第23話 残された想い出

 ソフィは自室に入ったと同時に、扉を背にしてずるずるとその場に崩れ落ちてしまった。

 どうしようもなく胸が苦しくて、苦しくて呼吸もままならない気がする。


「ふ……ぐっ……」


 声にならない嗚咽が吐息と共に流れ出て、そして肩を震わせる。

 手が震えてそれでも隠そうと、抑え込もうとしてソフィは自分の身体を締め付けた。

 何度も何度もカフェで笑う二人のシーンが頭に流れてきて、消えない──


「私は……私は……」


 ジルに好きな人ができたら応援しよう。

 そう心に決めて馬車の中で全て気持ちを切り替えてきたつもりだった。

 それでもこの想い出のつまったルノアール邸に戻ったら、ジルと二人で遊んだこの部屋に戻ったら、どうしようもなく想いが溢れて止まらない。


「どうしてなの……」


 この部屋は昔ソフィとジルが幼少期に遊んだ部屋で、当時からある絵本やピアノなどがあった。

 そしてクローゼットにはきっとジルの母親が置いてくれていたであろう二人のおえかきの紙が大事に箱にしまってあるのを数日前に見つけていた。

 ソフィはふらりと立ち上がりながら、そっとその箱を取り出して中身をみる。


(これ……いつのだろう……)


 何十枚もある形も不揃いの紙は、丁寧にしまわれており、その横にはいくつかアルバム形式にされているものもあった。


(私の絵かな?)


 女の子が本を読んでいる絵があって、その絵の中の女の子は笑っていた。

 昔よく来ていたドレスの模様をしているから、おそらくジルがソフィを書いたのだろう。


 一つめくると、ピアノを弾いているソフィ、お茶を飲んでいるソフィ、眠っているソフィ。

 めくればめくるほど自分が描かれた絵が出て来る。


(どうして私だけ……)


 明らかにソフィがおえかきをした枚数よりも多くの紙が入っており、そしてある紙をめくったところに何か文字が書かれていた。


「──っ!!」


 それは明らかに子供の字ではなく大人の字で、一言だけ添えられていた。



『すっと大好きだよ、ソフィ』



「ふ……ふぇ……」


 それはまさしく見慣れたジルの文字で、きっと大人になってから書いたものであろうとわかった。


「ジル……」


 どうしてもこんなにも自分を苦しめるのか。

 いや、天罰かもしれない。

 別の人と婚約して、幼馴染だったジルを長年傷つけた罰だ。


(これはきっと、神様の罰……)


 そっと涙を流しながらソフィは呟いた。


「もう、私たちは戻れないのかな……」



 部屋の外では紅茶を持って佇むメアリーの姿があった──

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