第22話・【R・I・N・G】よ、願いを叶えて

 私が大学院で襲われた事件。


 これは、大々的にニュースに取り上げられた。


『オンライゲームの賞金を狙った計画的殺人』

『ゲーム内で知り合った仲間に金を渡し、犯罪仲間に引き込んだ』

『一ヶ月前の強盗殺人にも関与、殺人教唆の疑いもあり』


 そのようなニュースが流れている中、私も事情聴取で忙しい時間を過ごす羽目になった。

 あの包丁を持って襲って来た男、高畑とかいう医学部に出入りしている薬剤メーカーの課長らしかったんだけど、普段からパワハラモラハラが酷いらしく。

 部下たちが証拠を固めて訴えることにしたらしい。

 トリビアさんも、高畑のリアル部下だったらしく、いろいろなことを捏造されたりでっちあげられて脅されていたそうで。

 ヨルムンガンド・オンラインの中で久しぶりに会った時も、清々しい顔をして、楽しそうに話してくれたよ。


 だからね、明日花。

 安心して、ゆっくりと休んでいてね。


 わたしが襲われた翌日。

 明日花は天国に旅立った。

 急に病態が悪化したらしく、最後は眠るように。

 そのこともあって、もうずっと、ヨルムンガンド・オンラインにもアクセスしていなかったんだよ。


 ゲームに復帰したのも二日前、明日花が白い煙になって空に駆け上がった夜。

 今あるアパートから、もっとセキュリティのしっかりしている場所に引っ越すことにもしたし。

 あの事件があってから、秤助教授が趣味でやっている喫茶店に連れて行ってくれて、そこでのんびりと珈琲を飲むようにもなった。

 でも、どうしても、隣の席だけは空けておくようになったよ。

 

「さて、引っ越しの荷物は纏まったし。最後はこれだけだから……まだ時間はあるよね?」


 引っ越し業者は、明日くる。

 それまでに荷物をまとめる必要もあったけど、そもそも、たいした荷物はない。

 住んでいたのも大学に入学してからの5年、でも、綺麗な白い壁は黄色く変色している。

 それをチラチラと眺めつつ、懐かしさに思いをはぜながらヨルムンガンド・オンラインにアクセスした。


「はぁ、最後にログアウトしたのは領主館だったか。さて、久しぶりだから、何に手をつけようかな」


──ピッ

『アスナ・アシタバよりメッセージが届いています』


 これは、私は知らない。

 だってアスナは、明日花は一週間前に死んだのだから。

 二日前にお葬式にも出た、出棺も見届けた。

 家族だけっていうので、私は火葬場まで行けなかった。

 でも、あの子はもういない、それなのに。


「なんで、メッセージが届くのよぉぉぉぉぉ」


 フルダイブシステムでも、涙が出る。

 いや、表の私が泣いている。

 その感覚が、ヘッドギアを通じて届いている。


『小町ちゃん。私、もう死んじゃうと思う。

 だから、私の代わりに、これを使って。

 小町ちゃんなら、間違った使い方をしないと思うから。

 お願い、オバァの、みんなの島を取り戻して……』


 たったこれだけ。

 そして添付されたアイテムを確認すると、そこには【指輪】が納められていた。


「明日花……どうして……なにかいってよぉ……」

『ピッ……【R・I・N・G】システムが起動します。新しいオーナーはハルナ・フォン・ルーゼンベルグで間違いありませんか? Y/N』


 その声に、私は周りを見渡す。

 今の音声アナウンスは、明日花の声。

 いつものシステムメッセージじゃない、声が聞こえた。

 だから、私はイエスを押した。


『マスター認証が完了しました。一つ目の指輪のマスターは、【ハルナ・フォン・ルーゼンベルグ】で登録されます。願いを叶えますか?』


 願いを……叶える。

 そうだ、その願いで明日花を生き返らせれるなら……。

 まだ、指輪の代わりは私が使っただけで、明日花と探しなおして、もう一度、今度は明日花が使えばいい。


「【R・I・N・G】システムにお願い……明日花を、死んだ私の親友、朝津明日花を生き返らせてください」


 私の願い。 

 死んだ人間が生き返るはずはないけど。 

 でも、可能性はあるよね……夢を叶えてくれるんだよね。


『システムより。朝津明日花の遺体は存在せず。蘇生は不可能です。別の願いを……』


 うん。

 もう、明日花はいない。

 分かっていたけど、擦り寄ってみたくなっただけ。

 それなら、私と明日花の願いを叶えてもらう。


「明日花と私の故郷の島を、私たちの手に取り戻したい」


 沈黙。

 そんなことは無理かもしれない。

 でも、お金をもらって取り戻すんじゃない、私たちの意志で、島を取り戻したい。

 最初は10億円を貰って、島を買い戻す資金に使うはずだった。

 でも、そうじゃない。

 私たちの願いは、島を返して欲しい、これだから。


『システムより。当該の島の所有権の譲渡申請が認証されました。半年後になりますが、島の所有権は【朝津明日花】と【本田小町】の共同所有となります。これらの手続きに伴い、代表者である【本田小町】には、あらためて書類一式が送られますので……』


 あ、ああ。

 明日花、やったよ。

 島は戻ってきたよ……。


『システムより。第一の指輪の、一つ目の願いは叶えました。これにより、第一の【R・I・N・G】はアメリカの【E・F・O】に移動します。また、願いを叶えたハルナ・フォン・ルーゼンベルグは【R・I・N・G】との同調権利を失いました』


 うん、もう、いいよ。

 願いは叶ったから。

 そう呟くと、私の手の中で指輪がゆっくりと消えていく。


 ありがとう、明日花。

 ゆっくり休んでね……。

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