第4話 デートは水族館に

 そうして祝日がやってきました。連休は水族館に行こうと約束していた通り、待ち合わせの場所に行くと貴方はもう私を待っていてくれました。時間より少し早いくらいでびっくりしてしまいました。

 貴方はこうした時間はきっちり守るんですよね。家のドアはすぐに開けてくれないのに。

 貴方はあの日に買った服を着て真剣な目をしてスマホを見ています。私はどう声を掛けていいか迷ったのですが、せっかく時間に間に合ったのに遅れるわけにはいきません。

 思い切って普通に声を掛けます。


「こんにちは」

「今来たところだよ」

「?」


 微妙に会話が噛みあっていない気がするのですが、貴方は一度その台詞を言ってみたかったのだとか。


「じゃあ行こうか」

「はい」


 微妙なぎこちなさを残しながらも私達は歩き出します。


「今日は暑いですね」

「そうだね」

「もうすぐ夏だから仕方ないですけど」

「うん」

「あ、そこのコンビニ寄っても良いですか?」

「いいよ」


 私はコンビニでお茶を買う事にします。貴方はそれを見て水族館で買うと高いかもしれないからねと言います。

 水族館で買うと高いんでしょうか。私にはよく分かりません。


「さ、そろそろ行かないと。混む前に入ってしまおう」

「はい」


 私達が水族館に着くとやはり連休なので人が多いです。これはチケットを取るのも大変かもしれません。

 でも、心配無用でした。貴方はちゃんと事前に予約をしていたようであっさりと入場する事ができました。こういう所はしっかりしているんですから。

 何でも今ではネットで予約ができるのだとか。私もネットは使えるのですが、まだまだ知らない機能があると思わされます。

 入場して私達はパンフレットを見て行く場所を決める事にします。いろいろあってどこへ行っても面白そうですね。


「まずはどこから見ようか」

「やっぱり最初はイルカショーじゃないでしょうか」

「あー、良いかもね」


 始まる時間が近い事もあって、貴方は賛成してくれました。

 さっそく私達は会場に向かいます。そこにはすでに大勢の人が並んでおり、席は空いているかどうか不安になります。

 でも、大丈夫でした。何とか座れました。いくつか空いている場所はあったのですが、あなたが前は濡れるからと真ん中の席へ向かったので私もそれに従いました。

 私達は始まるまで待つことにします。


「楽しみですね」

「ああ、すごいよあれは」

「見たことあるんですか」

「テレビでだけど」

「テレビでもこういうのやってるんですね」


 うーん、私の家にもテレビはあるのにまだまだ知らない事だらけです。どれだけ物知りになれれば貴方のようになれるのでしょうか。

 貴方と話しているととても楽しいです。でも、私にも何か貴方を感心させられるような役立てる事を言いたいとやきもきしてしまいます。

 貴方は多くを語らず水槽を見つめています。私もそちらを見る事にします。青くて広くて大きいですね。そんな月並みな感想しか出てきません。

 やがてアナウンスが流れていよいよ始まります。


「イルカが~~~、イルカが水槽の中を走っています!」


 まさしくそう表現してしまうようなダイナミックな動き。そして、大きく水上にジャンプしました。

 前の方の席のお客さん達が水飛沫をまともに受けて悲鳴をあげていました。


「前の方の席に座った方が面白かったかな」

「いえ、ここで良かったです」


 前の方の席のお客さん達もとても楽しそうではあるのですが、私は濡れたくはありませんでした。

 まだまだ水族館に来たばかりで帰るわけにもいきませんし。


「でも、楽しそうですね」

「まだまだこれからだよ」


 イルカのショーは続いていきます。次は水中から勢いよく飛び出てきて空中で何回転もします。


「すご……凄すぎです!」

「だよね」

「こんな事ができるなんて本当にイルカなんでしょうか!」

「イルカだね」


 つい興奮して私は思った事をそのまま口にしてしまいます。貴方は驚いている私を見て笑っています。

 それに気づいて私は今更ながら自分が子供のように反応していた事に恥ずかしくなってしまいます。


「すみません。子供のようにはしゃいでしまって」

「いや、喜んでくれたなら来て良かったよ」

「うう……」


 私は照れて下を向いてしまいます。貴方はそんな私を見て頭を撫でてくれました。

 そして、次のパフォーマンスが始まりました。それは輪っかを鼻先で投げて口でキャッチするというものです。


「すごいです! イルカってあんな事も出来るんですね」

「器用な生き物だよなー」


 私達はすっかり夢中になってしまいました。それからも次々といろんな技が披露されてイルカショーは終わりました。

 私達は大満足で会場を出る事にします。


「さて、次はどこに行こうか」

「あ、そうでした。まだまだ行ってないところがあるんですよね」


 まだまだどころかまだイルカショーしか見ていません。満足するには早すぎました。


「じゃあ、順路通りに見て行こうか」

「はい」


 私達は矢印で書いてある順路通りに進む事にします。この水族館はとても広いのでこれでもなかなか大変です。


「あ、ペンギンですよ」

「いるねー」

「午後からは行進が見られるそうです」

「じゃあ、その時にまた来よう」

「はい」


 こうして私達はどんどん先へと進んで行きます。


「お、こんなところにアシカがいるぞ」

「本当ですね」

「前から思ってたけどアシカとオットセイって何が違うんだろうな」

「うーん、よく分かりません」

「ま、見た目の違いくらいしかないのかもな」

「言われてみると確かに」


 私達はしばらくアシカを見て楽しむことにしました。アシカは床をツーッと滑ってから水に飛び込み、バシャバシャと泳いでから陸に上がり、またツーッと滑ってから水に飛び込みます。

 そんな感じでぐるぐると同じ場所を回っています。

 いくらでも見ていられそうですが、私達にはまだまだ回る場所があります。


「さて、そろそろ次に行こうか」

「はい、そうですね」

「次は建物の中に入ってみよう」


 私達はパンフレットを見ながら移動していきます。そこには色々な展示物がありました。

 例えば深海魚とかの暗い場所に住む生物です。海の事はそれなりに知っているつもりでいましたが、いろいろと勉強になりました。

 他にも海に関する物がたくさんあって飽きる事なく見る事ができます。歩いていくと大きな水槽がありました。数階の吹き抜けになっているようです。


「うわぁ~、すごいですね」

「これは綺麗だな」


 そこにはたくさんの海の生き物達が泳ぎまわっていました。まるで青い世界がそこに広がっているみたいですごく神秘的です。

 こんなにいろいろな海の生き物達が同じ水槽で泳いでいて喧嘩にならないのでしょうか。不思議です。


「こういうのは水族館じゃないと見られないよな」

「そうですね」

「こういうの見るともっと色んな所に行ってみたいなと思うよ」

「そうなんですか?」

「まあ、家から出るのはめんどくさいし、あんまり遠くには行きたくないけどな。帰るのが面倒になるし、家が恋しくなってしまう」

「ああ、その気持ちは分かります」


 貴方の言葉を聞いて私は考えます。私もあまり遠出するのは得意ではありません。でも、たまになら良いかもしれません。貴方と一緒ならきっとどこへだって行けそうな気がします。


「いつか行けるといいですね。外国の海とかきっと綺麗ですよ」

「外国はちょっと」

「じゃあ、沖縄の海とかがいいかもしれませんね」

「沖縄もちょっと」

「もう」


 あなたは本当にめんどくさがりの人。でも、今はこうして一緒に水族館に来ているのですから楽しんでいきましょう。

 私達は水族館を一通り見て回りました。本当に広くて全部は回れませんでしたがそれでも楽しい一日でした。


「楽しかったですね」

「そうだね」

「行進してるペンギンが可愛かったです」

「俺は餌を食べてる魚が良かったな。あんな生活してみたい」

「じゃあ、今度はお弁当を作ってきますね」

「うん、よろしく」

「期待していてくださいね」

「おう」


 それから帰りにお土産物屋さんに寄りました。そこで貴方は可愛いイルカのぬいぐるみをプレゼントしてくれました。


「君が喜んでたから」

「ああ、はい。ありがとうございます」


 私はそんなにはしゃいでたでしょうか。何だか恥ずかしくなってしまいます。

 それともう一つ、貴方は私に家の合鍵もくれました。


「これからは好きに入ってくれていいから」


 それは恋人として認められたようで嬉しかったのですが、私はしつこくピンポンを鳴らしてめんどくさそうに出て来るあなたの姿も好きだったのでそれはそれで物足りないような気がするのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る