第19話「希望の光」

 翌日のランチはソフィとジル、そしてジルの両親でとることになった。

 ジルは最初こそいつも座っている自分の席すら思い出せずにいたが、段々家族の存在に慣れてきたのが少しずつ笑顔も見せるようになっていた。

 メアリーを始め、メイドたちがそれぞれテーブルに食事の皿を置いていく。

 ここ数日自分の部屋で食べる様子を執事のクロードから聞くと、どうやらマナーは一通り覚えているらしくそつなく食事も食べたのだという。

 それゆえ、こうして家族でそろって食事をするにもジルは食べる分には困らずに手をつけて食べる。

 そんな様子をソフィは横目で気にして見ながら、自分も食事をとっていた。


「もう具合はいいの?」

「はい、もうすっかり良くなりまして。ソフィさんから貸していただいた本を読んで過ごしております」

「そう、ソフィは本のことなんでも知ってるから読みたい本とかあったらいつでも聞くといいわ」

「ありがとうございます」


 ルノアール公爵夫人がジルとそのような話をしている横で、どうしても息子とどう接していいのかわからない公爵が自分の目の前にある皿と息子を交互に見ては何と言っていいかわからない様子で落ち着きがない。

 ソフィはその様子に気づき、声をかける。


「おじ様、本日は王宮に向かわれるとのこと、お気をつけて」

「ああ、ソフィ。ありがとう」

「王太子様はもうだいぶ大きくなられたとのことですが、ご様子はいかがでしょうか?」

「勉学にも励まれているみたいでまさしく未来の国王に相応しいお方、そんな気がするよ」

「それは頼もしいですね」


 王太子はまだ13歳ではあるが、すでに帝王学を含めた様々な学問に励んでいた。

 現国王がかなりの切れ者で優秀であるからこそでもあった。

 そんな王家の話をしていると、ジルがソフィに話しかける。


「ソフィさん、先日借りた本なのですが物理学の本にとても興味が持てました。他にもそのような本はあるでしょうか?」

「あるわよ。ランチが終わったら持っていくから待ってて」

「それでにしても物理学なんて、やっぱり記憶がなくても身体が覚えているのかしら」

「ええ、おば様。たぶん好きな気持ちは残ってるのよ」


 ソフィと公爵夫人の会話を眺めていたジルはふと不思議に思って尋ねる。


「僕は物理学が好きだったのでしょうか?」


 その言葉に少しはっとしたように、三人ともジルの方をみてそして三人で顔を会わせて微笑んだ。


「ああ、お前は昔から物理学が好きだったよ」

「そうね、本を読んだりその手の研究者に会いに行ったりしてたわ」

「私にも本はないかと聞いてきたわ」


 三者三様に答えながら、三人とも内心ジルが記憶を思い出そうとしてくれているのだと思い嬉しく感じた。


(そうだ、記憶が消えたわけじゃない。思い出せばいいのよ。ゆっくりでも)


 そう改めて胸の内で呟いたソフィは、ジルに話しかける。


「ねえ、ジル」

「はい、なんでしょう。ソフィさん」

「よかったらこのあと街に行ってみない?」

「街にですか?」


 ソフィとジルは何度か街に出てカフェ巡りや雑貨屋などを巡ったりと楽しんできた。

 貴族御用達のお店や地区もこの国には多くあり、貴族であってもよく出かけていたのだ。


(街に出れば刺激になって思い出すかもしれない)


 これまで辛く苦しかった気持ちが少し軽くなったような気がしたソフィは、これからはジルの為に前向きになることを決めた。

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