第5話 存在&ガチ恋Q.E.D.
四日目。
ボイスチャットの開始1時間前から僕はPCの前で待機していた。
服は冠婚葬祭用の黒スーツ。
髪は理髪店で整えてもらった。
時刻を気にしながら、音声と映像のチェックを重ねる。
おかしな所はない。
普段は陰キャな僕だが好青年に見える。
かろうじて!(自己評価低め)
「さぁこい、凪沙さん! 僕の本気を見せてあげるよ!」
待ち合わせの時刻になると、僕はビデオチャットのお誘いを凪沙さんにかけた。
彼女もスタンバイしていたんだろう。ノータイムで通話に出る。
はたしてチャット画面に現れたのは――。
『こ、こんばんは、優さま』
『あの、これ、映っておりますでしょうか?』
『見えておりますか?』
『優さま?』
『もしもーし?』
『もし? どうかされましたか?』
黒い髪を簪でまとめてお団子に。
新雪のような肌は目を焼くほど眩しい。
伏し目がちで大人しそうな顔。
釣書の美少女と完全一致!
そんな彼女の小さな瞳が不思議そうにこちらを覗く。
カメラもいい機材なのだろう。まつげの一本一本の動きまでわかるその姿に――。
「……て、天使だ!」
『優さま⁉』
たまらず僕は椅子ごとひっくり返った。
くっ、音声だけじゃなく映像まで好みとは恐れ入るぜ。
これが旧家の底地って奴かよ、駒見家!
さらに言えば、彼女が着ている服装――。
「しかも、僕の学校の制服姿じゃないですか!」
『こ、これはその!』
「なんでうちの制服を凪沙さんが!」
『どういう格好でお会いすればいいかわからなくて。おかしいですか……?』
「いえ、最高です!」
凪沙さんは僕の学校の制服を着ていた。
たしかに学生はフォーマルな場に学生服姿で行くものな。
納得。
僕も学生服にすればよかった。
そしたらおそろっちだったのに。
『それより優くん、その格好は?』
「すみません、ちょっと気合いを入れすぎて」
『あ、優くんもですか』
「しかし、なんでうちの制服を?」
『……同じ学校の制服を着てみたくて』
「……その言い訳は可愛すぎる!」
『もとはと言えば学校のお話をした優くんがわるいんです』
「…………くすっ」
『…………ふふっ』
初手、許嫁がスーツ姿&制服姿。
その笑撃がプラスに働いたんだろう。
ビデオチャットはいい感じに緊張がほぐれた状態ではじまった。
「しかし、学校の制服なんてよく手に入れましたね」
『駒見の家はいろんな所に顔が利きますから』
「なにそれこわい」
『……けど、よかった。優さまがちゃんと優さまで』
え、なに?
どういうこと?
赤らんだ頬を白い手で凪沙さんが挟む。
少し悩ましげな顔で彼女がカメラから視線を逸らす。
『……私、実はちょっと疑っておりましたの』
「疑う?」
『渡された優さまの写真が偽物で、話しているのは全然違う方かもしれないと』
「……あぁ」
『もし写真と違っていたらこの想いは冷めるのか。なら、私はいったい優さまの何が好きなのだろう。なんて考えていたんです』
頬から離した手を膝に置き凪沙さんは僕に頭を下げた。
疑ってしまって申し訳ございません――と。
結局、僕らはまた同じ心配をしていみたいだ。
最初のお見合いでお互いの気持ちを心配しあったように。
「……ごめんなさい凪沙さん。それは僕もです」
『優さま?』
「僕も凪沙さんが存在しないんじゃないかと疑っていました」
僕みたいな冴えない男にこんな素敵な許嫁なんておかしい。
いくら凪沙さんが重い病気だからって。
ドッキリなんじゃないか?
そんな不安がたしかに胸にあったのだ。
「不安だったんです。だから、ビデオチャットなんて言い出して。すみません、疑っていたのは僕の方です」
『そんな。それなら私も謝らなくてはいけません』
「もう謝ったじゃないですか」
『違うんです』
「違う?」
『あの、私、本当は……』
本当はなんだというのだろう。
まさか、やっぱり偽者だというのか?
モニタの中では、凪沙さんがまた頬を赤く染めている。
彼女は手で口元を隠すともじもじと身を捩っていた。
うーん。
シリアスなのか。
かわいいなのか。
もう僕どうしていいかわかんない。
『あの、お恥ずかしい話なんですが』
「はい」
『制服を注文するついでに、翠子にお使いを頼みまして』
「お使い?」
『優さまが本当にいらっしゃるのか見てきて欲しいと』
「……あ、あぁ、なるほど」
凪沙さんの方が一枚上手だったか。
二人で確認したら信じられるよね。
『あと、写真をこっそり撮ってきて欲しいと』
「……え」
『制服姿で下校していらっしゃる写真を一つ』
「……凪沙さん?」
『ついうれしくて、写真を引き伸ばして部屋の壁に』
「……なにしてるんです?」
『ごめんなさい、はしたない許嫁で』
「……とりあえず、写真を見せてもらっていいですか?」
『ここからだと、壁の原寸大ポスターは映りませんね』
「原寸大て」
『ブロマイドでよろしければ』
「ブロマイドて」
制服の内ポケットから出てくるブロマイド(ラメ入り)。
アイドルの生写真のようだが――それ、ただの陰キャDKなのよね。
どうしよう。
許嫁の愛が想像以上に重い。(うれしい)
「凪沙さん」
『すみません、隠し撮りなんてはしたないことを。すぐに処分しますね』
「そうですね。代わりに、もうちょっと見栄えいいのを送ります」
『本当ですか⁉』
めっちゃ喜ぶやん。
食い気味に顔を寄せる許嫁に、「あ、この人、絶対に良い人だわ。詐欺とかそういうのじゃないわ」と僕は確信した。
人を疑うのはよくないね。
汝、許嫁を愛せよ、だ。
なんにしても凪沙さんの存在&ガチ恋の
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☆★☆ 本日から完結に向けて日に2回更新(20:17予定)です。 ☆★☆
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