第8話 初恋~SIDEフィル~
フィルは自室で本棚から一冊の本を取り、椅子に座って足を組んだ。
その一冊の本はいつも読んでいる物理学の本の一つだったが、その本自体を開くのは実は10何年ぶりかである。
(そうか、この本を読んでいた時に)
フィルはふと思い出してそっと本を閉じ、窓の外を羽ばたく白い小鳥を見つめた。
◇◆◇
7歳のフィルは父親であるトラウド国王に呼ばれて来客用のダイニングへと向かっていた。
いつもの席で国王の到着を待つと、すぐに国王が現れる。
その国王と共に現れたのは、隣国であるルーディアム国の国王と自分と同じくらいの年齢と思われる少年だった。
「ノエル国王、リオ王子。こちらは我が息子にございます」
「フィルでございます」
フィルは咄嗟に挨拶を交わすと、二人も品よく挨拶をしてきた。
「私はノエル国王と外交の話があるので、フィルお前は部屋でリオ王子と親睦を深めておいで」
「私の部屋でございますか?」
「ああ、なんだ? 見られたらいけないものでもあるのか?」
「い、いえっ! 問題ございません」
トラウド国王はにやりと笑いながらフィルをからかうと、フィルは顔を赤くして年相応の反応を見せる。
ではこちらへ、とリオを案内するように手を差し伸べた。
「ありがとうございます」
リオはフィルのあとをついていき、二人は廊下を歩く間一言も話すことなくフィルの部屋へとたどり着いた。
ドアノブを開けて入室を促すと、リオは恭しく頭を下げて足を踏み入れる。
「そちらの席にどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
続いて入ってきたメイドが紅茶の用意をすると、礼をしてドアを閉めて去っていった。
部屋にはわずかに沈黙が流れる。
そしてフィルには最初からずっと気になっていたことがあり、それを聞いて良いものか悪いものかと考えあぐねていた。
それは……
(この子、女の子だよな?)
早々に直感で女であることを感じていたフィルだったが、国王も王子も女であるということがあるだろうかと考えて、何か意図があるのではないかと子供ながらに思い、口をつぐんだ。
「美味しいですね、この紅茶。これはもしかしてトラウド国の北方の特産を使ったベリーの紅茶でしょうか?」
「え? あ、ああ。その通りだと思いますが、よくご存じですね」
「父より幼い頃から地理、歴史、外交のことを特に教えられました。トラウド国のことはまだ勉強中ではありますが、大変良い土地だと思っております」
フィルはリオの博識ぶり、真面目で勤勉な様子を目の当たりにして性別など関係なく同じ立場の人間として尊敬した。
「リオ王子は、どうしてそんな風に勉強されるのですか?」
「私は次期国王になる者ではあるが、絶対ではない。そして、国王になったとして国民を幸せに導かねばならない。そのためにはあらゆる知識を吸収しなければならないのです。ですから、私は本を読んで人から話を聞き、いつか来るその時までに知識という武器を身につけます」
フィルは驚き、言葉が出なかった。
自分と同じ年頃の子がここまで国を思って行動できるということに、尊敬をした。
そして、それを語る顔は窓から入る太陽の光でキラキラと輝き、まるで女神のように見えた。
フィルはそんなリオを見て顔を赤らめたが、バレないようにそっと顔に手を当てて逸らす。
「大丈夫ですか、フィル王子」
「あ、ああ。大丈夫だ」
フィルの心の中で小さな恋の芽が現れた。
「どうだ、リオ王子は」
帰国したルーディアム国王とリオを見送ったあと、謁見の間ではトラウド国王とフィルが互いの交流報告をしていた。
その中でリオの話題が出たのだが、フィルは自分の気持ちを隠すようになるべく無表情で国王に話す。
「良い方だと思います」
自分でも無難に答えたな、と思ったが国王は予想外の返しをしてきた。
「お前がもう少し成長した時、リオ王子……いやリオ姫を誘惑しろ」
「え? お父様、気づいて……」
「当たり前だ、私がおなごの変装に気づかぬわけがない。あの母親もいつか私のものにしてやる」
下卑た笑いを見せる国王を見て、フィルは伏し目がちに首にかけたサファイアのネックレスを握り締めた。
(お母様……)
フィルの母はフィルが幼い頃に亡くなっていた。
その母の形見であったネックレスをフィルは大事にいつも身につけている。
愛しい母も、この父親のもとではもう昔の人なのだと思い、悔しさと一種の侮蔑の心が生まれた。
「いいな? 成長していずれあの母娘はまた来る。絶対にモノにしろ」
「かしこまりました」
表面上は父に従う素振りをして、フィルは心の中で思った。
(絶対にリオ王子を、あの子を守ってみせる)
そうして、フィルはリオを守る術を身につけるべく、様々な教育に身を捧げていくことになる。
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