退院へ
「戻ろうか?」
「うん」
私は、千秋と一緒に病室に戻った。一般病棟にうつったお陰で、千秋と過ごせる時間は長くなるから嬉しかった。
「晩御飯だけでも、葵と食べようかな?」
「いいね!食べよう」
「そうだな!これも、思い出だよな」
「うん、うん」
千秋は、エレベーターを押してくれる。【隣の芝生の青さを覗かなければ、その青さを知ることはないのよ。それにね、本当に青いかどうかなんてわからないのよ!だから、考えるのはやめなさい。二人で生きなさいって神様が言ったのよ】不妊に悩み続ける私に、お母さんは、そう話してくれた。今なら、その意味がよくわかる。他人の幸せを覗いた所で、それが本当に青なのかなんて私にわかるわけないのだ。子供がいても、独身でも、みんな悩みがあるのだ!比べたらキリがない問題。
「明日からは、晩御飯、葵と食べるよ」
千秋の言葉に考え事をしていた頭が、現実に連れ戻される。
「うん、そうしよう」
「お弁当買ってくるよ」
「千秋のご飯食べれると思ったのに…」
「手首痛めてるから、無理だよ」
「あっ、そうだ!お父さん、千秋の唐揚げ好きだから作ってあげてくれない?」
「いいよ」
「私もお父さんに作ろう」
「葵の作るジャーマンポテト好きだよね!お父さん」
「そうなの!だから、作ってあげないとね」
私がニコニコ笑うと千秋は、頭をくしゃくしゃ撫でてくれる。千秋は、私を病室まで送り届けてくれた。
「じゃあ、また明日来るよ」
「うん、気を付けてね」
私は、千秋に手を振った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
それから、退院までの1ヶ月は千秋と晩御飯を食べたり、リハビリに励んだりしながら過ごした。そして、今日やっと退院の日を迎えられた。
「帰ろうか?葵」
「うん」
千秋が迎えに来てくれて、退院の手続きと入院費を払ってくれる。
「明日、葵の実家にいける?」
「うん!行く」
軽自動車に乗り込むと千秋は車を走らせる。暫く走ると見た事のない場所で停まった。
「何?」
「あっ、間違った道」
「カーナビね」
「そうそう」
「疲れてるんだね、千秋!ちょっと休憩しよう」
私は、そう言って車からおりた。
「ちょっと飲み物買ってくる」
「うん、わかった」
私は、公園のベンチに座った。澄みきった青空を見つめながら、彼女を思い出していた。今頃、生きているのだろうか?どうしている?望んだ人生は、幸せ?あなたが欲しかった人生だったでしょ?
「葵、帰ろう」
「うん」
私は、幸せだよ!この手を放したくないほどに…。
って、彼女は夢の中の人なのに…。
どうして、そんな事考えたのかな?
「やっぱり、カーナビがおかしかったよ!飲み物はい」
「ありがとう!じゃあ、帰れるね」
「うん、入力し直したから大丈夫たがら!行こう」
「うん」
車に乗り込むと千秋は、発進した。流れる景色を見つめながら、私はぼんやりと考えていた。
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