転生JK土方歳三は普通に新撰組がやりたい

橋本ちかげ

第一巻 鬼副長、JKになる

第1話 令和で通す誠

「あのー、なんかぁ。段ボールとか……を運ぶ簡単な仕事?学生OK一回最低五万円とかって、聞いたんですけど……」


 ある冬晴れの昼下がり。先月まで学習塾が入っていたテナントビルの三階の角部屋だ。今は時間貸しのレンタルオフィスになっている。その日、SNSを通した依頼の応募に現れたのは、二人の女の子だった。


(こいつら高校生……だよな?)


 渡された履歴書を読むまでもなく、受け付けに出たスーツの男、山形は、その二人の素性を値踏みしていた。


 一人は長い黒髪を背中に垂らした女子。白いジャケットの下は黒いタートルネックのシャツに青ジーンズ、背丈はそこそこだが、手足が長いので長身に見える。黒縁眼鏡の内側で光る涼やかな目の切れ長具合が、印象的だった。


「いや、五万とか本当ですか。それ絶対ヤバいやつですよお先輩」


 その袖をしきりに引いて怖がっているのは白ニットに、フレアスカートの女の子だ。よく見るとこちらのが背が高い。ゆるふわウェーブの効いた長い髪にはほのかにブリーチが入っている。ボイスチェンジャーで補正してあるんじゃないかと言うくらいアニメ声だ。


「怪しくないですよ全然。募集にも書いてあったでしょうホワイト案件て」


 山形はすかさず、フォローする。害のない笑みを作るのにも、良心の呵責はなくなった。


(ホワイトなわけねーだろ)


 そもそも怪しくなかったら「怪しくないですよ」なんて書かないのだ。げんに普通のバイトの求人広告には書いていない。そんなもの、見たこともないし、見ようともしない、ろくに就労経験のない奴らが引っ掛かるのだ。


(うちに来たら、拒否権ねえし。人生おしまいだっつの)


 ここは集合型犯罪の斡旋グループの人材調達部門なのだ。弱みを握って操れる人材を調達するのが目的の場所に来てしまったが最後、骨までしゃぶられるのが落ちだ。


(二人とも家は、そこそこ裕福そうだな)

 笑顔の裏で山形は抜け目なく、値踏みを続けた。

(ヤバいもん運ばせて後で脅迫するか)


 若い女はあまり、強盗や恐喝、引ったくりなどには使えない。だが最悪、実家から口止め料を搾り取ると言う手もある。さらに自宅の状況が分かれば、そこへ強盗へ入るのも簡単だ。いずれにしても、弱みを握っておいて損はない。


「仕事が入れば即日五万円、その日、入金があります。電子マネーで支払いますので、後で口座を登録させて下さい」

「あの、現金で受取とかは可能ですか?」

「それも出来ますけど、手間が掛かりますよ」

「ですからこうして履歴書を」

「いや、そもそも紙で履歴書なんて受け取ってませんから。チャットのアプリ入れてもらって後はそれでやり取りだって書いてあったでしょう。特別なんですよ。今すっごいお金に困ってるって言うから。こうしてお会いするのってありえないんすからね……」


 と、言いつつ山形は履歴書には目を通す。この仕事を始めるときに、山形は先輩に叩き込まれた。目に入る情報は、いつでも何も見逃すなと。なので、思わず履歴書に目を通したのだ。しかしそれをみて絶句した。そこにはなんと、とんでもないことが書いてあったのだ。


「天保六年五月五日……生まれ?」


 予想外の情報を入力され、バグった山形の目は激しく泳いだ。


(ええっ天保?今は……令和だ。令和だよな。その前は平成。さらに前は……そう、昭和。じゃ、さらにその前は……?)


「江戸の生まれだよ」

 急に黒髪が言う。声のトーンがぞっとするほど変わっていた。

「武蔵野国多摩は石田村の産よ。なんか文句でもあんのかい」

(なんだこいつ……!)

 山形は知らなかったが、今のは歯切れのいい江戸弁だった。だが何度見しようと、目の前にいるのは、どうみても十代の女の子だ。しかし、しゃべり方もたたずまいも、尋常じゃない。何かが取り憑いたようだ。

「なんなんだよお前っ、なんだよっ!」

 山形の声から、余裕が消えた。経験が告げている。今、何かとんでもないことが起きている。だがそれが何なのか分からない。目の前にいる二人の少女は、ただの少女ではない。

(逃げなくては)

 ヤバくなったら、とにかく逃げろ。

 その先輩の教えが導き出されるまで、時間が掛かりすぎてしまった。何しろ、相手が予想外すぎるから。

 山形は席を立ち上がろうとした。

 しかし、かなわなかった。

 黒髪の少女が、テーブルを蹴った。

 それを腹に受けて、山形はくの字になって苦悶する。

「ぐうっ!」

 顔を上げたその喉元に、今度はシャープペンが突きつけられていた。動けば容赦なく刺す、と言うように。突きつけてきたのは、白ニットの方だった。もう、動けなかった。ただの、シャープペンなのに。その切っ先で、喉が突き破られる、と言うイメージが、一瞬ではっきりと、山形の脳裏に浮かび上がっていた。


「殺すなよ、総司」

 黒髪が言った。白ニットは、天使の笑顔で微笑んでいる。

「分かってますってぇ。もうー、心配性なんだから、土方さんてば☆」

(ひっ、土方!?)

 何か、聞いたことあるぞ。山形の頭の検索エンジンがフル回転した。土方と言えばあれ。あれだよ。だが、いや、あり得ない。相手は、若い女だ。でも、履歴書には確かに書いてあった。無駄に達筆の毛筆だった。氏名の欄にくっきりと。この黒髪の女の名前は。

「土方歳三義豊だ。かつての会津中将様お預かり、新撰組副長。昨今関東一円荒らし回る御用盗一味の嫌疑によって取り調べる。せいぜい神妙にしろ」



(ぬわああぜだあッ!?一体、何がどうして!おれはこんなことになってやがるううッ?)


 人知れぬ苦悶が今も、続いていた。

 今の独白は、集合型犯罪犯、山形ではない。今や黒髪美少女と成り果てた、およそ二百年前に実在した新撰組副長、土方歳三本人の苦悩の叫びだ。


(このおれが!なんのせいで、どうして!こんな時代に!しかも小娘に!生まれ変わってるんだよっ)


 土方歳三は、戦死したのだ。


 アメリカ西部に亡命してインディアンに紛れて戦っただとか、大正時代にアイヌの隠し財宝を探したとか、色んなことを言われているようだが、自分は確かに死んだ。おのが信じる士道を全うし、公儀に殉じ、新撰組副長として本望を遂げ、十二分にその生涯に幕引きを行ったはずだった。


(やりきった)


 五月十一日、箱館一本木関門。まぶしい中天を浴び、意識を喪った後、何故かいきなり、どこかに座っていた。変な色の袴が見えた。チェック柄だ。女子高生のスカートだったのだ。しかも足首まで白い下着が降りていた。


「おうわっ!」


 令和の女子高校生に転生していたのだ。しかも、トイレ中。信じられない。なんと後で知ったことなのだが、この世の中、転生、と言う話は割りと普通のことらしく、よくあることのようなのだ。

 ひどいのになると剣と魔物と魔法、みたいなファンタジーの世界へ行ってしまうそうだから、ややましではある。

 ちなみに後で知ったのだが、土方の場合は女子高生の中にある『前世記憶』と言うのがある日突然、目覚めたらしく、何かのきっかけで、土方歳三に戻ってしまったと言う状態らしい。


(まだここが日ノ本では良かったぜ……)


 とりあえず自分を慰めた。しかし、箱館で奮戦していた土方がいきなりトイレにいる女子高生になるのも、それはそれで辛かった。

 それから色んなことが、あった。とんでもなくあった。あまりいいことはなかった。ひどい目に遭いまくった。

 突然、女子高生、と言う身分になったので、とりあえず歴史の教科書を読んだがよく分からず、図書館の歴史マンガを読破し。年齢ばかりか性別、生活環境まですべて変わった自分の立ち位置を把握したものの。

 それだけでは女子高生として生きていくのには不十分で、毎日あらゆるところで、令和日本の洗礼を受けた。人知れず、泣いたりもした。一時は本気で腹を切ろうかとも思ったほどだ。

 しかし、かつての新撰組副長として、武士として、そこは何とか乗り越えた。士魂で。たとえ何百年後でも、ここは日本なのだ。この国を憂い、義に殉じた自分が生きられないはずがない。自分は、女子高生としても生きている限り、誠の道を貫くのだ。


「新撰組!え、土方て!あ、おっ、鬼の副長だ!あの!ほら漫画とか!ゲーキャラのっ」

 山形は目を剥いていた。こいつもまた、ありえねえとか信じられねえとか言うに違いない。それはこっちの台詞だ。土方は、ため息をついた。このリアクションには、もういい加減、うんざりなのだ。

「ゲームでも漫画でもねえよ。そもそも架空のキャラじゃねえからな!つーか、何なんだよお前ら!どうして新撰組だけ知ってて、実在したの知らねえ奴が出てきてんだよ!」

「いいじゃないですか、そこは。忘れられるよりましだし。あの、ほら、あれです!有名税?ってやつで」

「絶ッ対その使い方、違うからな総司」


 ちなみに沖田総司もいた。しかも同じ学校の、一個下の学年に。本当は七歳も下なのに。年齢が近くなったので、こいつは最近、やたら馴れ馴れしい。認めたくはないが、かつてより、ほんのり舐められている気がする。


「それよりどうします、ちょっと懲らしめた方が良くないですか?不意を突かれて逃げられても困りますし」

 沖田は、浮き浮きしながら言った。よほど得意の三段刺突を、披露したいらしい。

 たとえ日本刀でなくても、シャープペンでも、沖田の刺突食らえばさすがに死ぬ。幕末の不逞浪人ならまだしも、こんなやつ、半殺しの手加減で、殺してしまう。土方も勉強中だが令和の日本人には、もろもろ配慮がいるのだ。

「馬鹿、おれたちの時代とは鍛え方が違うんだ。ころっと死なれたら、誰が責任取るんだよ」

「あー、それっ!あれだっ!あのっ天ぷら!」

「『こんぷら』な」

「『こんぷらいあんす』てやつだ。あはははははっ、こんぷら、ってなんか、金比羅様みたいですよねえ」

「くっそおっ」

 隙を突いて、山形は駆け出そうとした。しかし、それはすべきではなかった。土方の言う通り、幕末の剣士は手加減が利かない。人間の鍛え方が違うのだ。

「ったく」

 ゆるふわ髪の沖田は、右の眼球に無造作に、シャープペンを突き刺してきた。さらには抜け目なく当て身を打って、腰投げまでしてきたのだ。 「逃げんなって言ったでしょう。殺しますよ」

「ぐへえっ」

 倒れ込んだ山形は、もう反抗の意思を失くしていた。目にシャープペンが刺さっているのだ。これ以上やったらたぶん、殺される。それも、ハエ一匹叩くくらいの手間で、自分は殺されるだろう。

「ひぎっ、ひい!ひっ、人殺し!うっ、ううう訴えてやるからな!」

 血の滴る目の痛みをこらえ、山形は訴えたが、土方は一片も動じない。幕末の鬼副長に令和のコンプライアンスは通用しないのだ。まさに、ゴミを見る目である。

「言い分は屯所で聞く。まだ序の口だぞ。……新撰組の責め問い(拷問)てのは、こんなもんじゃねえからな」

「ごめんなさい殺さないでっ」

 全く脅しには聞こえなかった。


 それから山形の絶望は深まった。おもむろにオフィスのドアが開き、下の階に隠れて様子をうかがっていた仲間が連れてこられたのだ。助けを待っていたはずが、手早く一網打尽にされていたのだ。全員、結束バンドでつながれ、人相が変わるほど顔がボコボコにされていた。


 しかもやったのは、黒髪ベリーショートの、いかにも運動部と言う感じの青ジャージの女子だった。


「お疲れっす。副長自ら出てもらってすんません。連中用心深くて」

「潜入ご苦労。斎藤くん、よく連中をそそのかして誘きだしてくれたな」

 と、土方はその功をねぎらった。

 この運動部女子も、実は斎藤一、かつて新撰組三番隊組長を勤め、新撰組の裏仕事のほとんどに関わった男。密偵と暗殺をやらせたら、右に出るものはいない。そいつも、何故か学年下で剣道部をしていた。

「今さら剣道なんてやって面白いか?」

「いや自分、師範学校で教えてましたんで。若いのと楽しくやるの、好きなんすよ」


 土方もこの現代で知ったのだが、斎藤は警視庁抜刀隊として西南戦争に参加したあと、東京師範学校と言うところで剣道を教えていたらしい。九人一気に稽古して、鬼斎藤の異名を取っていたようだ。道場に出て後進の若い連中とわいわいやるのが好きなのは、変わってないらしい。


「斎藤くん、顧問の先生、泣いてましたよ。ダメじゃないですか、新撰組の実力出しちゃ」

「沖田さんこそ、遊びで練習に参加するの止めて下さいよ。あんたが軒並みブチのめしたせいで、主力の三年生四人辞めたんすからね。インターハイ候補だったのに」


 沖田の荒稽古は、いまだ健在だ。かつて道場主の近藤勇より荒っぽい鬼の出稽古で、多摩日野っ子を恐れさせた自覚がないらしい。こいつを剣道部に入れたら、部員全員辞めてしまうので、土方と斎藤二人がかりで説得してようやく止めさせたのだ。


「よし、おれらの仕事は終わりだ。後片付けは『近藤さん』にLINEしとけ。さっさと戻るぞ。普通の『じえッけ』ってやつにな」

「土方さん、なんか発音違う。上州弁混じってますよ。言い慣れてない言葉、無理に使わないで下さいよ」

「うるせえ総司、少しずつ慣らしてくんだよ」

「あっ、土方副長、自分今、『町中華』てのにハマってます。あれやべえす。めっさ美味えし腹いっぱい食えるし安いしで、すんげえす」

「おっさんかよ。そもそもおれたち新撰組は今なあ、もっとJKらしくだなあ」


 新撰組は今なお、現代を生きている。








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