第89話 幼女に魔力供給

 俺は何も出来なかった。

 本来ならバビリニアが参戦しているとわかった時点で撤退するべきだった。

 だけど俺は撤退することもできなかった。

 カヨを助けに行ったのに守ることもできなかった。

 力不足である。

 自分の非力さを痛感した。

 捕まったカヨはどうなってしまうんだろうか? 


 バランの跳躍で家に辿り着いた。

 俺はハゲたドワーフの肩から降ろされて、そのまま地面に仰向けに倒れた。

 もっとやれると思っていた。なのに何もできなかった。自分のイメージと現実の誤差が倦怠感けんたいかんになって現れている。

 大切な女の子が奪われてしまったことへの絶望が心を支配している。

 動きたくない。立ち上がりたくない。なんだったら複雑骨折している両手に回復魔法をするのも億劫おっくうになっている。

 痛覚耐性があるから緩和はされているけど痛いのは痛かった。

 でも、もうどうでもいいや、っていう状態になっていた。


「なんでコイツは地面で寝てんだ?」

 とチェルシーの声が聞こえた。


「知らん」とバラン。


「お前、一緒に行ったんじゃねぇーのかよ?」

 と猫。


「俺は野糞してたからな」

 とバラン。


「戦地で野糞なんて最高じゃん」

 と猫。


「小次郎様」

 とアニー声。

 家から騒ぎに気付いて来たんだろう。


「王様が倒れている」

 とナナナの声。


 こんなカッコ悪いところを2人に見せたくねぇーな。早く立ち上がって笑顔を作らなくちゃ。だけど立ち上がることができなかった。


 アニーとナナナが俺の顔を覗き込んだ。


「腕が変な方向に曲がってる」とナナナ。


「ナナナちゃんお願い」とアニー。

 アニーが俺を膝枕をしてくれた。


 ナナナが祈り捧げた。

 俺の腕がポカポカする。


 ナナナの祈りは、俺の骨折を治してくれた。

 祈りで骨折を治せるほどにナナナは成長している。


「っで、何があったんだよ?」

 とチェルシーが言う。


「バビリニアの勇者がいた」

 と俺は答えた。


「それは御臨終ごりんじゅう

 と猫。


「死んでねぇーよ」と俺。


「やべぇー勇者はいたか?」

 と猫が尋ねた。


「中学生みたいなニキビ面とヤンキーみたいな奴がいた」

 と俺は答えた。


「ヤンキーも相当やべぇーな。だけど後1人の奴が出て来なくてよかったじゃん。もう1人の奴はもっともっとやべぇからな」

 とチェルシー。


 ヤンキー勇者より、さらにヤバい奴が後1人バビリニアにはいるらしいのだ。


「幼女がお前の部屋で待ってるけど、こんなところで寝てていいのかよ?」

 とチェルシーが尋ねた。


 幼女?

 一瞬わからなかったけど、すぐにそれが省エネモードになったイライアのことだと気づく。


「早く魔力を供給してやれよ。子どものために」とチェルシーが言った。


 早く魔力供給してあげなくては。

 俺は立ち上がった。


「ありがとう」

 と俺はナナナとアニーに言った。


「大丈夫なんですか?」

 とアニーが尋ねる。


「もう大丈夫だ」

 と俺は答える。


 誰にも日本にいた頃の妻がバビリニアに捕まっていることは伝えなかった。

 


 部屋に入るとベッドの上にイライアが胡座をかいていた。その隣にはチワワぐらいのサイズになったバハムートも体を丸めている。

 白い髪。小麦肌。肌の露出が多い防具。

 妊婦さんであることがバレないように偽装魔法をかけているのでお腹は膨らんでいるように見えない。

 この偽造魔法はイライア自身がかけたモノである。術者は本来のままの姿で見えているはずだった。

 彼女は小さな手でお腹を撫でていた。


「待っておったぞ」とイライアが言った。

「お腹の子に障る。早く魔力を供給してくれ」


「わかった」

 と俺は言う。


 すぐに俺はベッドに座るイライアの元へ行く。


 彼女は俺の頭を抱きしめた。

 そして唇に唇を重ねた。

 魔力が欲しいのか、からなりの勢いで俺の舌に吸い付いてくる。

 俺の魔力が減っていく。

 ゴクン、ゴクン、と彼女が魔力を飲んで行く。

 俺は魔力供給をしながら、彼女の頭を撫でた。

 すぐにイライアは成人の体に戻って行く。



「妾の死にっぷりはどうじゃった?」

 と成人に戻った彼女が悪戯っぽく尋ねた。


「本当に死んだかと思った。首から血が出てたから」と俺が言う。


「じゃろう」と嬉しそうに彼女が言った。


「幻覚?」と俺は尋ねた。


「教えぬ」と彼女が言う。「マジックは種がバレたら面白くないでな」


「でも死に薬で消滅するのはやり過ぎじゃないのか?」と俺は尋ねた。


「いいのじゃ」と彼女が悲しそうに言った。


「なぜ魔物が消滅するか知っておるか?」

 とイライアが尋ねた。


「知らない」と俺は答える。


「人間を襲うからじゃ」と彼女が言った。

「人間には神の加護というモノが付与されている。人間を殺した罪人は死んだら天国にも地獄にも行けないように消滅するんじゃ。妾が死んでも魂も肉体も残らん。その代わり魔石になるのじゃ」


 俺は彼女を抱きしめた。


「だから妾は消滅してみせたのじゃ」


 

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