第4話

 家の手前の角を曲がると、小太郎が自分の家に入っていくのが見えた。

 綾はその背中を見送りながら思った。


 小太郎はいつ転校するかわからないって言っていた。ということは、まだまだ先のことかもしれない。一緒に卒業できるかもしれない。もしかしたら、転校の話だってなくなるかもしれないじゃない。


 綾は自分の思いつきに顔を輝かせた。


 ランドセルを置いてきたら、今日も小太郎の家に遊びに行こう。昨日帰ってしまった分もたくさん遊ぼう。


 しかし、玄関の前でランドセルの内ポケットを探って、青ざめた。


 ――鍵がない。


 どこかで落としたのだろうか。いや、ランドセルから鍵が落ちるはずがない。それなら……そうだ! 昨日、家に帰るなり鍵をその辺に投げ捨てて、それから……今朝はぼーっとしていてランドセルに入れ忘れたんだ。


「どうしよう……」


 お母さんが帰ってくるのは夜七時頃だ。どんなに早くても六時半はすぎるだろう。

 綾は晴れわたった空を見上げた。一面、うろこ雲が広がっている。今はいい天気だ。だけど……。


「夜になったら寒いだろうなぁ」


 綾は冷たい風と暗闇を想像して、ブルッと震えた。


「あ、そうだ」


 このまま小太郎に会いに行こう。水島のおばあちゃんに話せば、お母さんが帰ってくるまでいさせてくれるにちがいない。


「こ、た、ろーくーんっ!」


 綾はいつもの歌うようなリズムで呼んだ。けれどもいっこうに玄関が開かない。


 おかしいなぁ。いつもなら、水島のおばあちゃんが「あら、綾ちゃん」って出てくるのに。もしおばあちゃんが留守でも、小太郎は帰っているはずなのに。さっき姿を見たばかりだから、小太郎が家にいるのはたしかだ。


 そっとドアに手をかけてみると、鍵はかかっていなかった。おそるおそるドアを開ける。


「あのぉ、こんにちはぁ」


 首を突き出して声をかけてみるが、やはり人が出てくるけはい気配がない。


「小太郎ーっ! いるんでしょ?」


 二階に向かって叫んでみても、返事はない。

 玄関の鍵をかけずに出かけるはずもないし、だいいち、小太郎が家に入るのを見ているのだ。水島のおばあちゃんがいないとしても、少なくとも小太郎はいるはずだ。


「おじゃましまーす」


 綾は小さくつぶやいて、勝手に上がることにした。


「小太郎ってばー。いるの知ってるんだよー。返事してよぉ」


 綾は一段ずつ、ゆっくり階段を上った。


「ねぇ、小太……」


 踊り場まで上ったところで、足を止めた。


 扉が開いてる!


 ドラセナの鉢は端に寄せられていて、昨日開かなかった扉が、今は開け放されていた。


 しかも、それだけではなかった。

 扉の向こうに、外の風景が広がっているのだ。


 この扉から外に出られる、ということではない。ここは一階と二階の間だ。この壁の外なら空中になるはず。けれども、そこには地面があり、草が生え、素朴な石造りの民家がちらほら建っている。


 ドサリと音がした。


 手に持っていたランドセルを落とした音だった。自分もその場にぺたりと座りこんでしまう。口を半開きにして、扉の向こう側を眺めた。

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