11 野村 虎太郎


日曜日の、まだ昼前。


... “虎太郎くん、今、忙しい?”


絢音くんから メッセージが入ってきた。

途端に緊張する。

昨日、“麻衣花ちゃんのスマホが事件現場で見つかった” って聞いてたからさ。


あれから美希とも『どういうこと?』と ばかり話して、事件の容疑者の情報は出ないかと ニュースばかりを観てたが、目新しい情報は、“遺体が発見されたのは、廃病院の地下の 一番奥の部屋で、殺害された現場とも思われる”... ということで、容疑者のことには触れられなかった。


頭ん中では、やっぱり あのモデルみたいな女が... と 考えていた。

けど、あんな細い女が ひとりで、男を殺害なんか出来るもんなんだろうか?


テレビのニュースでは、“被害者の及川さんは、手首を拘束されており、腹部を強く打たれ”... と言っていた。

女が 男の手首を拘束?... 不謹慎で悪いけど、SMごっこでもしてなけりゃ、女に拘束なんかされないんじゃねぇの? 力が違う。

または、眠剤か何か使ったのか?

それか共犯者がいる とか?


で、これ、ネットの あるニュースサイトでは 一部 表現が違ってて、“腹部を切り裂かれ” になってたんだよな...

ショックを受けるだろうから、美希には言ってない。

親しくはなかったとしても、被害者の子は 美希たちの同級生だった子なんだしな。


キッチンで昼飯のチャーハン作ってる美希に

「絢音くんから メッセージ入った」と 言っておいて、“おはよう。暇だよ” と返信した。


「えっ、何て入ってきたの?!

麻衣花のこと?!」


「いや まだ、“忙しい?” ってだけ」


「“暇” って言って!」と返してくる 美希に

「おう、入れた。そのまんま」と頷くと、次に入ってきた “電話していいかな?” には、“うん、もちろん” と返信する。


すぐに着信音が鳴り出すと、キッチンから ターナーで俺を指す 美希に「出て!」と命じられて、通話ボタンをタップする。


「はい。絢音くん、どした? 何かあった?」


『あ、うん... ごめん... 』


お... マジで、どうした? と、心配になった。

声が疲れてる というか、まいってる。


『あの、今、美希ちゃんも 一緒かな?』と聞く 絢音くんに

「うん。一緒だけど、もしなんか話しづらかったら、部屋 移るよ」と 言ってみると

『いや、出来れば スピーカーにしてもらって、一緒に話せたら嬉しいんだけど... 』と 返ってきた。


これは やっぱり麻衣花ちゃんのスマホと事件のことなのか?

まぁ、それしかねぇよな。俺に電話とか。

絢音くん、本当は 美希と話したかったのかもしれん... と思って

「美希と話す? 代わろうか?」って言うと

『え? あ、出来れば虎太郎くんも... 』って言う。

俺に気を使って、俺にかけてきた訳じゃなさそうだ。


絢音くんに「ちょっと待ってね」と断って、美希を呼ぶと、ちょうどチャーハンは出来たようだが、火だけ止めて 皿に盛らずに放ったらかして、すたすた歩いて来た。

真隣に座って「何?」と 聞いてきた顔は、鬼気迫るって感じだ... うん。心配だよな、そりゃ。


「おまえも話に参加」と言って、スマホをスピーカーにする。


「絢音くん? おはよう。

麻衣花も居るの?」


いきなり喋りかけてるぜ。ごめんな、絢音くん。


『あ、美希ちゃん、おはよう。

居るけど、今は寝てるよ』


寝てる? 麻衣花ちゃんが?

体調 崩したのかな?

今 寝てるって聞いてから気付いたけど、絢音くんは声をひそめて話している。


『麻衣花、今日は早起きしたみたいなんだけどね... 』


絢音くんは、途方に暮れているような声で

『あの事件の ニュースばかり観ててさ... 』と、麻衣花ちゃんのことを話し出した。


『朝、“なんにも食ってない” って聞いたから、“コーヒー 飲む?” とか、“ヨーグルトあるじゃん” とか言ってみたんだけど、聞こえてなかったんだよ... 』


おかしい... と思いながらも、絢音くんは カフェオレを淹れてみたようだ。

えらいよな。コーヒー濃い目に淹れて 牛乳も温めたり って、手間かかるもんな。

うちじゃ全然 出てこねーもん。


でも、それをリビングに運んだ時、麻衣花ちゃんは

『テレビ画面を見つめながら、ぎちぎちと爪を噛んでた』って言う。

思わず「えっ?」と 口に出してしまった。

麻衣花ちゃんが? 美希は絶句している。


『指先に血も滲んでて... 』とまで聞くと、俺も絶句してしまった。いや、大丈夫なのか?


『それで、“少し離れた方がいい” って、テレビを消したら、“どうして消すの?!” って 怒鳴りながら泣いて、俺から リモコンを取ろうとしてさ... 』


絢音くんは、リモコンを背後へ放り投げて

“落ち着け!” と、ソファーに座ったまま 向き合って、麻衣花ちゃんの両肩を掴んだらしかった。


『麻衣花は、リモコンを拾いに行こうとはしなくて、ただ、“どうして? どうして?” って繰り返しながら、わぁわぁ泣いてて。

よく分からないんだけど、なんか俺も泣きたくなって... 』


しばらく抱きとめていたようだ。

背中 とんとんしたりして。

隣に座って、口元を両手で覆っている 美希が、目に涙を貯めている。


『それで、泣き止んだから、“麻衣花” って呼んでみたら... 』


麻衣花ちゃんは、眠ってしまっていたらしい。

絢音くんが 声をかけても起きず。

『寝室に運んで、ベッドに横にして。

息もしてるし、心拍とかも 早すぎず遅すぎず、普通だと思う』ってことだけど、ショックで気を失っちまったのかな?

聞いてて、俺も結構ショックなんだけどさ...


「今も?」


眠ってるんだろうけど、聞いてみる。

他に言う言葉が見つからなかった。


絢音くんは、少し間を置いてから

『うん、寝てるよ』と答えた。

麻衣花ちゃんを見てきたようだ。

寝室のドアを開けっ放しにしているのか、ドアの音はしなかった。


『どうすれば いいと思う?』


難しい... 美希は「麻衣花... 」と 泣いちまってる。

同級生が亡くなったっていう事件現場に、自分が失くしたスマホが落ちていた と知ったら、俺でも すげぇショックを受けるだろう。


「俺らが、そっちに お邪魔しても大丈夫かな?」


麻衣花ちゃんは、絢音くんと 二人の方が落ち着くかもしれない。

でも、美希は ともかく、俺の方が絢音くんより 麻衣花ちゃんを客観的に見れると思う。


今 聞いた状態では、明日もし 麻衣花ちゃんが仕事へ行くのは無理だとしても、絢音くんは休めないんじゃないか?

そうなると その間、麻衣花ちゃんが ひとりになってしまう。

ひとりにしていいものか を、見てみるつもりで言ってみた。

もし、ひとりにするのが良くなさそうなら、麻衣花ちゃんの ご実家にも相談してみた方がいい。


そう説明してみると、絢音くんは

『また 麻衣花が、さっきみたいになったら... 』と、たぶん暗に 美希がショックを受けるんじゃないか? と 心配していたが、美希が

「麻衣花に会いたい」と答えた。




********




絢音くんたちのマンションの近くの駐車場に車を入れると、電話している間に冷めていたチャーハンをパック詰めにしたものと、途中で買った ケーキ屋の南瓜プリンも持って、車を降りた。


美希は、絢音くんたちの部屋に お邪魔したことがあるけど、俺は その時は、美希の お迎えだけだったんだよな。この前の駅みたいに。


「麻衣花、大丈夫かな... ?」


美希は、車の中でも ずっと麻衣花ちゃんを心配してたけど、ひとつ、昔の話もしていた。


... “小学校の、四年生の時にね、クラスのリーダー格の女の子と、ケンカしちゃって”


美希は、前を向いて話していた。

いつもなら、クラスのリーダー格が女子だったのか? 強ぇなオイ... と 突っ込んでしまったところだが、運転しながら黙って聞いていた。

そういや小学生の時、女子って強かったもんな。

今も強ぇけど。

美希は、その子とケンカした翌日から、クラス中の子に無視されちまったようだった。


... “その時まで仲良かった子も、おはよう って言っても返してくれなくて、バツが悪そうな顔になって、スッと逃げちゃうの。

一日中、授業も頭に入らなかったし、家に帰っても 少し縮こまってた。

そうしてなきゃいけない気がして”


こういう、被害者が小さくなってガマンしなきゃならんのは 何でなんだろうか?

ケンカだけで終われば 加害者や被害者ではなくても、ケンカ後に被害者になっちまってる。イジメの。


けど 子供の頃は、今より ずっと世界が狭かった。

小さくなっておくことも 自分の身と心を護るすべなのかもな... どうも納得はいかねぇけど。

でもな、ずっと そうじゃないんだぜ。

その時は そう思えなくてもな。覚えていてほしい。


... “秋 っていうか、冬に近かったから、その時の体育はマラソンが多くてね。

運動場を走る時も、みんな 私から離れてた”


美希の方も、誰とも近付かないようにして走っていたようだ。

遠い昔のことを聞いていても、胸が痛んだ。

美希から こういう話を聞くのも初めてだった。


でもその時に 麻衣花ちゃんが、なんとトラックを横切って 美希のところへ走って来て、思い切ったように息を吸うと

“原沢さん、昨日は ごめんね!” と、謝ったそうだ。それまで、そう話したこともなかったにも拘らず。


... “それで、一緒に走ろう! って言ってくれたの。

もう、本当に嬉しくて嬉しくて。

今田さん、勇気あるなぁ... って すごく感心も感動もしたし、目が覚めた気もした”


麻衣花ちゃんは、それまで仲良かった子たちとも

“原沢さんとケンカをしてない人まで、原沢さんを無視するのは おかしいと思う” と話したようだが、みんなリーダー格の女の子が怖かったのか賛同されず、“じゃあ、私は謝ってくるね!” と、美希の元へ走ったようだ。


誰かが そういう大胆なことをすると、自分がしていることが おかしい... と気付く子もいたようで、その翌日からは、美希に “おはよう... ” と挨拶してくる子もいたり、家まで謝りに来た子もいたらしい。

麻衣花ちゃんまで無視される... とか、もっとヒドイことにならなくて良かったよな。

素直な子が多かったんだろう。


... “一週間くらいで、リーダーちゃんとケンカする前みたいに 普通に戻ったんだけど、それから ずっと、麻衣花と 一緒にいるの”


車を駐車場に入れながら

“俺も今、その時の麻衣花ちゃんに感謝してるよ。

友達になれて、良かったな” と言うと、美希は嬉しそうに、“うん!” と返して、零れそうになっていた涙を指でぬぐっていた。




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