退却はできたけれども・・



 隘路の上にある崖を超えてレッドリバー河岸北東部にある山間の道を進む。

 ゲイルはこの近隣の村出身なのだけど何回か迷ったみたいだ。地元の人間でも迷うなんて・・なかなか凄い道なんだな。

 実際に凄い道だ。・・なんというか・・殆どが獣道じゃないか?狭いと聞いていたから行軍は苦労すると思っていたけど。予想以上だ。

 途中でイノシシに遭遇するし。まぁ、それは狩って食料にしました。だって食料の準備は殆どなかったし。隘路から撤退していれば急げば一日もかからない。

 このルートの撤退路は何日かかるか分からない。食料は現地調達だ。


 おかげで撤退は思うように進まない。山を抜けるのに二日もかかってしまった。おまけに終日雨が降ってびちゃびちゃ。目的のマクレイ町に着いたときはへとへとだった。

 退却してきた兵は動けるのが四百三十名。怪我人や非戦闘員は百名程。この町の長に連絡をつけて休ませてもらう事にする。怪我人については治療をお願いする。

 長に聞いたところレッドリバー河の戦いの情報は入ってきていないようだ。カゾーリア王国との小競り合いのような戦いは継続中という認識がある程度だった。

 マクレイ町は領都であるグレシャムに近い町だ。更に宿場町だから情報の伝達は早い。あの戦いの情報が一切伝わっていないという事は誰も退却できていないという事なのだろうか。

 屋敷に出入りをしている顔馴染の兵をグレシャムに使いに出す。ボクの手紙もつけたから大丈夫だと思う。まずは状況をセシリア様に状況を報告しないと。

 本当はボクが動けば良かったのだけど。実はもう歩けない程ボロボロなのだ。最後は自分の足で歩いていたのかも怪しい。・・子供だからね。

 大事をとって薬師に容態を確認してもらう事になる程に気を使われてしまった。・・ボクは体力が無い。


 結局一日休む事にされてしまった。それ程酷い体調だったみたい。

 その間何もしない訳にいかない。撤退してきた兵の再編成を指示する。殆どが第一軍団の兵だった。少し休んで動ける兵は先にグレシャムに向かってもらう事にした。

 理由はレッドリバー河岸の城塞の救援だ。領都グレシャムでセシリア様の指揮の元に軍を再編成して行軍してくれるよう伝える。


 万が一の事を考えて大事な事を伝えておく事を忘れていない。


 当主であるフレーザー侯爵に万が一があった場合には家を継ぐのは現状セシリア様である事。

 ボクは次期当主に指名されているけど、手続きや書類変更が済んでいないため正確には次期当主では無い事。

 よって、現在の次期当主は暫定でセシリア様になっている事。

 本当に・・本当に万が一があった場合にはセシリア様を次の当主と仰いで欲しい事を伝える。


 兵達は驚いているようだったけどボクが嘘を言ってないと分かったみたいだ。渋々であるが承知して領都に向かってくれた。・・渋々って何だよ。お願いの形だけど命令だよ・・。

 死線を一緒に潜り抜けたからか随分と図太くなっているぞ。いいのかな?よくないのかな?

 信頼が無いよりは良しとしよう。

 まずはセシリア様の元で行動して欲しい。

 どうしてもボクの元に残りたいと残ったのが三十名。と、護衛のジャスティン。殆どが一緒に上流のダムで戦った面々だ。どうしてもと言われたら断れない。・・なんか嬉しいし。

 心配なのはフレーザー家でなくボクに対する忠誠?の気持ちが強すぎるような気がする事。あまり盲信しないでね。


 後は隘路の状況確認を忘れない。町の長はフレーザー家の家臣だ。情報収集のための影の者を使って確認してもらう事にする。早ければ明日の朝には状況報告が入るらしい。・・早いなぁ。

 他にもちょっとした事をやってゆっくり休ませてもらう事にした。自覚はなかったのだけど実際は疲れていたみたい。ベットに入った瞬間に眠ってしまったみたい。




 朝ゆっくりと起床させてもらった。

 おかげでスッキリした。疲れはまだ残っているけど頭は随分と楽になった。

 でも早く起きても今の所する事がないというのもあったのだけどね。

 斥候達の情報収集報告はマクレイ町の長のクロンプトン町長が全て仕切ってくれているらしい。情報を扱うのが専門なんだって。

 どうなっているか聞きに行こうと部屋を出る。

 ジャスティンは既に起きてボクの部屋の前で待機していた。・・・いつ休んでいるの?

 聞いたら日が昇る前に起床して訓練をしていたらしい。・・それって休んでいるのか?

 疑問に思った顔を見て察したらしい。ジャスティンは笑いながら答える。残った兵も同じように訓練していたらしい。今は装備を整えているとか。確かに全員ボロボロだったもんな。

 ボク一人だけ休ませてもらったのか。・・なんか申し訳ないな。

 


 クロンプトン町長の屋敷を訪ねる。

 ボクの訪問を待っていたらしい。執務室で待っていてくれていたようだ。名前を告げるとすんなりと案内してくれた。次期当主と言われるのが居心地が悪い。

 訂正したいのだけど・・・。フレーザー侯爵の決定だから正式な手続きが済んでいなくても次期当主として皆接すると言われる。

 ・・・う~ん。今頑張って訂正しても仕方ないか。説得する言葉は今の所思いつかないか。

 執務室内で現在の情報収集状況を聞かせてもらう。


 レッドリバー河岸の戦闘状態については領都や付近の町や村でも最新情報は持っていないとの事。

 マクレイ町の人流については通常通り。戦闘状態のため寄騎の軍勢が通過していった程度。規律正しく通過していき問題行動はなかったそうだ。

 数日前に不審な一団が街道を通らず国境に向かって行ったという情報があり。追跡調査中との事。クロンプトン町長は実はこれを気にしていて重点調査していたそうだ。

 昨日領都やあちこち散らした斥候はまだ戻っていない。昼を過ぎればどこからか報告が入って来る予定との事。


 ・・どうしよう。

 今すぐ救援に向かいたい。だけど兵数が足りない。領都での再編成を待って救援を待つと何日かかるのか分からない。だけど纏まった数が無いと救援はできない。先発するにも五千人は欲しい。

 無力すぎる。なんもできないのが苦しい。ボクが今できる事は考える事だけだ。今朝起きて考えた事を話そう。

 

「クロンプトン町長。一つ調べ事をお願いしたいのだけどいいかな?」

「何なりと申しつけください。拙にできるのは情報収集ですから」


 穏やかな笑みと共に返事してくれる。クロンプトン町長は戦闘は全くダメらしい。こんなにガタイがいいのに・・・。見た目で判断しちゃダメなんだな。


「起きてから気になっていた事をよく考えてみたんだ。今回の招集で集まった寄騎の家が敵方に寝返った可能性を考えてるんだ。そうでもなければ外壁が短時間で開門する訳がないと思うんだ」

「次期当主様達は戦場で確認されたのですね。成程。確かにあの城塞は外壁は堅いですね。短時間で外側から破る事は難しいのは拙も承知しています。内部での裏切りというお考えに同意します」

「忠誠といえばいいのかわからないけど。当家に従順でない寄騎はいるかな?」

「それは勿論おります。調査中ではありますが二家程の忠誠を疑っております。そのうち一家は今回従軍中です。確か、トラジェット家とか。・・そういえば次期当主様のご実家でしたな」


「・・あ~、そうだね。でも、そんな事考えているとは思ってなかった」

「次期当主様のご実家での扱いは聞いております。知らないのは仕方のない事かと」

「・・ありがとう。そのトラジェット家の領地内の行動はどうなっていると思う?」

「ああ、そういう事ですね。早速調査しましょう。裏切りが事実であれば、この領内に攻め込んでくる可能性が出てきますね。領内の関所も固める必要もありますな」


 あれこれ考えて対策を取らないと。この状況でトラジェット家の領地からフレーザー領に攻め込まれたら・・・挟撃になってしまう。

 どこまで敵を防ぐ事ができるのか・・。持ちこたえられないんじゃないか。


 やっぱり待ってられない。これは一度領都に行くべきだろうか。

 そう考えた時に執務室のドアをノックする音が聞こえる。

 それは情報収集のためにあちこち走り回ってくれた斥候達の情報が纏まったという報告だった。



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