第68話 魔王の家を買う

 イライアのお腹に子どもがいる。

 俺とミナミの子どもである。

 どんな子どもだろうか? ミナミに似ているのだろうか? それとも俺に似ているのだろうか? もしかしたら産みの母であるイライアにも似てたりするのだろうか?

 赤ちゃんのことを考えた。

 

 自然と子どもが赤ちゃんだった時のことを思い出してしまった。


 抱っこ紐を付けて体の中をウネウネと動く赤ちゃん。うー、うー、うー、と叫んだり、腕を伸ばしてテーブルの物を取ったりするのだ。

 それと頭皮の匂い。

 赤ちゃんの独特な甘い匂いがするのだ。あの匂いを嗅ぐだけで幸せな気持ちになる。また、あの匂いを嗅げるのだ。また、あの小さな生き物を抱っこしてホッペにチューすることができるのだ。

 嬉しい。


 嬉しいのに、俺の感情は複雑骨折していた。

 賢者の石は元の場所に戻る道具だった。本来なら、すでに俺は日本に帰れた。でも、もう俺は帰れない。みんなを見捨てて帰ることができない。それに俺の子どもが生まれて来るのだ。

 それに俺には課題があった。ミナミを蘇らさないといけないのだ。

 

 それにそれに日本にいた頃の妻も、こっちの世界に来ている。その謎を解決しないといけない。

 俺は日本に帰れない。

 

 うまく言葉では表現できない感情が、波のように押し寄せてくる。


 そういう感情をイライアには悟られてはいけない。彼女は子どもを産むのだ。世界一大変な仕事をこれからするのだ。そんな激務をする人に『ワイ、めっちゃ複雑な心境やわ』と関西弁で伝えることなんて出来ない。

 ただ子どもが生まれて来ることを喜び、その準備をすることしかできない。



 イライアはダンジョン内で見つけた洞穴の中に入った。

 妊婦さんが住処にするには環境が悪すぎた。獣人に家を作ってもらってココに持って来よう、と俺は考えた。


 イライアは住処に結界を張り、俺はダンジョン自体に結界を張り、誰も入って来れないようにしていた。

 それに誰もココにダンジョンがあることを認識できないように認識阻害の結界も張った。

 出れるけど入れないというダンジョンになってしまった。

 ココまで何重にも結界を張っていたら、さすがに魔力感知能力が高い奴がいてもイライアの居場所はバレないだろう。

 ココに来る時はワープホール以外の選択肢しかない。



 ダンジョンを出て数日後。

 俺が家を注文していたことを獣人ネットワークで聞いたらしく、わざわざ仕事部屋にナナナとアニーが押しかけてきた。


「領主様はどうして家なんて買ったの?」

 と仕事部屋に入って来たナナナが尋ねた。


「どうして知っているんだ?」と俺。


「お父さんから聞いた」とナナナ。


 本当のことを言うか、嘘をつくか迷った。

 俺はキスのことを思い出す。アレは浮気じゃない。あれは魔力供給である。

 

「領主様はどうしてドキドキしているんですか?」

 とアニーが言った。


 俺、ドキドキしているのか?

 めっちゃしている。

 胸がキューンってなって痛い。

 アレは浮気じゃない。


「別にドキドキしてるわけじゃない。ちょっと、あれ、色々あって」

 しどろもどろになりながら俺が言う。


「女の人の匂いがする」

 とナナナが言う。


 ジローーーーとアニーが俺を見る。


「別に女の人じゃない」と俺が言う。


「するよ。女の人の匂い。ボクとアニーじゃない女の人の匂い」


 嘘を付けば、そこを疑われるだけである。

 それにアニーは心臓の音を聞けるし、ナナナは匂いを嗅ぎとることができる。浮気調査として世界最強コンビじゃねぇーかよ。


「……イライアをかくまっている」

 と俺は言った。


「2人も知ってると思うけど彼女のお腹には俺とミナミの子どもがいる。大切な体だ。イライアの住処が必要だ。だから家を買った」

 と俺は正直に言った。


「女の人って魔王様の匂いですか?」

 とアニーがナナナに尋ねた。


「そうそう。魔王の人の匂い」

 とナナナが言った。


「わかりました」

 とアニーが言う。


 ナナナはアニーが納得したことで、納得したらしく大きく頷いた。


「お腹の赤ちゃんは元気なんですか?」

 とアニーが尋ねた。


「元気だよ」

 と俺が言う。


「私達に隠し事はやめてください」

 とアニーが言った。


「わかりました」

 と俺が言う。


「それと私達も付いて行きます」

 とアニーが言う。


「えっ、どこに?」と俺。


「家具を買ったり、日常品を買ったりするのを、です」とアニーが言う。


 正直に言います。家具のことも日常品のことも一切何も考えていなかった。野宿で生きているような奴である。屋根さえあればいい、と思っていた。家具も日常品も必要だろう。男の俺ではなく、女目線で選んだ方がいいだろう。


「来てくれると助かる」と俺は言った。


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る