第34話 精霊も戦う②

 


 真っ暗な世界で短い足をひすたらに動かし、走っても走っても追い付けない大切な人へ手を伸ばした。悲痛な叫び声を上げても彼女は振り返らず、別の男の手を取り幸せに微笑んでいた。

 叫び過ぎて喉を傷めようと、躓いて転んで膝に傷を負おうと。幼いヒンメルはずっと追い掛け続けた。

 追い掛け続ける相手ラフレーズが突然幼くなった。王城の人気が少ない場所に隠れて泣いているラフレーズを見つけたクイーンが顔を上げさせて、泣き止ませて小さな体を抱き上げた。涙に濡れながらも愛らしい顔から悲しみは消えていた。

 次はクイーンに手を引かれ、スイーツが沢山並べられたテーブルを目にし、泣いていた顔から一変、多種類のスイーツに心奪われ笑顔を戻した。


 場面に映るラフレーズが大人になっても、泣き顔だけは変わらなかった。

 どの場面でもラフレーズを泣き止ませ、慰め、元気付けたのはクイーン。偶にベリーシュ伯爵やメルローが映るも殆どがクイーンだった。


 泣いているラフレーズをヒンメルが見つけ、泣き止ませ、慰める場面は1度も映されなかった。



「ラフレーズ、ラフレーズ、ラフレーズ――!!」



 どれだけ追い掛けてもラフレーズは叫び声に応えてくれない

 追い掛けても、追い掛けても、ヒンメルが追い付く事はなかった。




 ●〇●〇●〇



 危険な精霊と危険な思考を持つ人間の少女。合わせるな危険な組み合わせの会話はやはり危険でしかなく、応援要請をクイーンへ送る時間も惜しいと腹を括った。2人の前に現れたクエールとモリーはギョッとするマリンには一瞥するだけで、不気味な魔力を漂わせる精霊へ警戒心全開で対峙した。



「な、何なのこの動物達!? あなたと同じ精霊?」

『そうだ。ち、面倒だな』

「どこの精霊だか知らないけど、邪魔をしないで。今大事な話をしているの」

「クワ! クワワ~!」



 鳴き声を介して思念で嘘を吐くなと伝えると精霊が前へ出て来た。体に関しては精霊の方が小さい。が、不気味な魔力が長寿なクエールとモリーの警戒を緩めない。



『お前等、大した魔力を持ってるな。丁度良い、あいつの我儘に振り回されて魔力を消費させられたんだ。俺が有効活用してやる』

「クワワワ~!!」



 全身の毛を逆立て激昂したクエールに鋭く舌打ちをした精霊は『なら殺してからもらうぜ』と急上昇していった。素早く追い掛けたクエールを待っていたのは上空からの魔術攻撃。多数の紫電が球体となってクエールに降り掛かった。


 前方へ超硬度を誇る結界を展開。躱さず、上昇速度を急速に速め真正面精霊へ向かった。避けると思っていた精霊の予想は崩れ、精霊が攻撃を躱せず即席の結界でぶつかり合った。凄まじい上昇速度と超硬度結界が合わさったクエールの衝突は、即席結界で迎えた精霊の結界を簡単に砕いた。クエールのぶつかりでより上空へ飛ばされていく。



『この……!!』



 全身の骨が悲鳴を上げている。魔力を急ぎ巡らせ吹き飛ばされていくのを防ぐも、あちこちの骨が折れたか罅が入ったかのどちらかとなり、激痛が走って仕方ない。猪突猛進な攻撃は一緒にいた牛の精霊の専売特許だろうがと精霊が怒鳴ろうが、休む間もなく次の攻撃が放たれた。

 その一緒にいた牛の精霊モリーの術。精霊の周囲を線が走り、四角形を作り上げ精霊を囲った。


 術の正体を知った精霊が即行で逃走を図ろうとモリーは逃さず四角形内を爆破した。

 爆発は四角形内でしか起こらず他に被害は及ばない、また、範囲を狭めることによって威力を格段に上げさせる。



「モウ」

「クワワ……」



 上空で全身から煙を発するクエールに駆け寄ったモリー。体が鳥なせいか煙から香るのは美味しそうな匂い。碌な前準備もせず、猪突猛進の如く向かって行ったクエールの行動はモリーを大層慌てさせた。

 四角形が解かれると黒い物体が煙を発しながら落ちてきた。



「モウ~!」



 内側からの破壊が困難な結界を展開し、ピクリともしない精霊を閉じ込めた。

 マリンの我儘によって大量の魔力を消費した後の精霊に己を回復する余力は残っていない。生きているだけでも十分に凄い。クエールの魔力消耗も激しく、怪我もしており、ところどころ血を流していた。

 すぐにクイーンの所へ行こうと声を掛けた、ら、クエールとモリーの周囲を突然氷の刃が囲った。気付いたと同時に襲い掛かる氷の刃を炎結界で防御。次々に溶けていく氷の刃であるが、使用者が諦める気配がなく、次第に小さく氷の刃が小さくなっても攻撃は続いた。

 遂に魔力が尽きたらしい使用者マリンは少し青い顔で浮上した。額から流れる汗と荒い息遣いから、無理をして攻撃をしてきたと知った。



「はあっ、はあっ、か、返せ、その、精霊を返しなさい。必要なの、私が、ヒロインである私が考えた幸福なシナリオにする為にその精霊は必要なのよ! その子がいないとメーラは母親によって父親共々捨てられて悲惨な人生を歩む羽目になるのよ!! 私が考えたハッピーエンドなら、誰も不幸になんてならないんだ!!」



 様子を見ていた時から解ったのに、マリンの言動は常軌を脱しており、長寿なクエールとモリーでも理解が示せない。

 既に魔力が限界であるにも関わらず、懲りずに魔術を放とうとするマリン。クエールが制止の言葉を放っても「ヒロインが作ったハッピーエンドしか、メーラ悪女は幸福になれないんだ!!」血走る目で己の自己的幸福論を叫び続けるマリンには無意味であった。


 強い殺傷能力を誇る魔術式がクエール、モリーに向けられ展開。深手のクエールを連れては間に合わない。かといって、見捨てる選択はモリーにはない。

 死なないよう全力を尽くすしか、生き残る道はない。



「――そこまでだ」



 凛としながら色気が含まれた低い声と風によって揺れる白金色の髪。見慣れた後姿の登場により、展開された魔術式は消されていた。

 動力を失った人形の如く倒れても腕を掴んでいる為マリンは落下しなかった。



「おいおい、精霊が焦げ鳥になってどうすんだ」

「クワ~!!!」



 大昔からの友人であるクエールから上手そうな匂いがすると放つと更に怒らせ、まあまあとモリーが怒るクエールを落ち着かせる。連絡もなくどうやって解ったのかとモリーが問うと呆れた顔を見せられた。



「当たり前だ。精霊を見れない奴ならともかく、精霊を見ることが出来る俺が察知しないとでも?」



 クエールも、精霊も、モリーも強い魔術を行使した。精霊の異変を探っているクイーンが魔力の激しい乱れを見逃すと思うまい。

 後からラフレーズも駆け付け、体をあちこち焦がしたクエールを大層心配した。治療は医務室でする、とクイーンの一言でマリンや精霊を含めた全員が転移魔術によって医務室へ移動した。




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