第7話 時を越えて歩み寄る

「やらかしましたね」

「う……」

「だーかーらぁ、あれほど言ったじゃないすか。どうしてああ言うとき、素直に謝れないんですかまったくもう」

 じとっとした目で、こんこんと斎藤は詰めてくる。こんな奴だったのか。

「で、でもなあ。今のは、仕方がねえだろ!大体、山南さん、あんたが悪いんだぞ!」

「土方くん、君こそだ。君が沖田くんを刺激したりするから!」

「はーいはいはいっ!争わない。今のは二人とも悪い。二人で、沖田さんを傷つけたんすよ」

 言い争いを展開し出した二人の間に、すかさず斎藤が割って入る。

「土方副長は、山南さんに突っかかるから。山南さんは、わたしたちに素直に心を開いてくれないから。沖田さんは、それが悲しかったんですよ。お互い、いい加減、素直になって話し合いません?」

 一番大人な斎藤の意見に、土方と山南は思わず、言い争うのを止めた。

「二人がいまだにそりが合わないのは、よく分かりましたよ。それは今後お互いで何とか上手くやってください。でも、二人とも、沖田さんが大切でしょう?だったら今はそう言うのやめて、沖田さんのこと心配してあげましょうよ」


(総司のことは大事だ)

 改めて、言われるまでもない。だが果たして、本当に沖田の気持ちを汲んであげていたのか。気づかないふりをしていたつもりが、本当に気づいていなかったのだ。

(おれは、本当にあのとき総司を傷つけていたんだな)


「江戸へ向かう」

 そう言い残して山南敬助は、屯所を脱した。隊規によって、脱走は死罪である。

 土方は近藤に仔細を報告し、沖田を派遣することにした。明らかに刺客である。

 北辰一刀流を究めた山南が相手だ。腕の立つ人間は他にもいたが、土方は、迷わず沖田を選んだ。ただ腕の立つ人選では、派手な斬り合いになって最悪、相討ちと言うこともあり得るからだ。


「山南さんを、私が……?」

「屯所に戻るよう、説得しろ」

 推し被せるように土方は言った。沖田が呑み込んだ語尾の内容を、もちろん察してのことだ。

「仮にも新撰組総長だ。往来で大きな騒ぎにしたくない。説得には総司、お前が適任だ」

「はい、分かりました」

 と、沖田はいつも通り言った。


 今思えば、そのときは、本当にそれだけの印象しかなかったのだ。だが、もしそのときの沖田が今の沖田みたいに、自分の意見を口にしていたら、自分はどうしていただろうか、と土方は思う。


 あんなに強い、否定の言葉ではなくても。


(おれは恐れていたんじゃないか?)


「もし、山南さんと抜き合わせたら、どうします?」


 沖田と山南が、斬り合いになったとしたら。

 本心ではそれを望んでいなかったから。


(おれは……大きな騒ぎにするな、と言ったんだった)


「土方くん」

 と、山南が口を開いたのはそのときだった。

「僕はあのとき、抵抗せずに沖田くんと屯所に帰ってきた。それがどうしてだか分かるかい?」

「……総司が、あんたを迎えに来たからだろう?」

「違うよ」

 山南は、小さく首を振った。

「君への、あてつけだ。沖田くんと斬り合いたくなかったからじゃない。新撰組総長として、堂々と腹を切ってやって、君に思い知らせてやりたったんだ。総長なんてご立派な肩書きをもらった僕だって、隊規を犯したら、死ぬしかないんだ。土方くん、副長の君にもいつか、絶対そう言うときが来る。そのとき、君は僕みたいに、立派に腹を切れるか。本来は武士でない君が。やれるものなら、やってみろ。そう言ってやりたかったんだよ」

「それが、あんたの本音か山南さん」

「ああ、そうだ。やっとそいつを話せてすっきりした。君とさしでなんてあのときは、逆立ちしても出来なかったからね。でももうここには、新撰組もない。どうせこの際だから、言いたかったことを、君にぶっちゃけてやる。僕は、土方くん、君が僕を何かと仲間はずれにしやがるのに、腹が立ったんだよ」

 土方は、大きなため息をついた。

「やっぱり、おれはあんたが嫌いだ」

「そうだろうな」

「だが、全部ってわけじゃない」

 と、土方もまた、思いきって言った。

「いいとこでいつも、空気を読んでくれなかったのは、あんたなんだぜ」

「土方くん」

「おれからすれば、最初におれたちを仲間はずれにしたのはあんただぜ。肝心なとき、自分だけはおれたち試衛館の田舎者とは違う、そう言う立場をあんたは取る。それがいつも、おれにとっちゃ裏切られたみたいに感じたんだよ。昔から、あんたはおれたちと修羅場に立って、その剣を振るって生きてきてくれたのに、結局はそうかよ、ていつも思ってたんだ」

「ふふふふ、お互い、やあっと、素直な本音が出たじゃないすか」

 歩み寄る土方と山南を見ながら、にんまりする斎藤。土方は何だか、漁夫の利をとられたような気分になった。

「うるせえな。せっかくいいとこで、水を差すんじゃねえよ」

 照れ隠しに土方は鼻を鳴らした。斎藤が茶化さなければ思わず、幕末のあの頃を思い出してしまった。ことによっては、涙ぐんでしまうところだったのだ。

「沖田くんに謝ろう、土方くん。僕にも落ち度があった」

「あ、ああ、そうだ。おれも悪かった山南さん」

「お、さすが副長。自分から、素直に歩み寄れましたね」

「うるせえなさっきから」

 いちいち斎藤に言われて土方は、何だか恥ずかしくなってきた。

「今度は僕が沖田くんを説得するよ」

 と、言う山南の口調にかつてのわだかまりはなかった。

「君たちのところに、必ず戻ってくるように」

「ああ、頼むわ山南さん」


(今のは、もうずっと昔の呼吸だ)

 あの一言がすっと出たことが、土方にとっては自分のことながら、思わぬ驚きだった。

(試衛館にいた頃、山南さんとはああだったな)


 片田舎の武士になりたい男たちが剣術を口実に集まるなかで、武士の世間に明るい山南は、何かと頼りがいがあった。

 新撰組を結成するきっかけとなった、浪士組の募集を見つけてきたのも、そう言えば山南だった。

(おれは山南さんが、嫌いなんじゃなかった。ただ、ずっと同じ方向をみていて欲しいだけだったんだ)

 本当はあのとき、そう言いたかった。沖田に斬り合いをさせる気も、山南に切腹を強いる気もなかった。そのはずだ。でももう、素直になれなかった。紆余曲折を経て、仕舞い込んだ本音だ。口に出すには、もう話がこじれすぎていた。

(あのときは、どうしても出来なかったんだ)

 土方歳三として生きていたら。もう、後戻りすることは出来なかったのだから。




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