第4話 二人きりのお茶会
(はぁ……なんだかそわそわするわ)
その日、ソフィは朝からずっと落ち着かず、部屋を出ては入り、出ては入りを繰り返していた。
(今日はジルとのお茶会の日。なぜかしら、あのお誘いを受けた日からジルを思うたび、ふわふわする。どうしましょう……風邪でも引いてしまったのかしら……)
思い悩みながら部屋と廊下を行き来するソフィ。
お茶会はルヴェリエ伯爵邸の庭園でおこなわれることになっている。
先程ジルが到着したとの知らせをメイドから聞き、ソフィは庭園に向かう。
庭園に向かう途中のソフィの脳内では、先日の自室での出来事がフラッシュバックしていた。
ジルがおもむろに跪き、ソフィの手の甲に口づけをするシーンが脳内に焼き付いて離れない。
(──っ!)
その出来事を思い出しただけでソフィは顔が真っ赤になり、思わず両手で顔を覆って立ち止まってしまう。
(やだわ……どうしてなの……ジルのあの姿が離れない……)
やっと庭園に着いても顔のほてりはなかなか冷めず、ジルが待つガゼボへの到着が遅れた。
「ジル、お待たせ」
「ソフィ、来てくれて嬉しいよ」
そういいながら、ソフィの座る椅子を引く。
「さぁ、こちらにどうぞ」
王子様のように手を差し伸べ、椅子に座るように促すジル。
「──っ! ありがとう、ジル」
「こんなにこの幼馴染は魅惑的な雰囲気を漂わせていただろうか」とソフィは心の中で思いつつ、ゆっくりと席に着く。
すると、ソフィはあたりを見回して、メイドや執事がいないことを不思議がる。
その仕草を見てジルはソフィの考えている事をすぐに読み取り、くすっと笑いながらソフィに告げる。
「今日は二人きりのお茶会だといっただろう?」
そういってメイドの代わりにジルが綺麗な花の模様が描かれたティーカップに、ダージリンティーを注ぐ。
やがて、あたりは紅茶の香りで包まれ、ソフィは心地よい気分になる。
差し出されたティーカップを上品に持つと、そのまま一口紅茶で喉を潤す。
「美味しい……」
「そうだろう? 最近王都で流行っているものを取り寄せたんだ。ソフィの口に合うかな?」
「ええ、とっても」
そういってソフィの細く白い指先が、ティーカップへと運ばれる。
ソフィの笑顔を見て、ジルは自らも紅茶に口をつけて微笑んだ。
バラの香りと紅茶の香りで満たされながら、ソフィは大事に抱えてきた本を開く。
この間とは違い、ソフィはすらすらと本を読んでいく。
ジルはその様子を頬杖をつきながら嬉しそうに眺めていた。
その視線に気づいたソフィは、赤くなった顔を本で隠すようにしながらジルに話しかける。
「ジル、その……そんな風にじっと見つめられると恥ずかしいのだけれど……」
そういいながら本の影から顔をそっとのぞかせ、ジルを見つめるソフィ。
「こんなに可愛いソフィの姿を見ないわけにはいかないじゃないか」
(もう……! 可愛いってそんなさらっと……)
さらに顔を真っ赤にしてどうしていいかわからなくなり、ソフィはあたふたとする。
「ふふ、からかってなんかいないよ」
そういうと頬杖をやめ、真剣な表情のジルがソフィにぐっと近寄る。
二人の距離は息が届くほどに近くなる。
「僕は君のその美しい髪も、透き通った声も……そして何より本が好きで優しい君が好きなんだ」
「──っ!」
『好き』という言葉に顔を真っ赤にして俯こうとするソフィ。
しかし、ジルの右手が俯くソフィの顎をつかんで、くいっと上を向かせる。
ソフィのターコイズ色の淡い瞳をサファイアブルーの優しい瞳が捕らえて離さない。
「もう君は誰のものでもない。なら、僕は遠慮なく君のことを捕まえに行くよ」
(ジル……っ!)
ソフィは高鳴る鼓動を抑えようとするが、身体がいうことを利かない。
今までジルを『幼馴染』として意識していた自分は、もうソフィの中には存在しなかった。
(ああ、もう何かしら……! エミール様には感じたことのない……この苦しくてけど嬉しいこの想いは……どうしてそんなに私を困らせるの……?)
口をきゅっと結び、目を潤ませながら上目遣いにジルを見つめるソフィ。
「こほん」とジルは咳を一つすると、淡く頬を赤らめて目を逸らしながらぼそりと「……またそんな可愛い顔をして……」と言う。
「え?」
そよ風にかき消され、うまく聞こえなかったソフィはジルに問う。
「なんでもないよ」
ジルはそのままソフィの頬を優しくなでると、愛しい想いをソフィに届けるように微笑んだ。
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