第30話 濃霧からの脱出

 



 子供の頃から見ていた庭園は何年見続けても飽きない魅力があった。代々仕える庭師が魂を込めて育てた庭の拘りが他と違うからか。年老いた父親に代わって跡を継いだ息子の腕も中々のもので夫は口煩く言うがファーヴァティ家の実質的権力者たるメーロが可と言えばどうとでもなる。

 魔術が得意なメーロは特に結界魔術においては秀でた才能を持ち、シトロンよりも上だ。時折夫に黙って騎士団の魔術指導にも行く。指導内容は専ら結界魔術のみ。後方を支援する騎士の結界は何より大事で、騎士団団長を務めるシトロンもそれを解っているからこそメーロに依頼をする。


 憧れが恋心に変わり、叶わないと知りながら想いを打ち明け、気持ちには応えられないとあっさりと振られた時が懐かしい。未だ強い憧れを抱いていても、当時にあった身を焦がす恋心はすっかりと消えた。でなければ、メーロは王妃ロベリアと同じでラフレーズに嫉妬していただろう。亡き友人フレサにそっくりだが頑固なところはきっとシトロンに似た。似ているようで似ていない。両親からそれぞれの特徴を受け継いだラフレーズはとても可愛く、ラフレーズの兄メルローも可愛い。娘のグレイスの異性に対する苦手意識を克服する上でとても親身になってくれた。

 自分があの兄妹にしてやれるのはフレサの話や相談に乗ってやれるくらい。公爵夫人だから遠慮されているが気軽に声を掛けてくれてもいい。と言ったら、真面目なあの2人は恐縮してしまう。


 ラフレーズの心配があるので今度の休日、彼女の好物であるチョコレートケーキを持参してベリーシュ伯爵家に行こう。勿論、先触れは出す。

 我が子たるグレイスも当然可愛い。

 けれど、メーラだけはどうしても好きになれなかった。好きになろうと努力した、妹アップルとは関係がないのだと自分に言い聞かせても、父親に甘やかされ我儘放題なメーラを見ているとアップルを思い出させた。双子で容姿以外は何も似ていない妹を。



「あら?」



 メーロの許に1羽の灰色の鳥が飛んできた。腕を差し出すと鳥は止まり、背中を向けた。鳥の体には風呂敷が巻かれており、魔術式で書かれた暗号用紙があった。



「ありがとう」



 お礼に魔力を分けると鳥は飛んで行った。



「これはクイーン様?」



 暗号用紙に刻まれた解除記号を魔術で入力すると文字が次々に浮かんでいく。目を通していくメーロの蜂蜜色の瞳が次第に瞠目していった。

 全てを読み終えたメーロは痛む額に手をやった。



「なんてこと……でも……そうなら……」



 用紙に書かれていたのはメーラとヒンメルについてだった。

 学院入学して割とすぐにヒンメルの恋人になったメーラに疑問を持っていた。今までラフレーズ以外の女性に一切興味を示さなかったヒンメルが何故メーラを選んだのかと。



「城へ行くわ」

「馬車の準備を」

「必要ないわ。このまま行く」

「え、このままとは――奥様!?」



 ご丁寧に用紙には、詳細を知りたければ手紙に再度魔術を込めろとあった。

 書かれている通りに実行すれば、予め準備されていた瞬間移動が発動した。





 〇●〇●〇●



 朝の出来事が嘘のように、昼になると元気を取り戻したラフレーズは何度も飽きずに頭を撫でてくるクイーンに剝れてみせた。あまりに子供扱いをされると反抗心だって湧く。もうしないと笑うクイーンに反省の色はなく、隙があったら絶対にまたする。

 謎の黒く大きな鳥の監視をするならマリンを見張っている方が出没する確率が上がるからとマリンの監視はクエールがする事に。危険が起きないか心配になるも、クエールはラフレーズがよく知るメリーくんよりもずっと長生きで更に何百年も生きるクイーンよりも年上だと聞かされ、精霊も人間と同じで見た目に騙されてはいけないと知った。


 今2人は王城の書庫室にいた。

 学院を早退した旨は既にクイーンから父シトロンに伝えられており、すぐに迎えに来ると返事があった。



「お父様は怒っているでしょうか」

「来たら本人に聞いてみな」

「学院の方は……」

「学院にも俺から連絡を入れた」

「ありがとうございます」



 因みにヒンメルが城に戻ったとも聞かない。

 あんな事があれば、彼ももうラフレーズに愛想を尽かしただろう。

 何より、学院にはメーラがいる。

 何かあってもメーラに慰められたらいい。


 自棄な思考を捨てようと小さく首を振っても頭から離れない。


 ぽんっと頭に温かい手が乗った。



「考えすぎるな。今ラフレーズが考えるのは別のことだ」

「はい」



 そう、クイーンの言う通り。

 王城の書庫室は国中の蔵書が集まると言われる程巨大で保管数は計り知れない。室内に収められた本全てに目を通した人がいたら会ってみたいと呟くと「はは、俺も」とクイーンに同調された。



「余程の本馬鹿くらいだろうな」

「まあ、クイーン様ったら」



 軽口を叩ける程、気持ちに余裕が生まれたのはクイーンがずっと側にいてくれたから。

 状況が落ち着いたらクイーンにお礼をしたい。助けてもらっているばかりで何も返せていないから。


 精霊に関する本や黒い鳥に関する本がないかと2人探している最中にシトロンは迎えに現れた。



「ラフィ」

「お父様!」



 本を棚に戻したラフレーズが駆け寄ると申し訳なさげに眉尻を下げられた。



「ラフレーズ……すまなかった。お前にばかり辛い思いをさせて」



 クイーンはヒンメルとの間に何が起きたか話したのか。



「いいえ……諦めの悪い私にもきっと非はあります……」

「そんなことはない。お前は務めを果たそうとしただけだ。ラフレーズにだけ、これ以上辛い思いをさせたくない」



 父の顔から騎士団長の顔に即座に変わったシトロンの威圧に背筋を伸ばしてしまった。固く重い声がクイーンを呼んだ。さっきから後ろにいたらしいクイーンは真剣なシトロンの様子から何かを悟ったらしく、何も言わず片目を閉じて見せた。


 頷いたシトロンがラフレーズに向く。



「此処に来る前、陛下に話し合い決定した。ラフレーズとクイーン様に私や陛下、ヒンメル殿下が調査している件についてお話しします」



 決して周囲に知れてはならない極秘調査の為、話してほしくても何も聞けずにいた件について遂にシトロンが話をする決意をした。



「場所を変えましょう」

「サロンに行くか。その前に確認したい。伯爵、お前達が調査しているのは『魔女の支配』だな?」

「そうです」



 ラフレーズもクイーンと何度か話している中で可能性として上げていた『魔女の支配』。シトロンが認めた事により『魔女の支配』が現実に起きているのだと体を強張らせた。



「なら……俺がラフレーズへの頼み事も言わねえとな」

「陛下には後程私から報告します」

「ああ。……と。『魔女の支配』の話をする前に1人話に入れたい相手がいる」



 誰か名前を言わずともシトロンは分かったらしく、分かりました、と受け入れた。ラフレーズだけ誰か分からず訊ねると「ファーヴァティ公爵夫人だ」とシトロンに教えられ、一瞬何故となるがすぐに思い出した。

『魔女の支配』によって齎された被害。筆頭とも言えるのが当時のファーヴァティ公爵家であったからだ。



「あと、ファーヴァティ夫人に頼みもあるんだ」

「頼み、ですか?」

「ああ。あの夫人は結界魔術に関しては伯爵よりも上だ。俺も惚れ惚れするくらいにな」

「そ、そうだったのですか?」

「ああ。『魔女の支配』とマリン=コールド……そして大きな黒い鳥……、は、ようやく濃霧の中から出て来れそうだ」



「だが」と嬉し気な態度から一転、未だ不可解があると不満を露にした。



「『魔女の支配』だとしても、尚更、マリン=コールドの目的が見えん」




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