9 今田 麻衣花
どういうことなんだろう... ?
美希に、私の代わりに 絢音が説明してくれてるのを聞いていても、手が震える。
「昼過ぎに、“届を出されていたスマートフォンが見つかったので、署まで”... って言われて、受け取りに向かったんだけど... 」
盗難届を出した交番じゃなくて、“南署に” って言われて、絢音と 一緒に南警察署に向かった。
絢音が 車を運転しながら
『“スマホが見つかった” って、拾った人が どこかに置いたのかな?
警察に届けた ってことはないよな?』って言ってたんだけど、私は首を傾げることしか出来なかった。
「警察署に入って、受付?になるのかな?
入って すぐ右手に窓口があったから、そこで 名前を言って事情を話したら、他の人が出て来て、麻衣花だけ連れて行かれちゃって... 」
きっと、スマホを渡されて、書類か何かにサインするとかして終わりだろうと思ってたのに、私は 二階にある小さな部屋に連れて行かれて、テーブル越しに警察の人と向き合って座る事になった。
最初に紛失届を出して 取り下げて、もう 一度、今度は盗難届を出したことを話させられて。
なんか おかしい... と思ったけど、盗難届にしたら、相手が盗んだ ってことになるから、間違いがないようにしてるのかな? とも思って。
でも話は、“最初に紛失届を出した日は、何をしていましたか?”... って風になっていって。
会社名と電話番号、出勤と退勤時間、その後は どこに居たかってことまで聞かれて、思い出せるだけ全部 話した。
頷きながら聞いてた警察の人から
“お友達の人と別れた後、駅のホームで携帯が無いことに気付いたんですね?” って、前にも 交番の人に話したことを確認されて、“はい。駅員さんにも落とし物がなかったか聞きました” って 私も頷いて。
“今、新しい携帯を お持ちなら、少し調べさせてもらいたいのですが”... とも言われ、設定が終わったばかりのスマホも預けた。
それでもまだ、“翌日の木曜日は、会社に出て、駅で 同居人や、拾ってくれたという人と待ち合わせて?”... って、事細かに私の足取りを聞かれて。
おかしい って思いながらも、ひとつひとつに答えた。
“携帯を失くす前、最後に 連絡した人は?” とも聞かれたから、絢音に “帰る時に連絡するね” ってメッセージを送っておいたこととか、美希と待ち合わせた百貨店の前に着いた時に、“着いたよ” って送ったことも話した。
それからは、ビストロとコーヒーの時に写真を撮っただけ ってことも。
なのに、“あなたの物と思われる携帯が見つかったのですが、しばらく こちらで預からせてもらうことになりました” って言われて、“どうしてなんですか?” って聞いてみたら、“実は、ある事件現場で見つかったので” って。
すぐに、及川くんの? って思った。
事件 って聞いて、それしか浮かばなかったからだと思うんだけど...
思い切って、“さっき、テレビで観たんですけど、高校の時の同級生の 及川くんが... その場所なんですか?” って聞いてしまって。
私、こういう... 何ていうか、あんまり突っ込んだことは聞けずに黙っちゃうんだけど、聞いておかなきゃいけない気がして。
でも、“及川くん” って 言葉にして名前を出した時に、ドクン と心臓が跳ねた気がした。
腰の辺りから
急に怖くなって、膝の上に置いてた指先が震えた。
警察の人は、答えてくれなかった。
その代わり、“参考人という形になるので、また お話を聞かせてもらうことがあるかもしれません。
連絡が着くようにしておいてください” って言われて、私、疑われてるの?... って 不安になったんだけど
“防犯カメラの映像や会社の方の証言から、あなたのアリバイが取れているので、重要参考人や被疑者という訳ではないですよ” って、落ち着くように宥められて。
今、私にも事細かに足取りを聞いたのに、先に アリバイは調べてたんだ... って驚いた。
「麻衣花が連れて行かれた後、すぐに俺も 二階にある小部屋に連れて行かれて、会社のこととか いろいろ聞かれたから、“同居してる彼女がスマホを返してもらえなくて、なんで俺の個人情報が必要なんですか?” って聞いちゃったんだよね。
調べれば分かるくせに とも思って。
それで、“ある事件現場で携帯が見つかった” って聞いたから、“はぁ?!” って聞き返したりもして。
何でそんなことが っていう苛立ち... って言ったら変なんだけど、返してもらえなかった上に事件現場?って思っちゃって」
絢音は、“それで、俺か麻衣花が疑われてるんですか?” って聞いちゃったみたい。
それで、私と同じように アリバイが取れてる って聞いて、少し落ち着いたみたいなんだけど
「拾った人の声の事を聞かれて。
“成人だろうけど、若い女の人としか”... としか答えられなかったんだけど、“一応、携帯の記録を” って、俺のスマホ 持って行かれちゃってね。
いろいろ聞かれてる間に、返してくれたんだけど... 」って。
絢音も、“また話を聞かせてもらうことがあるかもしれないから”... って言われたらしくて、一階の待合室で会った時は、複雑な顔をしてた。
『じゃあ、麻衣花のスマホを拾った人が、及川くんの事件に関係してる ってことなの?』
美希の声が洩れ聞こえてくる。
“及川くん” って聞くと、また指が震えてきた。
美希は、驚いた時や納得が出来ない時は、声が大きくなるから 余計に聞こえるのかも。
絢音が電話を終えるまで、寝室に居ちゃダメだよね... ?
あんまり聞きたくないし、いろいろ考えたくない。
あの廃病院の地下で... と思うと、怖くて泣きそうになった。
事件のことを知ったばかりだからかもしれないけど、自分でも 過敏になりすぎてる とは思う。
なんか、不自然なくらいに。
でも、震えは止まらない。
「そうとしか...
もしかしたら、スマホを拾った人が廃墟探索とかする人で、事件とは関係ないかもしれないけど、その可能性の方が薄い気がするし」
違う。スマホを拾った人は、きっと その場に居た。確信のように感じる。どうしてだろう?
私、おかしくなっちゃってるのかも。
もっと言えば、拾った人と待ちあわせをした次の日... 金曜日の お昼くらいから、誰かに見られてる っていうか、意識を向けられてる感じがする。
その何かが纏わりつこうとしてる って風に。
ずっと落ち着かない。
電話の向こうで 美希は黙っちゃったみたいで、絢音が
「美希ちゃん、麻衣花がスマホを失くした日に 麻衣花と会ってるから、そのことを警察の人に聞かれるかもしれないけど... 」って 申し訳なさそうに言ってて、美希の
『うん。その日の麻衣花の写真もあるし、こっちから出向きたいくらい』って 声が聞こえる。
『麻衣花、大丈夫かな... ?
ムリに代わらなくていいから、絢音くん、なるべく傍に居てあげてね』
美希は優しい。
ありがとう って言いたいけど、絢音に、“代わる?” って スマホを指で示されると、首を横に振ってしまって、通話は そのまま終わった。
********
「麻衣花?」
寝室から、絢音が出てきた。
「早起きしたな」っていうけど、外は ずいぶん前から明るい。日曜日の午前中。
「何も食ってねぇの?」って聞く 絢音に、ソファーの上で抱えてる自分の膝の上で、頷いて答える。お腹、空いてないし。
「ふうん... 」
絢音は シャツの中に手を入れて、お腹を掻きながら キッチンか どこかへ行ったけど、あんな風に お腹を掻かないで欲しい。
中には たくさん、大切な臓器が詰まってるのに。
『... 被害者の及川さんのスマートフォンは、本人の車の座席に置かれていたようですね。
運転席のドアの鍵が開いていて、車の鍵も座席に置かれていたようですが、これは どういうことなのでしょうか?』
そうだ... って、テレビに集中する。
何も聞き逃さないようにしなくちゃ。
『... 非常に急いで車を降りたのかもしれませんね。
例えば、犯人に車で追われていた... などで。
脇道に入ってしまい、倒木に阻まれて、そこで車を降りざるを得なかったのかもしれません』
『なるほど。何も持たずに とりあえず逃げた、ということも考えられますね』
そうなのかな?
スマホは まだわかる。ポケットから落ちちゃった とか、車に乗った時から座席に置いてた とか。
でも、車の鍵まで置いていくことなんてあるの?
絢音は いつも、カラビナでベルト通しに付けてる。
スマートキーっていうのなんだけど、車の近くに行けば鍵の開閉も出来るし、そのままで エンジンもかけれるから。
及川くんの車が同じ種類の鍵なのかは分からないし、同じ種類だとしても 鍵を車の中に置く人だったのかもしれないけど、“逃げてて焦ってたから” っていうのは違うと思う。
『... この車が 二日続けて放置されていたことで、山菜採りにいらっしゃっていた方が不審に思われ、通報されたようなのですが、及川さんが無断欠勤となっていた会社の方々は、及川さんと連絡がつかなかったにも関わらず、通報などはされなかった と。こういうことのようですが』
『無断欠勤であったとしても、二日程の休みであれば、会社の方は “相手からの連絡を待ってみよう” と考えるかもしれませんね。
その時点で “行方不明” とは、考えないのではないかと思います』
『金銭的なトラブルもなく、会社や周囲の方に お話を聞いてみましても、対人トラブルも無かったように思われているようですが、どうなのでしょうか?』
『どうでしょうね... これから より深く捜査されていくことと思いますが、例えば、突発的なトラブルに巻き込まれた、なども考えられるんじゃないでしょうか?
外出先で口論になった、運転中に何らかで相手の気を逆立ててしまった、など... 』
情報番組って、コメンテーターが ニュースよりも好き勝手に言ってる気がする。
この人は事件記者みたいだけど。
質問してる司会の人も、この人に聞いて どうするの?ってことばっかり聞いてる。
もっと、正確な情報はないのかな?
“山菜採りの人が車を発見して”... っていうのは、朝のニュースでも観たし。
CMになったから、チャンネルを変えてみる。
... ダメ。ゴルフとか競馬の中継だったり、他の情報番組は お店紹介とかの別のコーナーに移ってたり。
結局、さっきの番組のチャンネルに戻っちゃった。
もう あの廃病院の画像は出てこないのかな?
あんなところに廃病院があるのも知らなかった。
車でしか行けない場所なのかな?
でも、そんなことないよね。山菜採りに行った人が車を見つけたんだし、不便すぎる場所に病院を建てたりしないと思うし。
『... 新しい情報が入りました』
あ... CMが終って、司会の人が言った。
画面が切り替わって、あの廃病院が映ってる。
でも、まだ中には入れないみたい。
廃病院の前の駐車場だった所かな? そこから始まった中継は
『今、現場に来ています』って人が、白いコンクリートの道を歩きながら
『及川さんは、こちらの道を歩いて 廃院した病院へ向かわれたようで... 』って、前から背後の病院へと手のひらを流して示してる。
『あそこに見える倒木の前に、車を停められたようです』
本当だ。倒木が道を阻んでる。
その人が倒木の前まで行くと、カメラは倒木の先へ続くコンクリートの道を映したんだけど、すぐ先に道路が見えた。
『周辺の お宅につけられていた防犯カメラには、及川さんのものと思われる車は映っていたものの、犯人のものと思われるような不審な車は映っていなかったようです。
地元の方々に聞いたところ、病院の裏側にも舗装された道があるようなのですが、そちら側には民家も少なく... 』
じゃあ、犯人は そっち側の道から廃病院へ向かったの?
及川くんとは別の道から。
廃病院で及川くんと待ち合わせた ってこと?
私のスマホを使って...
「...
ざわざわと背中が粟立っていく。
きっと そう。
私のフリをして、どうにか及川くんを呼び出したんだ。あの病院の地下に。
「麻衣花!」
手を掴まれて、ビクっと身体が揺れる。
隣には いつの間にか絢音が座ってた。
絢音は、知らない人を見るような目で私を見て
「爪、噛んでた」って言った。
爪? 私が... ?
でも、掴まれた手の指先には、赤く血が滲んでる。人差し指と中指の爪が短い。
「どうしたんだよ?」
わかんない。首を横に振る。
「コーヒー、淹れたからさ。
何にも食ってないっていうから、カフェオレにしたけど。甘いやつ」
掴んだ私の手を、立てた膝の上からソファーに下ろさせた 絢音は
「少し、この事件のニュースから離れた方がいいよ」って、リモコンを取って、テレビの電源を切ってしまった。
「... やめてよっ!!」
カッとした。こんな大きな声で怒鳴ったことなんて初めてだと思う。
でも止められずに、絢音を睨んで泣きながら
「どうして勝手に切るの?! 私、観てたのに!! どうして?! ねぇどうしてよ!!」って 怒鳴り散らした。
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