第11話 沖田と仲直り
(やっぱ、おれにはこれしかねえ)
土方は乱戦の醍醐味を噛み締めた。
男たちの怒号、足音、振りかざされる凶器、そして悲鳴。土方歳三として生きた三十五年は、そんな修羅場を駆け抜けた人生だった。
理心流独特の、右籠手をあらわにして誘う平正眼に構えると、いつでも気が引き締まる。
死への恐怖が消える、と言えば嘘になるが、技を繰り出す瞬間は、限りないほど無心になれる。市街地の乱闘でも、戦場の白兵戦でも。この技前一つで、幾人もの人間と同時に渡り合ってきたのだ。
「おらあっ」
組み合う勢いで突っ込んでこようと、間合いの正解は、限られたところにしかない。撃つ、受け流す、突き放す、動作は限られているが、選択肢は無限大だ。相対した人間の数、その一人一人が違う。
(ぬるいぜ)
慣れない人間ほど、凶器を手にしたら逆に動きは単調だ。達者には、容易くコントロールされてしまう。
三、四人が掛かってきても、土方なら軽く、いなし切る。一人を受け流し、もう、一人を突き放し、惹きつけた相手だけを確実に仕留める。
一人が鮮やかにやられれば、残りはたじろぐ。崩れに乗じて、浮き足だった奴から叩く。その繰り返しだ。
「ほいっ、ほおーいっ、ほいほいほーい!」
斎藤の気合いは間抜けだが、さすがの練達だ。五人を一手に引き受けて手玉に取っている。
その間隙を縫って、山南が撃ち漏らしを仕留めていく。人数差などものともしていない。新撰組の実力は、全く衰え知らずだ。
「総司っ」
と、人数を退けた土方が声を挙げた。
「何やってんだお前、さっさとこっちへ来い!」
しかし、沖田はそっぽを向いたままだ。すると、
「沖田くん早く来たまえっ」
次いで山南が駆けつけた。
「もう、大丈夫だ。早く逃げるんだっ」
これにも、沖田は反応しない。やむなく二人は、沖田を守って背中合わせになった。
「おい、いつまでぼさっとしてんだ馬鹿」
「土方くん、そんな言い方はないだろうっ」
言い合いになりそうな二人を、沖田は興味深そうに見つめている。
「なんだよ!?」
「ちゃんと仲直り出来たんですか、二人とも?」
不意に、沖田が聞いてきた。
「うるせえ」
土方は、不満そうに鼻を鳴らした。また素直になれない例の悪癖が出た。
「お前のせいだからな、総司」
「そうですよ沖田くん」
しかしそのとき、なんと山南も入ってきたのだった。
「お陰でもっと、昔のことを思い出したじゃないですか!」
「山南さん……」
不意に投げ込まれた山南の本音に、沖田は目を見開いた。
「お互い行き違って道は別れてしまった。けど、元の心は同じなんだ。今だってそうだ。新撰組が今の世の悪を討つと言うなら、僕はその志に殉じよう!沖田くん、君と共に!」
「
「土方さん……」
その二人の答えを、噛み締めるように沖田はしばらく目を閉じていた。
「はぁーい!分かりました!……じゃーあ、許しちゃいましょうか!」
と、沖田は、嬉しそうに言った。
やっと肩の荷が降りたと言うような、満面の笑みで。
「もー、しょうがないなあ。わたしがいないと、今でもぜーんぜんダメなんだから、二人とも!」
「ばっ……馬鹿っそんな話してねえだろうが!」
「沖田くんっ、それは……!そうかも知れないけどもっ」
「ふふふふふふふふ、嬉しいなあ☆なんか、良かったですJK転生して。本当なら、短かったけど沖田総司として生きてるうちに、こう言う仲直りを見たかったんですよねえ」
沖田は言うと、天を仰いだ。
「でも今、叶えてくれても幸せだったなあ……」
その気持ちが少し、土方にも分かった。誰に対しても恥ずかしくない、悔いのない生きざまだった。そのはずが、本当は違うのかも知れない。土方は天命の存在を思った。
かの戊辰戦争で無念にも散っていく同志を見送りながら、何度もそれを感じた。問いかけるものも答えるものもなく。ただ、はるか蝦夷地まで転戦し続けた色んな空を見上げるたび、想ったことだ。
(だからこそ、おれたちはまた令和の世で再び会えたのかも知れないな……)
土方もまた、もはや百年以上経った令和の夜空を見上げた。
だがその答えはまだ、天から返ってこなかった。
「はーっ、すっきりした。まー、やっと素直になれたんじゃないですか。大人になれましたねえ、二人とも☆」
けろっとした顔で沖田は言う。百年以上続いたその無念も洗い流されたと言う顔だ。
(勝手にすっきりしやがって)
土方はいらっとしながら、応えた。
「うるせえわ。大体な総司、いつまでもお前だけ猫被ってんじゃねえよ」
「ですねえ!いやあ、せっかくの機会なのに、わたしだけ暴れてないなんて損ですもんね☆」
屈託のない笑顔を浮かべると、人質のはずの沖田は、とんでもない行動に出た。結束されていたであろう、バンドをぶちっと自力で引き破ったのだ。
「ひっ、人質の癖に逃げる気かっ!」
特殊警棒で向かってきた男を、沖田はそのまま豪快にぶん投げた。
「ぐげえっ」
実にえげつない理心流の当て身投げだ。
「……わたしね、皆伝なんでよく、教えてたんですけどうちの天然理心流て、路上の格闘技なんですよねえ」
沖田に火が点いた。危険だと思ったが、土方は木刀を放り投げてやった。
「殴るし、極めるし、投げるし。これやってれば、道っぱたでどんな剣術やってる侍に絡まれようと、瞬殺出来るんですよ」
立ちはだかるのは、金属バットを持ったプロレス体型の大男だ。
「でもやっぱ最強は、剣を振るうときです」
「ブッ殺してやるッ」
片手バットを振り回そうとしたその男の意気は長くは続かなかった。勢いに乗った沖田が、正眼のまま突進してきたからだ。その圧だけで相手は、怯んだ。その刹那、
「ぐおっ……」
瞬時に木刀は、その喉輪を刺し貫いていた。言葉もなく、その大男は仰向けに倒れ込んだ。その一撃で辺りは急に静まり返った。それほど凄まじい刺突だったのだ。
「すげえっ、たった一撃で……」
土方の傍らで、山形が息を呑んでいたが、沖田の突きは達人の中でも並みのものではない。
「一撃じゃねえぜ。よく見な」
三度突いている。ぶっ倒れた男の肌に、固まって三つ、大きな打撲痕があった。それが師の近藤にすら真似できない沖田総司の
「土方さん、助かりました!来てくれて本当に嬉しかったですよ☆」
とか言っているが今の実力なら、完全に自力で脱出できたはずの沖田の腕前だった。
「後は、みおりん先輩って呼ばせてくれたら、最高に大好きなんですけど!」
「それは別問題な」
わざと捕まった疑惑が明らかになった今、また沖田に素直になれない土方だった。
「あんた、まさか本当にあの土方歳三なのか」
土方の前へ立ちはだかったのは、夜道で襲ってきた手練れの男だ。
「そう言うお前は、知ってんだろうなお前は、本当に土方歳三ってのを……」
と、土方は言ったが、相手は本気らしい。
足技を使うその男の靴は、仕込みブーツだ。爪先を合わせると、カチリと音がして、そこから仕込みの飛び出しナイフの刃が飛び出した。
「副長、危険です。無茶しないでください」
斎藤が言う。すでに全体の勝敗は決している。が、土方もこの男には負けたくなかった。
「やってやるよ」
土方はまた、平正眼に構えた。
脇構えのような半身の体勢は、ナイフを仕込んだ靴先への備えだ。しくじれば一生ものの傷を負うか死ぬかも知れない局面に、土方は挑もうとしていた。
「お前、名前は」
と、土方は尋ねた。
「
相手は答える。
二人とも間合いを計って、距離を保つ。あのローキックには、悩まされた。いぜん対策はない。
現代の格闘技にも詳しい斎藤から、あらましは聞いている。あの蹴りを防ぐ技術を身に付けない限り、完全攻略は、難しいらしいのだ。だが、いつでも売られた喧嘩は買うのが、土方だ。
「さっさと来い」
無言で七里は間を詰めてきた。
木刀の間合いをものともしない。上半身を亀の子のように縮めてガードしながら、まだ対応されていないローキックで潰す。その戦略のようだ。
「理心流なめんなよ」
土方は、七里を誘う。
実を言うと、そのときふと、思いついたことがあった。他に対策はない。一か八か、それに賭けようと土方は思った。
それにしても刃物のついた蹴りだ。下手をすれば一瞬で、勝負が決まる。入りかけた間合いを一度開こうとした土方に、七里が追随してくる。
「シッ」
しなりをいかしたローが襲う。狙いはJK土方のスカートからのぞいた左の太ももだ。もし切られれば、目立つ場所に取り返しのつかない傷を負ってしまう。避けることも、防ぐことも出来ないタイミングだった。だが、
(ここだっ)
土方はそこを狙っていたのだ。
「らあっ!」
「
悲鳴を上げたのは七里だった。
「おっ、折れたっ……」
木刀で撃たれたのは、ローを繰り出した左の脛だ。
「いっ、今のっ、理心流じゃないです!」
「柳剛流すね」
沖田に次いで斎藤が思わず、突っ込んだ。
土方が使ったのは、理心流ではなく、足を狙って払う柳剛流の得意技だった。ローキックを使う相手を見て、とっさに思いついたのだ。その昔、道場稽古をサボって、さんざん他流試合したのが、今、役に立った。
「きったねえ!あり得ないすよ今の勝ちかた!」
「ひどいですっ、理心流なめんなとか言っといて!」
「うるっせえなあ!勝ちゃあいいんだよ!勝ちゃあ!これはおれの技だ!」
相変わらず、目的のためには手段を選ばない土方だった。
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