曰く、食事で腹一杯食べられるようになったが、熟れた野菜の旨さは別格だそうだ。
素直に手伝うという選択はないのか?
「あのすいません。ちょっと良いでしょうか?」
手伝いの農夫が話し掛けてきた。
西通りの出店の店主が、ここの野菜を買いたいと言って来たらしい。
農家からクズ野菜が手に入らなくなり、売る物がなく死活問題になっていると言う。
「はい、担当官さん。出番です」
「えっ、私ですか?」
「俺達は勝手に売れません。近所に配るか、ブツブツ交換してできません」
手伝いの農夫と言っているが、正式には元農夫だ。
息子が工房長になって引っ越して来たが、農夫は野菜を作る事しか能が無い。
工房区で細々と農地を耕し、薬草を栽培して配っていた。
今は子供らに栽培を教えて楽しんでいる。
子供らが持ち帰る野菜が食卓を鮮やかにして、Win-Winな関係だ。
出店の店主に売るとなると、俺達では何もできない。
「担当官さんにしかできない仕事です」
「判りました。商業課と農業課に相談を掛けます」
「お願いします。無くなると困る人が大勢いると思います」
「頑張ります」
西通りの出店は下層民と工房区の命綱だ。
無くなると母さんも困るだろう。
頑張れ、担当官さん。
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