第13話
「いや、いいんだ。おれたちが盗み見るようなことをしたから」
「盗み見てなんかいないわ。堂々と見ていたわよ」
「アーヤ、そういうことじゃなくて」
「だって気になるじゃない、お墓に埋めている人がいたら。やっぱり戦を終わらせなきゃ、って思ったのよ」
「アーヤ」
カンは綾の腕をつかんでなだめた。綾は口をとがらせたが、ようやく黙った。
「……墓、か」
少年がぽつりと言った。
「確かに墓場だな、ここは。でも人間のじゃないよ。剣の墓だ」
「剣の?」
「そう。おれはつるぎづか剣塚と呼んでいる」
「剣……塚……」
綾にはこの話がどこへ行き着くのか見当もつかなかったが、カンは戦のある同じ世界に住む者としてなにかを感じたようだった。この人もまた戦によって失ったものがあることを。戦の無意味さに気づいていることを。
この世界の多くの人は失うことに鈍感になっている。生まれながらの世界に疑問を持つ方が珍しいのだろう。みんなが無意味だと気づくことができたら、こんな戦は終わるはずなのに。
カンは少年に右手を差し出した。
「おれはカン。こいつはアーヤ」
少年はカンの手を握った。
「タクだ。町で鍛冶屋をやっている」
カンはとっさに右手を引っこめた。
タクが武器を作る職人だと知り、カンはショックを受けたようだった。自分と思いを同じにする人だと思っていただけに、そのショックは大きかったのだろう。
タクは唇の端を引きつらせて苦笑した。
「がっかりしたかい?」
「あ……いや……」
カンは口ごもった。タクは気分を害した様子もなく、剣塚を眺めた。
「剣塚は剣の墓場だと言ったろう? どういうことかわかるか?」
うつむいたままのカンに代わって、綾が答えた。
「失敗作を埋めているの?」
「いや。その逆さ。上手にできた剣を埋めているんだ。完全な成功作こそ地中深く埋める。なぜだと思う?」
今度はカンが答えた。
「……戦に使われたくないからだろ?」
「そのとおり」
綾は首を傾げた。この人、言っていることがめちゃくちゃだ。
「使われたくないなら、作らなければいいじゃない。売るなら、いいものを売った方がいいし」
「できることならそうしたい。大きな声では言えないが、おれは戦なんてやるべきでないと思っている。父親が戦死し、母親が過労で亡くなり、妹が病死する。そんな家族が山ほどいるんだ」
そう言ってタクは首にかけた銀のペンダントをギュッと握った。
こういうペンダントを見たことがある。貝みたいに開けるようになっていて、中に写真などをいれられるのだ。タクのペンダントにも家族の写真が入っているのかもしれない。
きっとタクもその山ほどいる人々のひとりなのだ。
「この戦で幸せになったやつをおれは知らない。不幸なやつは数えきれないほどいるというのにだ。だから武器になるものなど売りたくない。
けれど、先祖代々続いてきた鍛冶屋だ。これだけが、今はいない家族とつながっていられることなんだ。
鍛冶職人ならばどうしてもいい剣を作りたくなる。作らずにはいられないんだ。
そんな時はここに埋めに来る。使われない剣を作ることも十分無意味なことだけどね」
「あなたが剣を売らなくても、ほかの人がその分多く売るだけだわ」
「そうかもしれない。うん、そうなんだろうね。でも、だからっておれが作っていいということにはならない。おれの作った剣で人が殺されるなんて我慢できない」
きっとタクは腕のいい鍛冶職人なのだろう。綾は剣のことなどなにも知らないが、そう感じた。
「でもそれじゃあ生活できないだろう。人のためを思って自分が生きられなくなっては、それこそ意味がない」
カンはいったい自分はタクにどうあってほしいのかわからなくなっているみたいだった。剣を作ってほしくはないが、人のために死んでもらいたくない。困ったように眉を寄せた表情から、そんな迷いが感じられる。
タクは笑顔を見せた。
「大丈夫さ。盾を売っている。あれなら身を守るものだからね」
そして、ふとカンの腰の辺りを見つめた。視線に気づいたカンが短剣に手をかける。
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