第4話 見せつける

 


 学院からの帰り、屋敷ではなく王城へと向かったのはクイーンに会ってメリーくんと決めたある事をお願いする為。通された部屋にはクイーンがソファーに座って待っていてくれて。単刀直入に申すとクイーンはポカンとした顔をする。人外の魔術師・魔王公爵と名高い彼の滅多に見られない間抜け顔はとても綺麗だと抱く。何度か瞬きをしたクイーンは顎に手を当てて瞳を閉じ、次に額に指を当てて瞼を上げた。



「……恋人?」

「は、はい」

「俺が?」

「はい……」

「ラフレーズの?」

「はい…………」



 聞かれていく内にとても恥ずかしい気持ちが湧いてくる。クイーンはあくまでヒンメルの婚約者である自分が何度もヒンメルの仕打ちに耐えきれず泣いているのを気にかけてくれただけなのに。その相手に恋人になってほしいなどと頼むのは間違いだった。



「理由を聞こうか」



 観念してクイーンに話した。

 ヒンメルを見返す為に恋人を作ろうと精霊に提案を受けた事。王太子以上の人となるとクイーンしかいない事を。

 話を聞いたクイーンは頭をガシガシと掻き、深く息を吐いた。呆れられたと肩を震わせるも違うと首を振られた。



「ヒンメルがファーヴァティ公爵令嬢を恋人にした理由を知ってるか?」

「……いえ。メーラ様がずっと殿下に気持ちを寄せていたのは知っています」



 何度も嫌がらせを受け、その度に倍返しで仕返しをしてきた。



「俺も知らないんだ。リチャードに聞いても口を閉ざされてな」

「陛下は殿下が恋人を作った理由をご存知なのですか?」

「恐らくな。何かあるんだろうよ。ラフレーズ、お前の恋人になってやる件、受けてもいい」

「本当ですか?」

「ああ。ただ、俺の提示する条件を呑めればだが」

「分かりました」



 無理を言ったのは自分。また、クイーンが無理な条件を提示するとは思えない。

 即答したラフレーズに苦笑しつつも、クイーンは話してくれた。



「これはぶっちゃけかなり前から起きているんだが……最近、衰弱した精霊を多く見掛けるようになった」

「え?」



 精霊の生命の源となるのは魔力。魔力が激しく消耗していると動けなくなり、最悪消滅してしまう。

 クイーンによると10年以上前から衰弱した精霊の姿を何度か見かけ、他の精霊の救助の声を聞いて救出してきた。しかし最近は数が激増していると言う。丁度、ラフレーズやヒンメルが学院に入学した辺りから。



「私は見掛けていませんが」

「俺が毎日精霊に連れてくるよう言ってるから、お前の目に入る前に此処に来るんだ」

「私達が入学した辺り……何だか殿下がメーラ様と恋人になった時期とちょっと被りますね」


 ヒンメルとメーラが恋人同士になったのは入学から1ヶ月過ぎてから。

 精霊の衰弱と関係しているにしても疑問がある。2人どちらも精霊が見えるとは聞いたことがない。



「偶然でしょうか……」

「さあな。その辺は調べてから考えればいい」

「そうですね」



 ラフレーズにとって精霊は大切な友人だ。羊の精霊メリーくん以外の精霊とはまだ出会えていないが世界には沢山の精霊がいると教えてくれたのはクイーン。

 クイーンは今度知り合いの精霊に会わせてやると言うとラフレーズの隣に座った。

「え」と漏らすと意地悪く見下ろされた。



「どうした? 恋人になってほしいんだろう? なら、隣に座ったっていいだろう」

「え、あ、そ、そうですね」



 いつも見ていた顔が急に見れなくなった。ヒンメルも両親に似てかなりの美形だがクイーンは更に上を行く。不老になり、年齢も数百を超えている彼に求婚する女性は今も後を絶たない。声色も色気のある低音で……



「ほら、もっとこっちにおいで」



 耳元で囁かれると変な気分になってしまう。顔が熱い。異様に熱い。ヒンメルにさえここまで熱くなったことがない。顔を上げてと言われゆっくりと上げた。夜を閉じ込めた深い紺色の瞳が優しげに、気のせいか愛おしげに自分を視界に入れていて。これ以上ないくらい顔が熱くなる。クイーンはぷっと吹き出した。



「そこまで赤くなることはないだろう」

「で、でも、クイーン様の顔が近くてっ」

「ヒンメルとファーヴァティ公爵令嬢はどんな距離だ」

「どんなって……」



 腕を組んで、隣同士座って、メーラに食べさせてもらうヒンメルが浮かぶ。



「……近かったです」

「じゃあいいだろう」



 いいのだろうか。

 急に胸の辺りが警鐘を鳴らした。婚約の誓約魔術が告げている。ヒンメルが急速に此処に来ていると。

 クイーンに話しても距離を取ってくれない。怪訝に思うと逆に不可解だと顔に出された。



「恋人になってほしいと頼んだのはヒンメルを見返す為だろう? どの道バレるなら、今バレたって問題ない」

「あ、あの、でも、心の準備が」

「へえ? なら……」



 ヒンメルの存在がもう間近に迫っている。クイーンが意味ありげに笑いながらラフレーズに顔を近付ける。何をされるか分からなくても目を逸らしても、閉じてもいけないと覚悟を決めて待った。

 頬に手を添えられ、反対の頬にキスをされた。

 同じタイミングで扉が乱暴げに開かれた。



「ら…………ラフ、レーズ……?」



 呆然と立ち竦み、信じられないという相貌を刻むヒンメルは何処から走って来たのか、髪が乱れ息も荒い。長い距離を全速力で走って来たのだろう。

 呆然としたまま部屋に入ったヒンメルに何を言うべきか、思案する前にクイーンに顔を隠すように抱き締められた。

 頑張って目を上へ向けるとクイーンは小さな声で呪文を唱えた。口の動きだけでは魔術の特定が出来なかった。

 やけに静かだ。ヒンメルは静かにして立っているだけなのか? やけにショックを受けた様子なのは、自分は好き勝手してもいいが下に見ていた婚約者が魔王公爵と名高いクイーンと親しげにしているのを見てプライドを傷付けられたから? 

 十分に有り得る。プライドだけは異常に高い彼だ。前々からクイーンと親しくしているのに何度か苦言を言われた事がある。自分はメーラという異性と仲良くしているくせに。

 背中を労るように撫でられた。手付きが優しく気遣うもので、安心感からクイーンに身を寄せた。



 ――ラフレーズ単体にヒンメルと自分の声を遮断したクイーンはショックを隠し切れていないヒンメルが一歩踏み出そうとした瞬間睨み付けた。



「おいこらヒンメル。人の部屋に入る前は先ずノックをしろ。マナーの基本中の基本だろうが」

「……どういう、事ですか、何故ラフレーズとおじ上が……彼女は僕の婚約者だ」

「婚姻前から堂々と恋人を作って浮気してるお前がそれを言うか」



 馬鹿にしたように笑えばヒンメルはぐっと唇を噛み締めた。正論だから言い返せない。せめてもの抵抗として睨みつけるが全く効果がない。クイーンは態とラフレーズの背中を撫でてやった。親が泣く子をあやす安心させる手付き。今のヒンメルには効果大で睨む瞳の険しさが増した。

 ヒンメルが来ると聞き、態とラフレーズの頬にキスをした。反対の頬に手を添えたのは扉側からはキスをしているように見せ掛ける為。

 恐らくヒンメルはラフレーズとキスをしていたと誤解した。彼がメーラと何処までいっているか知らないがこの様子を見るにキスはしていないと思われる。但し、場所が唇以外なら知らない。



「ラフレーズから離れてくださいっ!」

「どうして? 可哀想な恋人を癒しているだけなのに」

「恋人? まさか、そんな……」

「お前が知らないだけでラフレーズは俺の恋人なんだよ。立場を弁えて隠れて関係を続けてきただけだ」

「は…………」



 見る見る内にヒンメルの面が絶望に染まっていく。嘘だ、と譫言のように繰り返す。相当ショックだったのか。やり過ぎたかと抱くも今までラフレーズが受けてきた仕打ちを考えると小さい。



「いつから……ラフレーズとおじ上は……」

「ずっとこの子を邪険にしてきたお前に言うつもりはない。さっさと部屋に戻るか、お前の恋人のファーヴァティ公爵令嬢の所にでも行ってこい」

「っ! 何も知らないくせに、僕がメーラと恋人になった理由も知らないで……!!」

「知るかよ」



 理由を訊ねても口を開かない国王の様子から、只事ではないと勘繰るも国王と王太子が動いているということは他の有力者も動いている可能性もある。高いのはラフレーズの父ベリーシュ伯爵。苦い顔をしながらも国王にヒンメルの行動に苦言を申さないのは――そういう事なのだろう。

 声を荒げ、今にも襲い掛かってきそうなヒンメルへ歴戦の猛者も立ち止まる強烈な殺気を放った。威勢の良さは遥か彼方へ消え、顔を青く染めラフレーズを見た。



「ラフレーズ……っ」



 クイーンが音を遮断したとは知らないヒンメルは、声を荒げても一切の反応を示さずクイーンに抱き締められたままのラフレーズの態度が全てを物語っていると悟ったのか、それ以降は何も言わず、フラフラとした足取りで帰って行った。


 腕の中からラフレーズを解放した。



「あの……殿下は?」

「帰ったよ。お前が怯えると思って音を遮断した。悪かったな」

「いえ……。殿下はなんと?」

「俺とお前がいつ恋人になったのだと聞いてきた」



 なったのはついさっき。



「そう、ですか」

「あと、やっぱりファーヴァティ公爵令嬢と恋人になったのも理由がありそうだ」

「理由、ですか?」

「ああ。この辺りは俺が調べておこう。ラフレーズ、お前は精霊の件について調べてくれ」

「分かりました。任せてください」



 まだほんのりと顔が赤いラフレーズの頭を撫でつつ、夜になったら国王の元へ行って明をしに行こうと決めた。


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