第17話 月初めの恒例

水の精霊よ。ウォーター。

畑一面に水を捲く。

朝日に水滴がキラキラと輝いて大きな虹を作り出した。

この光景が姉さんのお気に入りだ。

俺達は週に4日のペースで草刈りを進め、畑を少しずつ広げていた。

菜の花畑の隣に芋や豆などの種を植えた。

さっそく小さな芽が出て来た。


“早く大きくなれ芋の芽よ。

ならなきゃお前を切っちゃうぞ”


柿の種を捩った『かえ歌』を声に出しながら、子供らは俺が切った草を一ヶ所に集めた。

乾いたら火を付ける。

飛び火で火事にならないように風の強い日は避ける予定だ。

草刈りが終わった場所は開墾だ。

土の魔法で固い土をひっくり返して柔らかい土と交換する。

邪魔な石を表層に出すと子供らが石を運ぶ。

子供らは石をどけると灰を捲いた。

後でまとめて種も捲く。

菜の花畑の実はすべて俺と姉さんの取り分とし、芋や野菜は均等割りにする約束した。

菜の花畑と普通の畑の交互に拡張する。

水巻きも俺の仕事だ。

魔力を使い果たした所で午前を終えた。


帰ると母さんがそわそわしている。

お昼は煮込んだ芋がそれぞれの前に1個ずつ置かれていた。

もう塩汁すら出て来ない。

下の兄は毎日のように林に出掛けている。

この辺りの子供の遊び場所は林であり、上流層の子供らは習い事が多く、余り外に出て来ないらしい。

いつも腹を減らせている下の兄は近所の子と遊ばすに食料探しをしている。

南の空き地は工房区の子供らの遊び場だ。

子供らがどんな遊びをしているか?

俺は知らないし、興味もない。


「芋が一個じゃ、腹が膨れないぞ」

「なら、畑を手伝ってよ」

「ヤダぁ、採れるのはずっと先だろう。俺は腹が減っているんだ」


居住区と工房区の間に町の教会があり、上の兄が教会の学校に通っている。

お昼は一番贅沢な食事を取っている。

下の兄も早く学校に行きたいと言う毎日だ。

俺の食事が終わる頃には居なくなり、美味しい物を食べる為の情報集めに出掛けて行く。

そんな下の兄も週に一度は出掛けなくなった。

食事が終わると、母さんと一緒にそわそわしている。

今日は3月最初の日だ。


『アル君、おめでとう。加点10をもぎ取って来たわよ』


担当官のティンクさんがハイテンションでやって来た。

遂に文庫本一冊を書き上げて提出した。

課題点10点を貰っても、紙とインク代で赤字ではないだろうか?

担当官さんが無償でくれているのでいいけどね。


「もう腹が立ったわ。『マリかの』は12巻まで発行された大ベストセラーで100万人のファンがいるのよ」

「100万人が読んだだけでファンとは限らないのでは?」

「一度読めば、ファンになるに決まっているわ」


中世を舞台にした魔法と魔物が出る学園ファンタジーだ。

聖女マリアと男装した公国公太子の話だ。

学園では王国の第6王子と男装した公国公太子が恋愛をする。

王子様と絶世の美女との恋愛か?

将又、王子と公太子のボーイズラブか?

その恋を応援するマリアの活躍を描いた作品だ。

俺は何が面白いのか、よく判らない。


「頭の固い審査官が『王国に送り、継続審査と致しましょう』とか言うのよ。信じられないわ。ファンの多くは貴族の令嬢よ。写本されるのは決まったようなモノじゃない」


担当官さんが息を荒くして、審査官をねじ伏せた経緯を語ってくれた。

担当官は意見を聞かれるまで黙っているモノらしいが、担当官さんは声を荒げて語ったらしい。

後で上司に叱られたそうだ。

とにかく異世界文学の良さを得々と語り、根気負けした審査官が課題満点をくれたようだ。

これで銀貨10枚をゲットだ。


「という訳で、料理レシピと併せて銀貨20枚となります」


母さんが俺を抱き上げると「アル、アル、アル」と叫びながらキスの嵐だ。

姉さんがじっ~と不満そうに睨んでいるが、ここで邪魔をしないのはお約束だ。

我が家の家計は俺の手腕に掛かっていると言っても過言では無い。


「お土産は? お土産は?」


ドタンと裏戸を開けて、はぁ、はぁ、はぁと息を切らして上の兄が走って帰って来た。

大切な儀式の時に邪魔をするな。

あの食いしん坊の下の兄ですら母さんの愛撫が終わるのを待っているのだ。

昼から教会の奉仕を終えて、急いで帰って来たようだ。

教会で美味しい物を食べている癖に卑しいな。


「今日は文庫本の完成を祝いして、『オーク肉』を買って来ました」


うおぉぉぉ、兄姉が感動に声を上げる。

分厚いお肉が何枚も入っていた。

土産に目が向いて、母さんの愛撫が終わってしまった。

糞ぉ。


「落ち込まないで。お肉が食べられないアル君の為に砂糖菓子も買ってあるわよ」

「砂糖菓子!?」、「砂糖菓子!?」、「砂糖菓子!?」

「御免ね。砂糖菓子は高いのでアル君の分だけです。他の皆にはお肉があるから我慢してね」


兄さんらと姉さんがお肉と砂糖で心が揺れている。

判りました。

今日は芋から作る水飴みずあめレシピを提出しよう。


「水飴と砂糖とどっちが美味しいの?」

「甘さは砂糖菓子ですが、水飴は沢山食べられます。一口と沢山、どっちが良いですか?」


姉さんの目が砂糖菓子と水飴と書いたわら半紙を交互に見ている。

一口と沢山で心が揺れている。

どっちがいいのかと悩んだ末にわら半紙を取った。


「沢山ってどれくらいだ。腹一杯か?」

「水飴で腹一杯って・・・・・・・・・・・・芋を沢山買いに行きましょう。担当官さん、良いですか?」

「そうね。今日のノルマは水飴を作る事にしましょう」


兄姉らが『やった!』と飛び跳ねた。

担当官さんは俺の地位を向上させる為に頑張ってくれている。

ノルマを達成するには兄姉らの協力が不可欠だ。

俺の邪魔をすれば、お土産が減る。

腹を空かせている栄養不足の子供らには一番の薬だ。

同時に俺がサボらないように監視役となる。

よく判っていらっしゃる。


「お芋を買いに行く前に、買って来たお饅頭で乾杯よ」

『やった!』


ホント、子供の扱いが上手だ。

饅頭は甘いあんが入っているモノではなかった。

野菜をすり潰し、ミンチ肉を僅かに入れて焼いた塩饅頭だ。

肉はダメだが、この饅頭なら食べられる。


俺は饅頭にかぶり付いた。

もぐもぐとしっかり噛んでゴクリと飲み込む。

うん、美味しい。

皆でワイワイと騒いで作る水飴も楽しかった。

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